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「えー、まだ新クラスにもまだ慣れてないとも思うんだが、来週初めに校外模試がある。別に成績に反映はされないんだが、進学先を考える上で一つの指標になるだろう。是非、きちんとやってほしい。」
担任は、始業式が終わった後のホームルームでそんなことを言ってきた。試験内容に関する資料も配布され、試験では国語・数学・英語の3教科を行うことが知らされた。
そして、ホームルーム後、帰宅直前の時間に。
「冬樹ぃ、勉強おせーて。」
校門から出ようとすると、門の柱の横には厄災の種がいた。
「……断る。」
断固として、俺の家ではやらない。俺は考える時間もなしにそう答える。
「俺んちでいいからさー、教えてくれ。マジで頼む。」
しかし、彼は自分の家でもいいからと言い出す。いつまでも付き纏われるのは嫌なので、
「俺の家でなければ、まだ考えておこう。返事はまだ保留だ。」
と返した。
「ありがたいけど、週末やりたいと思ってるから、それまでに頼むぞ……。」
「分かった。」
「サンキュ。じゃあな。」
「ああ。夜には連絡を入れておく。」
どうせ勉強会と言っても少し勉強した後はすぐに遊び始めるのだろうな、と思いつつも。俺は誰か誘おうかなんて考えてしまっていた。
「……貴方、冬樹君ね。」
帰宅中の道ばたで、総城の女子の制服に身を包んだ誰かが俺に話しかけてきた。
「? 君……は、天宮……紫音、か。」
必死になって今日の記憶を辿り、たしか同じクラスだった天宮だったということを思い出す。
「何よ。会ったことあるじゃない。フルネームでさん付けかしら。」
「? 俺は初対面だが?」
彼女はそう言うが、俺には、彼女に会ったという記憶はない。少なくとも、5歳までの記憶には。それ以前?そんなものは知らん。そんなものはない。あるけど、ない。
「何言ってるのよ。5歳の頃に、会ったことあるじゃない。話もしたわよ。」
どうやら彼女と俺は何度か会ったことがあるらしい。俺は知らんが、父と母がいた頃に会っていたのかもしれない。
「5歳の頃か……。すまない、その会った時のこと、覚えてるか?」
「そうね。でも、ちょっと話が長くなるからここじゃ迷惑だわ。奢るから、そこら辺のカフェでも入りましょ。近いところだと、駅前になっちゃうけど大丈夫?」
どうやら駅前のカフェに寄って話を聞くことになりそうだ。それなら、
「分かった。少し待っててくれ、連絡しないといけなくなった。」
朱莉には『少し帰るのがおそくなるから、昼食は耐えられなくなったら好きな物解凍して食べてくれ』と送っておこう。帰ってから事情の説明でもすればいい。俺にはそんな事情を説明できるほど文章を書く速さもないしな。
「ええ。同居しているのだものね。そりゃ、帰るのが遅くなるとなれば連絡ぐらい入れるべきね。あー……朱莉ちゃんに。」
その言葉を聞いた俺は固まった。ごく少数の関係者しか知り得ない情報をなぜ知っているのか、どこで手に入れたのかを考えたから。そして、秘密を知られてしまったというショックからだった。
「……その情報、どこで手に入れたか教えてもらうのが1番初めだな。今すぐここで言え。」
あくまで同居の話は新堂と北代の間の話だ。いくら天宮家が北代家と友好的でも、叔父上が簡単に情報を漏らすはずがない。ならば一体どこから漏れるというのか。
「みんなが引いてるわよ、あなたの殺気に。……正直私も怖いわ。」
確かに、通行人の視線が俺たちに集まっているのが分かる。あまり注目されすぎると、北代であることがバレてしまうかもしれない。せっかく隠していても、こんなことでバレるのは嫌だ。
「……。」
俺が彼女を睨むのをやめると、
「良かった。じゃ、待つから早く送って。」
俺は3分かけて文面を打ち、送信した。これが、今月1疲れた瞬間だった。
「はぁ……。まさか3分もスマホと睨めっこなんて……。」
