1章 ―精都コスリガセキ―
精剣エクスカウパー
目が覚めたとき、俺は牢屋にいた。相変わらずの全裸だった。
頭頂部にでかいタンコブができており、触ると非常に痛い。痛いということはつまり、あの汚い小屋で起きたことがそもそも夢だったという線は薄くなった。そして、参加者に致命傷を与えるのは脱出ゲームにしては悪ふざけが過ぎる。
いったい、俺に何が起こったというのだ。もしや、俺はすでに死んでいて、異世界転生というやつをしてしまったとか? いやいや、そんなまさか。
ていうか、俺はなぜ牢屋にいるんだ? この状況、大丈夫なんだろうか。わけがわからなさすぎて、いまいち緊張感がわかない。
「目が覚めたようですね」
どこからともなく声がした。俺は驚き、周囲に視線を走らせる。正面にある鉄格子以外の壁はゴツゴツとした岩でできていて、背後の壁には小さな通気孔がある。しかし、どこにも人影はない。
「私はここです」
再び声がした。しかし、やはり周囲には虫一匹も見あたらない。なんだか声が脳内に直接響いているような気がする。
「正面を向いてください。そうです。もっと下です。そう、もっと下。もっと」
俺は困惑しつつも、言われるがままに視線を下げていった。
そして、それを発見したのだった。
俺は目をこすり、改めてそれを見た。
まず、俺の股間に鬱蒼と茂っていたはずのチン毛が消え去っていた。そしてその代わりと言ってはなんだが、棒の付け根の左右に、ビー玉のようなつぶらな瞳がついている。ちょうどゾウさんの顔のような具合だ。
い、いかん。目が回ってきた。いやいや落ち着け俺。いつパイパンにした? いや、それはこの際どうでもいい。あの目みたいなやつは何だ。めっちゃ見てるぞ。俺のこと、めっちゃ見てる。
「私の名は
「あ、ああ。よろしく――じゃねぇよ! なんなんだこれは! え? ちょ、はあ? チンコがしゃべるなんて、悪夢だ! 早く夢から覚めろ俺!」
そう言って俺は俺の頭にあるタンコブを拳で叩いた。めっちゃ痛い。
「マスター。残念ながらこれは夢ではありません。もとの世界のマスターは死にました。そして、この世界に転生したのです。お気の毒ですが、まずはそれを受け入れてください」
……えーと、もしかして、マジなん?
いや、まさか。でも、そんなわけ……しかし、確かに風呂で溺れたような記憶もあるし、これが夢でもリアル脱出ゲームでもないとしたら……。
「マスター。そうくよくよしていてもはじまりません。察するに、マスターは今、とても危険な状況にあります。そこで提案なんですが――」
「うるせぇチンコ! おまえに死んだ人の悲しみがわかるか! ってか、おまえは何だよ! 俺のチンコから出ていけバカやろう!」
それから俺は、ひとしきり泣いた。たぶん30分くらいは泣き続けた。
「……マスター。落ち着きましたか?」
「黙れチンコ」
「いえ、そうもいかないのです。私はマスターを守るよう、博士から命じられているのですから」
博士……って、
「……その、博士っていうのは、潤子のことだよな?」
「潤子? 私はその名を知りません。博士の名は、シュペルマンです」
「俺が言っているのは、全裸に白衣をまとったとびきりの美人のことだぞ?」
「恐れながら申し上げますが、マスターは死後のショックで幻覚でも見ていたのでは? そもそも博士は男性ですよ。とにかく、私の名を呼び、私にマスターを守るよう指示を下した人物が博士です」
え、まじか。そういえば変な口調をしていたし、アフリカ帰りの日焼けがなくなっていた。外見以外は別人だったと思えば、納得がいく部分が多々ある。ってことはあのとき、俺は見知らぬおっさんに興奮していたのか? うわ、嫌すぎる。死にたい。いや、もう死んでるのか。まあいいや。何でもいい。だって俺はもう死んだのだし、異世界というやつに興味もない。チンコと語らう第二の人生なんて、早く終わって欲しい。
「マスター、他に聞きたいことはありませんか?」
「ない」
「さきほどもお伝えしましたように、私はあなたを守るために遣わされたのです。この世界についてわからないことがあれば、何なりと私にお尋ねください。精一杯お答えします。チンコだけに、精一杯」
静寂が牢屋を包んだ。
「……じゃあ、今すぐおまえを消す方法を教えてくれ」
「それはできません」
「なんでだよ。消えろよ」
「マスターひとりでは、すぐに喰われてしまいますから」
「は?」
そのとき、
「ぅっさいわねぇ」
鉄格子の向こうにある闇の中から、女の声がした。低く、艶かしい声だ。
俺は目を細め、暗闇を凝視した。
「だ、誰かいるのか?」
そう問いつつ、俺は不安げにチンコへと視線を落とした。チンコはつぶらな瞳で俺を見返している。仮にこいつの役目が俺を守ることなのであれば、とりあえず危険な状況ではないということだろうか。
俺はおそるおそる鉄格子に近づき、通路をはさんだ向かいにある牢屋へと目を凝らした。
「ったく、人が気持ちよく寝てるっていうのに……って、え? もしかして――」
その声とともに、向かいの牢屋の奥に、むくっと人影が現れた。やはり声の主は女のようで、着物を纏っている。
「あんたもしかして、男!?」
その女の顔を見て、俺は驚愕した。赤褐色の肌に、白目のない真っ黒な目。そして、水牛のような大きな二本の角。
俺は、「ひぃっ!」と声をあげ、背後へと倒れた。それから背面の壁まで素早くあとずさる。心臓はばっくばっくと高鳴っている。
「うふふ。間違いないわ。どうやら私にもツキがまわってきたようね。ねえ、そこの素敵な人。マラル、ちょうだいな」
そう言うと、女の紫色をした口元がニヤリと歪み、サメのような鋭い牙がのぞいた。
「お、おおおおいおいおい! ち、チンコ、な、なんだあの化け物は!」
「あれはおそらく中等級の
「そんなことはどうでもいい! そのサガミって何だ!」
「マスターの世界にはいなかったのですか? マラルをエネルギーとして生きる生命体のことですよ」
「マラルって何だ!」
「マラルとは――」
そのとき、女が、「ガシャンッ!」と角を鉄格子に突き立て、俺は身を硬直させた。
「家畜がごちゃごちゃうるせーんだよ! 早くよこせ! マラルをよこせぇぇぇ!」
女は鉄格子を捻じ曲げんばかりに両手で握りしめている。長い髪は重力を無視して逆立ち、口からは蒸気と共によだれが溢れている。
俺はあまりの恐怖に、後ろの壁にぺったりとくっつき、ガタガタと身体を震わせた。
「マラルとは、生命から生命へ脈々と受け継がれる記憶の結晶体です。まあ、わかりやすく言うと――」
そしてチンコは、つぶらな瞳を俺に向けたまま、言った。
「精子ですね」
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