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「お腹、いっぱいになりました。」


機嫌がとても良さそうに、ニコニコと笑顔で俺の隣を歩く朱莉。


「あれだけ食べておいてお腹いっぱいにならなかったなんて言ったら、俺はお前に恐怖を抱いたかもしれん。」


サーロインステーキ300g、俺はそれを見ただけでお腹いっぱいになりそうだった。対して俺は、スパゲッティを約三割ほど朱莉にあげている。


「冬樹くんが食べなさすぎなんです。私は至って普通の女の子です。だから、そんなこと言われる筋合いはありません。」


「確かに俺はあまり食べないかもしれんが、朱莉は食べ過ぎじゃないか?そんなんだから最近体重け……。」


朱莉は咄嗟に俺の口を塞ぐ。それ以上言うなということだろうか。ちなみに彼女は、最近体重計に乗っているのを見かけることがある。別に太っているとも思わないし、気にする必要はないと思っている。まあ、あくまで俺個人の意見だから、彼女の思うようにいていいと思う。


「それ以上言ってはだめです。」


ふがっががが、むごご分かったから、はなせ。」


「それでいいのです。それ以上言うのは本当にだめですからね。」


ぱっと俺の口から手を離す朱莉。


「そんなにするほど気になってるなら、食べるのを控えればいいんじゃないか?」


「それは、冬樹くんの料理を控えろということですか?」


「まあ、そうなるな。」


「嫌です。」


そう告げた朱莉の目は、『それだけは絶対に嫌だ。』と語っていたのだった。











「あ。」


俺の前を歩く朱莉が、いきなり立ち止まった。


「っと、どうした。」


「あの、あれ。」


彼女が指差すのは、ゲームセンターの……あれはぬいぐるみじゃないか?


「クレーンゲーム……欲しいものでもあったのか?」


まあそれだけが欲しいというわけでもないだろうが。


「うさぎさんが……私を見つめている気がしてしまって。」


どうやらあの、ケースの中に一匹だけのうさぎのぬいぐるみが欲しいようだ。……やっぱりさっき指差していたあれだな。


「うさぎのぬいぐるみがほしいんだな。」


俺がそう聞くと、それはそれは嬉しそうに顔を緩ませ、こくこくと頷いた。うちにぬいぐるみはもう二体もいるから、別にいらない気もするが。


「紗希に連れ回されていたから、ああいうのはまだ出来るほうだ。いくらまでなら出せるんだ?」


『ふゆにい、あれとって。』なんて、何度も言われたからな。……とれなかった度にすごく悲しそうにしていて、その顔をあまり見たくなかったから、というのも一つの理由としてあるが。


「一回ではとれないんですか?」


「無理だな。それこそ運がいいか、アームの掴むパワーが強いかだからな。ただまあ、あの大きさなら5、600円も費やせば獲れるかもな。別に俺が出してもいいが、どうする。取るか?」


