75


 ゴールデンウィークも間近に迫ったある雨の日の、学校の昇降口にて。


「……。」


 雨の降る空を見上げて、どこか悲しそうに佇んでいた朱莉。傘がないのだろうか、いつまでも雨が降り続ける空を見ていた。


 俺は靴を履き替えて彼女の近くまで寄ってみる。


「どうしたんだ。帰らないのか?」


「……!はい。傘、忘れちゃって。」


 一瞬ビクッとしたが、俺を見てすぐににこりと笑う朱莉。だがそれでも、元気がないのが、俺でも一目で見て取れた。


「元気ないな。」


「……分かっちゃいますか。」


「どうしたんだ?」


「ちょっと、今日雨だったのに自分が傘忘れてたことにショックを受けてまして。どうしようかなって考えてたんです。」


「なるほどな。制服が濡れたら面倒だしな。」


 俺はバックから折り畳み傘を取り出して、彼女にもう一度話しかける。


「折り畳み傘持ってるから、一緒に帰るぞ。」


「え……?一緒に?学校で2人きりのところは見られたくないって……?」


「今、朱莉が濡れないようにする、その方が重要なことだ。一緒に帰るのが嫌なら、俺は後で雨が少し弱くなってから走って帰る。」


「それは……傘の持ち主である冬樹くんに失礼ですし……。」


 煮え切らない返事ばかりの朱莉。


「じゃあ一緒でいいな?早く入れ。」


 傘を差して、彼女を手招きする。


「……はい。」


 そうやって朱莉は、俺の差す傘の中に入ってきた。


 彼女が入ってきた傘は、やはり狭く。彼女を雨から守るには、俺の左肩が雨に当たってしまう。俺が当たるのは仕方ないか、と思ってそのまま歩き出そうとすると。


「やっぱり2人なんて、折り畳みの小さな傘に入れるわけがないんですよ。冬樹くん、肩のところ濡れてるじゃないですか。なら、わた——」


 最後まで言わせることなく、俺が言葉をかぶせる。 


「言ったろ。俺はいい。朱莉に濡れて欲しくないんだ。」


「え……。」


 俺がそう言うと、彼女はみるみるうちに赤くなっていく。


「……はっ、早く帰りましょう。冬樹くんがもっと濡れないうちに。」


「無理に早く歩かなくても大丈夫だ。俺なんかを気にかける必要はない。」


「気にかけない方がダメでしょう。早く帰りますよ。」


 そうして、朱莉に雨が当たらないよう気をつけながらマンションのロビーまで着いたのだった。








「買い物に行ってくる。ここで一旦別れるぞ。」


 マンション下のロビーで朱莉と別れ、買い物に向かおうとする。


 雨はひどくなる一方で、風も強くなっていっていた。


「ま、待ってください。」


 その言葉と同時に、俺の右手首がぎゅっと握られる。


「そのままだと、本当に風邪をひいてしまいます。そんなの、嫌です。」


 俺をじっと見つめて手を離さない朱莉。俺の目を直に見られて、それで彼女の手を振り払えなくなってしまう。


「……分かった。着替えてから行くことにするよ。それでいいか?」


「……。はい。」


 最初は疑っているような感じでじっと俺の背中を見つめていた朱莉だったが、俺がロビーに向かって歩き始めると、ぎゅっと強く握られた手を離して、俺の後ろを歩いてついてくる。








「本当に行くんですか?雨、酷いですよ?」


「そうは言ってもな……食材がほぼないし。買ってこないとまずいんだ。」


 その原因の一端は朱莉がたくさん食べるからだが、今日の予報も確認せず帰りに買って帰ろうと思っていた俺も馬鹿だった。


 出前を取るというのも一つだが、雨がひどい中で持ってきてもらうというのは少し気が引ける。


「……じゃあ、あんまり買ってこないようにしてください。明日の朝のご飯は少なめでいいですから。」


 少なめ、と言った朱莉はものすごくドヤ顔をしていた。


「ありがとな。じゃあ、行ってくる。」


「いってらっしゃい、冬樹くん。」









 俺は今、雨で濡れている。傘を持って行ったはずなのに。


 では、それはなぜか。


 その答えは、どんどん強くなった風によって、風に煽られた傘が壊れてしまったからだ。


 惣菜類はあまりいい物がなかったので買っていない。なので濡れたりする心配はないが、野菜やら肉のパックやらが濡れている。まだ惣菜が濡れるよりはマシだが。


 雨ができるだけ当たらないように、出来るだけ何かの下を歩くように気をつける。しかしそれでも、俺の服や髪は雨水が滴るほどに濡れて、俺の体温を奪っていく。体に引っ付く服の感覚が気持ち悪かった。


 普段は遠くにも感じないスーパーからの帰り道も、今日ばかりはとても遠くに感じる。


 そしてスーパーを出てから30分。


『ガチャッ』


 ようやく家に辿り着き、玄関に壊れた傘と荷物を置く。


「あ……おかえりなさ……冬樹くん!?びしょびしょ!?今タオル持ってきますね!待っててくださいね?」


 風呂場のすぐ横に髪を後ろでまとめた状態の彼女がパタパタと駆けていき、洗面所からタオルを持ってくる。


「全く……。というか、傘凄いことになってますね…?そんなに風強かったんですか?」


「……ああ。壊れたのが帰りでよかった。」


「足拭きマット持ってきたので、靴下脱いで足拭いてください。そのままお風呂にゴーです。」


「あ、ああ。」


 俺は雨で濡れた服を脱がされ、風呂に放られた。






 ———後書き———

 言い訳はしません。本当にごめんなさい。

 ということで、どうも、先週は金縛りにあったしろいろ。です。

 ベッドで寝てて、ふと目が覚めたんですね。そしたら、エアコンが切れてて結構暑くって。だから、冷蔵庫でお水冷やしてるし、水飲みに行こうと思って。

 腕に力を入れようとしたんです。そしたら、体が石になったみたいに、全く動かなくって。ああ、これが金縛りってやつかー、なんてちょっと面白がってたりしました。その後は深呼吸を繰り返して、だんだん手先から動くようになったので、立ち上がってお水飲んで、エアコンのタイマーセットし直して寝ました。6/25(土)午前3時の、しろいろ。の出来事でした。

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