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「うーむ、こちらはもう春だったか。少し着込みすぎかな?」


「そんなことないですよ。それにしても、11年ぶりくらいかしら?墓参りにも行かなくてはね。あなたのお仕事のせいで海外渡航をするなんて最悪だったけどね。」


「仕方ないだろう、仕事は。まあ、息子の墓参りができないのは悲しかったな。ああそれと、あとは……。」


「そうですね。仲良くできているか、私も気になりますしね。」


「いきなり突撃したら怒られるかもしれんが、別にいいだろう。年寄りには時間もたっぷりあるからな。」


「サプライズね。楽しみだわ。」










「なんだか、嫌な予感がする。」


ぶるりと体を震わせ、優一はそう言った。


「どーしたのパパ。だいじょーぶ?」


娘である紗希は、父を心配して続ける。


「風邪とか引いてんじゃないの?」


「大丈夫よ。全然問題ないわ。ね、優一さん。」


「ああ、うん。でも、何か嫌な予感がするんだよなぁ。もしかして……。」


「いつもその予感は外れてるんだから大丈夫よ。安心しなさい。」


「そうかなぁ……。」


「まあ、この前もおんなじこと言ってたっけ。」


紗希は、母の言葉で思い出す。先週も、同じようなことを言っていたということを。


「いや、あれとは違うんだってば。」


「「はいはい。」」


しかし、優一は妻にも子供にも適当にあしらわれるのだった。










模試も二日後に迫る、土曜日の朝。俺は一ノ瀬家の家の前にいた。


『ピンポーン』


インターホンを鳴らすと、


『うーい……。』


と、とても眠そうな声の隼人の声がした。


「北代冬樹ですが。一ノ瀬隼人君はご在宅でしょうか。」


『ん?俺だけど……あっ。ちょっと待ってろ、着替えたら開けるから。』


着替えたら、とはどういうことだろうか。今の今まで寝ていたということだろうか。今日の朝早くからと言っていたのは自分だというのに。


数十秒もすれば、ドアの向こうでドタドタと騒がしい音がし始める。


「寝ていたんでしょうか?まあ確かに、予定少し早くきてしまいましたしね。」


それでも15分程度であるため、普通に考えたら起きて活動しているべき時間である。


「いや、隼人がおかしいぞ、これに関しては。」


「そうですね。でも、きっと何かあったんでしょう。」


そして、ドアがガチャガチャと音を立て始める。


「いや、ごめんごめん。目覚ましの電池切れてたわ。」


「……次はちゃんとしておけ。頼むぞ。」


「分かったよ。あーそうだな……いらっしゃい。」


「失礼する。」「お邪魔します。」


「おう。」


「ああ、これ。世話になるから。俺たちから。」


俺は手に持っていた紙袋を隼人に押し付ける。


「え?あ、何?」


手土産を渡すと、俺と朱莉は靴を脱いで隼人が出してくれたスリッパに履き替える。


「? あ、これお前作った?」


ほんの一瞬目を離していた瞬間には、中身をもう開けていた。


「クッキーなんだが……嫌か?嫌ならまた今度しっかりしたものを用意……「嫌じゃねーよ。ありがとな。」


喜んでくれたようで、大事そうにキッチンの方へそれを持って行った。


「じゃあ、全員揃うまでちょっと待っててくれや。そのテーブル使うから、座って待っててくれ。」


そして隼人は、俺と朱莉を部屋に置いて出て行った。







5分ほど経った頃ドアが開き、そこから顔を出したのは、天宮紫音。


「しいちゃん、ですか?」


俺が気がつくより先に、朱莉が口を開く。さっきからドアの方をちらちらと見ていたのは、きっと彼女が来るのを待っていたからだろう。理由は、天宮が顔を見せた瞬間に、朱莉が笑顔になったからだ。


「あーちゃん……だよね。冬樹君、呼んでくれてありがと。」


「構わないと言ってくれたのは隼t「久しぶりですね、しーちゃん!」


俺の言葉を遮る朱莉。話は遮って欲しくないが、それほどまでに、旧友と話せたことが嬉しいのかもしれない。彼女らのいう「昔」のように、「彼女らの知る北代冬樹」はそこにはいないけれども。俺が彼女たちと一緒にいたという事実は俺に存在しないけれども。彼女達が嬉しそうにしている光景は、どこか懐かしく感じていた。


「冬樹くん、どうしました?」


「? ああ、なんでもない。ちょっと疲れただけだ。」


「まだ何もしてないのにね。」


「ふふっ。やっぱり、昔のままですね。しいちゃんは。」


2人が笑うのが、なぜかとても嬉しかった。














「じゃー、はじめますか……。」


勉強会というものを開いたこともなければ、参加するのが今回で初めて。俺はただひたすらにいつも家でやることと同じことを繰り返すだけだ。


「なー冬樹。これ、どゆこと?」


だから、勉強中に話しかけられるなんてことは生まれて初めてだった。


「ッ!?」


「いやどんな反応だよ。なんで聞いただけで睨まれなきゃならんの。」


「あー、いや。すまん。いきなりだったもんでな。つい。」


「つい、で、殺気マシマシで友達を睨むんか。」


「いや……その。すまん。」


「いーや許さん。これはお前ん家でまた飯を食わせてもらう必要がある。」


「冬樹君のご飯食べたいだけでしょ。」


美晴の鉄槌が降る。後ろからチョップが降りおろされる。


「あっだぁ!」


大袈裟に痛がってみせる隼人。それを飽きれたような目で見つめる美晴。本当に、母親のようである。


「で?どこか分からないとこでもあったか?」


「あー痛たた。そうそう、これ。いくらやってもキリいい数字にならねえんだ。これ、少し前のマークテストだからさ。解答欄見た感じの答えって整数なんだよな。でも、いくらやっても無理数出てくんの。ルート出てくんの。意味分からん。」


どうやら俺に聞いてきていたのは数学らしい。


「ああ、これはな………。………?」


隼人の問題用紙を見ると、丁寧に、綺麗に立式して求めようと頑張っていたのが受け取れる。しかし。


「ここ。計算ミスだ。」


「え?あ。」


「立式したもの自体は間違っていない。ただ、途中式を抜かし過ぎだ。」


単純な計算ミスだった。


「冬樹君。これがわからないんだけど。」


またも数学。今度は天宮である。


「なんでこの式を使うの?」


「……。ああ、これは—————これは、なんて書いてあるんだ?」


ものすごく字が汚かったので、読めなかったのである。


「わ、私の字が汚くて悪かったわね!」


「いや、そんなことは一言も……。まあ、そうだが。」


そうして、比較的真面目に勉強会が続くのであった。







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