「仕方ないだろう、俺は機械類をほぼ触らないんだから。」
「……、私がどうこう言ってもどうにもならないわね、これは。
はい、これ。メニュー。私はもう決めてあるから。」
彼女はスッと俺にメニューを渡してくる。
「コーヒーで頼む。」
「……え。それだけ?お昼ご飯は?」
「帰ってから自分で作る。さっき新堂からご飯は出来るだけ待つと連絡が来たんでな。早速だが、話してもらおうか。」
「ご飯、自分で作れるのね。さすがだわ。うん、彼女が待ってるなら、早めに切り上げるように心がけるわ。」
「ああ。感謝する。」
「でも、まず頼んでからでいいかしら?食べながら話しましょう。どうもお腹が空いちゃって。」
「お腹空いてるなら先に頼んだ方がいいだろう。俺はそこまでお腹が空いてるわけではないから気にしないだけなんでな。」
「ありがとう。 すいませーん!」
彼女が声を上げると、声を聞きつけた女性が近くへやってくる。……それは、俺の顔見知りだった。そう、スーパーのレジ係&携帯ショップの店員改めカフェの店員、横川奏さんである。何処にでもいるな、この人は。
「……。浮気かい?」
「会ってすぐそういうこと言うんですか。それに、俺は浮気なんかしてないですよ。まずそういう関係になる人もいないですしね。」
「うっそだぁ。この前の金髪の子は?あの子はどうしたのよ。朱莉ちゃんだっけ?スマホ、選んでもらってたじゃない。きっと泣くわよ、泣き腫らしたそのタオルで叩かれるのよ。」
「一旦口を閉じてください、奏さん。頼みますから。」
そんなふうに矢継ぎ早に言われると訂正もできないから、そう言って言葉を遮る。
「それに、メニューを聞きにきたんではないですか?」
「あっ。」
すっかり忘れていた、という顔である。
「サンドイッチ。あとはコーヒー二つで。」
「以上ですか?」
「はい、お願いします。」
天宮が注文を終えると、奏さんは俺の方に向いてきた。
「じゃあ、言い訳を聞こうじゃないか、少年。」
「言い訳というか、事実ですが。まず、奏さんの知る彼女は、同居人という関係であって、男女の関係は一切ありません。そしてこちらは、少し話をしにきただけです。それ以外にありません。」
「わーお。旦那さんが奥さんにいうやつ、『ただの友達だよ』的なの来たね。あの歌みたい。」
「歌?」
「ああ、歌詞にそういうのが入ってる歌があったのよ。ちょっと前のだったけどね、結構人気出てたかな。……少年、お
「臍から電気?ちょっと意味が分からないんですが。とにかく、新堂も天宮もそういった目で見ていませんし、見る気もありません。」
「うわぁ……。少年、爆発して。あの子が可哀想。」
「え?」
「それに関しては分かります。可哀想過ぎます。」
何故か、2人から非難された。
「はい、サンドイッチとコーヒー。ゆっくりね。」
奏さんがコーヒーとサンドイッチを持ってきたので、一口飲んでから話を始める。彼女は砂糖とミルクをたっぷりと入れて飲んでいたのを見た。ものすごく甘そうだった。
「ふう。じゃあ、お話しするわね。」
「ああ。」
「まず、私が誰から聞いたかという点ね。その答えは、お祖父様よ。さすがにお祖父様くらいは分かるわね。天宮宗治よ。」
「それぐらいは分かる。……待て、もう大体分かった。」
確か天宮宗治は、俺の祖父からの友人だったはず。この話は叔父上と祖父ぐらいしか知らないとすれば、何かの拍子で天宮宗治に話したのかもしれない。時々叔父上が愚痴っていた。『親父は口が軽いからなぁ……。』と。
「お祖父様は、北代恭一様から聞いたと言っていたわ。」
「そうか。なるほどな。」
「はい。これで疑問は片付いたかしら?あとは5歳の時のことを話すわね。」
「私は、父も母もあまり近くにいなかったの。その時は、天宮は少し経営難で事業もあんまりうまくいってなかったから。そんな私は、いつもお祖父様……もうめんどくさいから、おじいちゃんでいいかしらね。……私はいつも、おじいちゃんと一緒にいたわ。でも、やっぱり寂しかったの。つまらなくなって、悲しくって、泣いたこともあったわ。