「取ってくれるんですか?」


「自分でとった方が嬉しいだろ。アドバイスはするから、自分でとってみろ。」


「頑張ってみることにします……。」








「遅いな。」


両替に行ってくると言ってから、もう4,5分は経っただろうか。一向に戻ってくる気配はない。ゲームセンターの中はうるさいので彼女がどこにいるかも分からない。


「仕方ない……。」


俺はクレーンの前から退いて、彼女を探しに行った。


「……じゃん、……こ?」


見るからに嫌そうな顔をしている朱莉と、一人の男がいた。


「何やってるんですか?」


俺は出来るだけ声を明るく保ちながら、彼にそう聞いた。


「あ゛?なんだよテメエ。殺されてえのか?」


随分と安っぽい脅しだったので内心拍子抜けしつつも、話を続ける。


「いえ、何をやっているのか聞いているだけなんですが。」


「お前には関係ねえだろ。」


「いえ、そんなことはありませんが。ところで貴方は?」


「俺は難波実行なんばさねゆきだ。」


なんばさねゆき。難波実行。……面倒だ。ナンパ実行じっこうさんとして覚えるんでいいだろう。まあ、覚えたからなんだという話だが。


「では、難波さん。彼女は俺の連れなので、何処か行ってください。」


「チッ。男連れてんのかよ。」


男は、舌打ちしながら何処かへ消えていったのだった。


「朱莉、大丈夫か?」


男が見えなくなったので、俺は朱莉にそう聞いた。



「強引でウザくて気持ち悪かったですけど、冬樹くんが来てくれて良かったです。助かりました。」


凄い言いようだが、まあ正直とてもウザかった。


「両替はしたのか?」


男のことはもういい。本当はクレーンゲームがしたかっただけなのだから、すぐに話題を切り替えた。


「いえ、それがまだ。」


「1人で出来そうか?」


「ボタンがいっぱいで分かりません。」


そんなに言うほどあるか?とも思ったが、まあ初めて来る場所のものだから仕方ないかと、使い方をレクチャーした。


「出て来ました!」


両替機に金を入れたなら、出てくるのが当たり前だ。そんな当たり前に喜ぶ朱莉に、


「そりゃ、両替機だからな。」


と言ってやると、


「両替機凄いです!」


とさらに興奮した様子だった。


「早く行くぞ。あの台のはもう最後の一個だったし。急がないと取られるかもしれん。」


「はい!」


ただ、朱莉のそのテンションはそう長く続かなかった。


子連れのお父さんがクレーンを動かし、今まさに取ろうとしている場面に出くわしたからだった。


「あ……。」


「朱莉?」


「あれ。私が欲しかったのじゃないですか……?」


「ああ、あれか?」


「はい……。」


何故かローテンションな朱莉。今にも泣き出しそうになっていた。

















「あれは、別の台だな。もう一個向こうだ。」


俺がそう言った途端、彼女の瞳に光が戻ってきた。


「……え?」


「よく見たら、もう一台だけあってな。朱莉が挑戦しようとしている台は結構とり辛い場所にぬいぐるみが設置してあるから、あの親子は諦めたんじゃないか?」


あのぬいぐるみ、近くに行ってどうやって取るのがいいか見てみると、下手すれば平気で2、3000円は消えるような場所にあった。他の台のアームの強さからもそれは揺るぎない。多分、俺が離れていった時にあの親子も挑戦したのだろうが、びくともしないから諦めたのだろう。


「そ、そうだったんですか……?勘違いしてました……。」


「勘違い?」


「最後の一個だと思って!取られてしまったと、思ったんです!」


「あの台のは、とは言ったつもりだが、まあ大丈夫だ。取られてない。」


「よ、良かった……。」


そんなになるほど欲しかったのか……?










「えへへ……。」


「嬉しいのは分かる。分かるから、一旦離してここに入れろ。」


1000円以上かけても落ちないぬいぐるみ。どれだけやっても落ちないぬいぐるみに泣きそうになっていた朱莉だったが、そんなことで泣かれても俺が対処に困るだけなので俺がやり始めた。その後数回で俺が落とし、彼女に渡したのだが、抱きしめてしまって離さないのだ。


「冬樹くんがとってくれたんですよ。嬉しいです。」


……今日の朱莉は感情の浮き沈みが激しいな。


「それじゃあ電車乗れないだろ。これに入れて持って帰るぞ。」


「むぅ……。仕方ありません。此処に入れます。」


「そうしてくれ……。」


やっと離した朱莉は、ようやくビニール袋にそれを入れたのだった。


——その後数日は、「冬樹くんがくれたぬいぐるみ……」と朱莉はずっと喜ぶのであった。——






————後書き————


どうでもいいけど寒い中で外行ってラーメン食べてきました。美味しかったです。


そんなことは置いておいて。どうも、しろいろ。です。ラーメンは武蔵家で食べました。ネギいっぱい乗せてもらいました。


次回の投稿は、また2日後だと思います。ではまた。

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