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「ざっとこんなもんかしらね。いい?フリック入力よ?ポチポチ押さなくてもいいの。じゃあ、確認ね。「あ」のところから左にスライドしたら?」


「『い』だな。」


俺は10分を程のレクチャーで、フリック入力を覚えた。いちいちスマホ画面を連打しなくても良くなった。俺はレベルが上がった……?ゲームは叔父上宅にあったのでこういう少しだけなら見ていたが、こういうことで合っているのか?


「大丈夫そう、ね。……もうそろそろ1時半だけど、あー、朱莉

ちゃんは大丈夫なの?」


「いや。……今、『何時ごろ帰ってきますか?』と来た。」


……よくこんな時間までもったものだ。いつもはお腹がすぐに訴えてくるのに。……そう言えばここには朱莉はいないな。


「ふふ。じゃあ、もういいわ。また今度にしましょう。ここは奢るから、先に帰って。」


「ああいや、コーヒー代くらいは出す。……あ、そうだ。今度、隼人が勉強会を開きたいらしいから、一緒に行かないか?返事は後で送ってくれ。じゃあ、また今度。」


俺は財布からコーヒー代を抜き、テーブルに置いて席をたつ。


「えっ………あ。」


彼女が後ろで何か言っていたが、走り出した俺の耳にそんなことは入らなかった。










「あ、冬樹く……なんでそんなに汗だくなんですか……?」


「はぁ、はぁ……。ちょ、ちょっと、先に、シャワー、はぁ、はぁ、浴びて、きても、はぁ、いい、か?」


俺の都合で彼女を待たせているので、天宮と別れた後走って帰ってきた。そのせいで、息は切れて汗だくになってしまい、ご飯を作るより先にシャワーを浴びたいと思ってしまったのだ。


「い、いいですよ……?もう少しくらいなら待てます。」


「そうか?あー、そうだな……冷蔵庫に昨日の残りがあったはずだ。それをレンジで温めて先に少し食べていてくれ。どれだけ頑張ってもご飯までは二、三十分かかる。」


「分かりました。」









「誰とお話しをしてきたのですか?」


ご飯もまだ食べている途中だというのに、彼女は一旦箸を置いて俺を見た。

……そんなに気になるのか?と聞きたくなるほど 真剣な表情だったので、そのまま答える。


「天宮。天宮紫音だ。」


別に隠す必要もないので、彼女の名前をそのまま伝えた。そうすると、真剣な表情はすぐに消えて、いつも通り俺に向ける優しそうな顔に戻る。


「……しいちゃん?なんだ、しいちゃんでしたか。」


慣れない単語が一つあったので、俺はそれを口にしてしまう。


「しいちゃん?」


何度か遊んだ、とは言っていたが、まさか……。


「仲良かったんですよ、私たち。私は『あーちゃん』って呼ばれてましたね。」


かなり仲良くなっていたらしい。あだ名で呼び合うくらいには。


「冬樹くんは……、『冬樹くん』でしたね。」


「そんなこと、俺は聞いてない。」


「気になってそうな顔してましたけど?」


「気になってない。」


「本当ですか?」


彼女はそう聞いてくる。いつまでも諦める気はなさそうだったので、ついに、


「……少しだけだぞ?少しだけだが、気になってはいた。」


と、打ち明ける。


「ちなみに、この呼び方が定着したのは、冬樹くんがいた時ですよ。私は覚えていますが……。あ、しいちゃんももしかすると『あーちゃん』と言いかけたかもしれません。で、何のお話を?」


「友達になりにきたと。あとはスマホの、フリック入力について教えてもらった。」


俺がそういうと、彼女はくすっと笑ってから。


「なんですか、友達になりにきたって。」


「さあな。天宮に聞いてくれ。俺が話せるのはここまでだ。」


「いい機会ですし、また会いに行きます。実は、冬樹くんがどこかに行った後からお話もしていないので。」


「どういうことだ?別に俺がいなくても仲が良かったんじゃないのか?」


「冬樹くんがいなくなってすぐに、私も引っ越しをしてしまったので。」


「そうか……。」


なんだか空気が重くなってしまった。俺は別に話すことがないので、また静かになる。それを遮るのは、いつも朱莉だ。


「ところで、来週は模試でしたよね。」


「? ああ、そうだな。」


「勝負、しましょう。」


「なんのだ。」


「偏差値とか、点数とか出るでしょう?それで勝負です。」


彼女は負けず嫌いなところがある。去年度の学年末考査も、俺に負けていじけていた。


「次は、私が勝ちます。」


「やれるものならやってみろ………おい殴るな。痛い。」


少し揶揄うと、わざわざこちらまできてポカポカ殴り出す始末だ。別に痛くはないのだが、ご飯中にやらないでほしい。


「………そうだ、週末に勉強会をするって隼人が言っていたから、一緒に行くか?どうせなら天宮も誘って。」


「! しいちゃんもですか?いいんですか?」


「ああ。彼女の用事がなければ、あとで連絡が来るはずだ。」


その時,ちょうど携帯にメッセージが送られてくる。


「『週末は暇』だと。『もし良ければ、私も同席させて欲しい』。じゃあ、隼人に送っておくか。」


「お話出来るといいですけど……。というか、そんなにいたら勉強できますか……?」


少し不安そうにする、朱莉だった。











少し時間を置いて帰ってきた返答は、


『誰』


だった。フリック入力は便利なもので、『俺と朱莉と天宮だ。』と送るのが格段に早くなった。……早くなったところでどうという話だが。


『天宮?なんで?』『てか返事早』


ポンと音が鳴って、二つのメッセージが俺よりもっと早い速度で打ち込まれる。彼がとんでもない速度で文字を入力している姿を想像すると、何故だか非常に愉快だった。


『天宮と仲良くなった。フリック入力を教えてもらった。』


と送ると、


『なるほど(?)。まあ、別にいいけど。』


返ってきた返事はそんなもので、あとは日程と場所、時間を指定されたりしながら、週末を迎えることとなる。



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