でもね、ある日男の子が来てくれたのよ。それが、あなた。話も上手だし、私が話したいことも聞き出してくれる。同い年って聞いた時はびっくりしたわ。同い年で、これだけ大人びた子っているんだなって。
何回か会って、話もたくさんしたし、一緒に遊んだの。おじいちゃんも、その時はいつも以上に楽しそうにしていたわ。あなたのお父さんやお母さんとも、ニコニコしながら話をしてたわ。でも、私があなたと遊んでいるときはもっと嬉しそうだったわ。後から聞いたら、あんな楽しそうにしている私を見たことがなかったから、嬉しかったんですって。時々都合を合わせて会っていた時に、朱莉ちゃんもいたわね。三人で楽しく遊んでいたことも覚えてるわ。
ある日、おじいちゃんが悲しそうな顔をしながら、あの子とはもう遊べないって言ってきたの。理由は言えないって。泣いたわ。その時のおじいちゃん、すっごく悲しそうな顔してたのに、余計に困らせるくらい、大泣きしたの。
でね、それから三日後くらいかしら。黒い服を着て、葬儀場に行って、あなたのお父さんとお母さんにサヨナラをしたわ。その頃はそこがどういう場所か知らないから、遊びに行ってる感覚だったの。そこを駆け回ってやっと見つけたあなたは、周りの大人に叱られて、目から光も失われて、俯いてた。あなたは怪我してるのに、殴られてるところも見た。私も怒られるのかもって怖くなって、あの後からあなたとは会ってなかった。忘れはしなかったけどね。
高校に入って、びっくりしたわ。あなたの名前があるんだもの。愛想も悪くなって、眼光は鋭くなって、近寄り難い雰囲気で、昔とは別人のようだったけど、間違いなくあなただって思った。さりげなく話しかけてもみたけど、私にも同じような冷たい目で一瞥するだけで、一言二言しか交わせなかった。一ノ瀬君はあなたと仲良くなりに行って、成功したみたいだけど、私にそんなことは無理。結局、去年は何にも出来なかった。
十二月あたりから、少しだけその状態が緩和されたの。同居を始めてるのは、きっとその頃だと思ってるわ。少しずつあなたの周りに人が集まり始めているのを見てた。あなたはいつも校内順位一位。私は万年三位。二位になれば思い出すかも、とは思っていたけど、それもダメ。今年一緒のクラスになれて、これでようやく思い出すかも、と思ってた。でも、そんなことなくて。私を見る目は、ずっと冷たい。あーちゃ……朱莉ちゃんや一ノ瀬君を見るような目じゃない。
だからこうして、話すことにしたの。」
彼女は、かなり辛そうだった。きっと昔に、俺を見捨てたとでも思っているのだろう。
「君は、結局どうなりたいんだ。」
「?」
「懺悔のためだけにきたのか?もっと別のことがあったから、ここに俺を連れてきたんじゃないのか。」
「え?……うん、そう。」
「それだけでよかったんじゃないのか?」
「それでいいの?」
「もちろん。俺は何も思わない。」
「じゃあ、あらためて言わせてもらうわね。11年前と同じように、友達になってくれませんか?」
「ああ。」
俺は頷いた。
「あ、そういえば……。」
スマホの文字入力方法講座開講まで、残り5秒。
———後書き———
どうも、怠惰の化身しろいろ。です。
この2人はまず恋愛関係に発展させるつもりはないですし、朱莉と争わせるつもりなど毛ほどもございません。負けヒロインなんか出ません。最後まで、良き友人のままです。世間一般で言う負けヒロインばっかり好きになる僕の気持ちが、負けヒロインを作り出すのを拒んでいるので、ヒロインレースはさせません。
負けヒロイン、ダメ、絶対。
ついでに言うと、奏さんの言うあの歌はアレです。アレなんです。分かってください。……わかるでしょ?分からなければ『いやただの友達だよー』と打って調べればいいと思います。……流石に知ってるかな。
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