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「さあ冬樹くん行きますよ!」


帰宅した途端、朱莉は食い気味でまだ制服を着ている俺に詰め寄った。近い。


「待て。」


「……なんです?」


「先に着替えるくらいさせてくれ。俺はまだ制服だ。」


「大丈夫です!私は準備万端なので!」


「朱莉は準備できているかもしれないが、俺は今帰ってきたばかりなんだ。」


俺は玄関から外に俺を押し出そうとぐいぐい手を当ててくる朱莉を引き剥がしてそう言う。


「とにかく。出るより先に着替えるから。そこを退いてくれ。」


「む……早くしてくださいね。私は準備万端ですので。」


「何度も言わなくていい。着替えたらすぐ来る。」


「じゃあ大丈夫です。」


「何が大丈夫なんだ……。」


俺は朱莉と話をしながら靴を脱いで玄関を後にした。






着替えてから玄関に戻ると、俺に気がついた朱莉がそう言った。


「さあ!今度こそ行きましょう!」


「準備はした。だが、どこに行くかまだ聞いていないぞ。」


「私もまだ決めてないんですよね。まあファミレスとかでいいのでは?」


なるほど。外食をしようと誘っておきながら、決めていなかったのか。なんて適当なのだろう。


「時間的に、予約とかいるんじゃないのか?混んでいたら入れないだろう?」


「あ。」


やはりこうなるのである。適当とは怖いものだ。


「と、とにかく外出ましょう。」


俺は朱莉に背中を押されながら、玄関から出たのだった。







「で。ご飯食べる場所が決まってないというわけだが。」


俺は朱莉の横を歩きながら、そう言った。


「う。決まってない……です……けど……。ま、まあですよ?私は別に外で食べたいというか、冬樹くんと一緒に居られればそれで……。」


「? 夕食の時とか、一緒にいるだろ?それでいいんじゃないのか?」


朝食、夕食時は毎日一緒にいる。それでいいのではないだろうか。それ以上いる必要性が感じられない。


「い、いやその、もうちょっと一緒にいたいというか。」


「それなら、朱莉がテレビ見てるのを、後ろから見てるぞ。」


動物だかなんだかのバラエティ、お笑い番組。時々映画なんかを見ているのを、食器洗いをしながら、俺も少しだけ見ている。それも、ながら見なのでしっかり見ているわけではないが。


「い、いやそれは……またちょっと違うというか。というかその時って大体食器洗いしてくれてる時ですよね?話しかけても返事返ってきませんよね?」


「水の音とかディスポーサーの音とか、とにかくキッチンはうるさいんだ。聞こえないのは仕方ないだろ。だが、返事が返ってこなくても一緒にいることに変わりないと俺は思ってるんだが、どうなんだ。」


「うーん。仕方ないとはいえ、私が思っているのとはちょっと……いや全然違うといいますか。」


少し不機嫌そうにそう言う朱莉。そんなに俺と話がしたいんだろうか?いや、単に話し相手が欲しいからか?こんな無愛想な奴と話していていいことなど何もないし、きっとそうなのだろう。


「というか何でマスクなんかしてるんですか?もう風邪も治ったんでしょう?」


朱莉は、そういえばといったふうに俺がつけているマスクについて聞いてきた。


「風邪は治ったとはいえ、まだ菌を保有している可能性もあるからな。」


ついでに言えば、朱莉と一緒にいるのが俺であると断定させないためでもある。


「なるほど。確かにそうですね。」


「分かってくれて何よりだ。」


風邪の件もあるが、最も重要なことは、朱莉の隣にいるのが俺であると断定させないことにある。顔の一部分さえ隠れていれば、いくらでも言い逃れはできるからである。






「……そろそろゴールデンウィークですけど、冬樹くん達は、どこか行くつもりはあるんですか?」


「叔父上も叔母上も色々あるようでな。今年は旅行は無しだから、どこにも行かないだろうな。代わりに紗希が一人でお祖父様のところまで行くらしいと聞いた。」


「紗希ちゃん、アメリカの方まで1人で行けるんですか……?」


「別に困らないと思うぞ。あいつも英語は喋れると言っていたしな。最悪翻訳機でも持っていけばいい。」


「英語喋れるんですか……さすが紗希ちゃんですねぇ。」


北代家は日本以外にも会社を構えているため、本家当主候補からはずれると世界各国の支社へ飛ばされることになる。


それが嫌なら当主になるために、当主になるに相応しいほど優秀である事を周囲にアピールすることが必要だが、紗希は俺が当主になると思っているような事を俺に言っており、それなら無駄だとさっさと祖父の支社を継ぐために色々とやっているらしい。


故に、向こうで全てが済ませられるように、言語から覚えようとしている。今は日常会話程度なら、と言っていた。


「向こうで就職するらしいからな。」


「へえ。もう進路決めてるんですね。」


「ああ、そうだな。紗希も今のうちに行きたい場所決めてるんだろ。」


「へぇ。」


話を振られたから返しただけなのに、どこか不機嫌そうにする朱莉。何故なのだろうか。


「……朱莉こそ、ゴールデンウィーク暇なのか?」


「……?何かあるんですか?」


まだ不機嫌そうに、続きをと促す朱莉。


「自分達が行けないから、その変わりにと。宿の予約があるらしいんだが。」


「……どこですか?」


少し期待したような瞳で、俺を見る朱莉。


「箱根だと言っていた。」


俺が行き先を告げると、不機嫌な顔は一気に晴れやかになる。


「黒玉子ですか?」


「たしかにそうだが。」


「じゃあ許してあげましょう。」


「何をだ。」


「私とお話をしているのに紗希ちゃんの話題ばかり喋ったことです。」


「……な、なるほど?」


なるほど。不機嫌な理由はそれだったのか。


「楽しみにしてますね。じゃあ、そろそろご飯どこで食べるか決めましょうか。」


……ああ、そういえばそういう理由で外に出たんだったな。



————後書き————

どうも、しろいろ。です。投稿のペースが落ちているどころか、ほぼないが定着しかけていて割とやばいことに気がつきました。もうちょっと頑張ろうと思い、これを書いています。

というか最近寒すぎませんか。僕が寒さに弱すぎて、これから来る冬が怖くて怖くて仕方がないです。

では、寒さと戦いながら投稿ペースを上げられるように頑張っていきたいと思います。ではまた。

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