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『……僕は、君が好きだ。』
『私も、ですよ。』
休日の昼間は暇だ。よくわからない昔の映画がやっているのをぼーっと見つめるか、ニュース番組を見るしか出来ない。だがこういう映画からも手に入れられるものもある。それは——
「冬樹くん、そんなにまじまじと見て、この映画そんなに好きなんですか?」
こたつに入り込んで頬杖をつきながらテレビに映るものを見ている俺に向け、朱莉が話しかけてくる。……いつからそこにいたのだろうか?
「最初の方からいましたよ?」
驚いた。彼女はエスパーか何かなのだろうか。それとも俺の表情に出ていたか。
「そうか。……俺は人が好きっていうことも、友情なんかも、よく分からなくてな。こういう映画だと、相思相愛なカップルが出来上がるだろ?それがどういう過程で、どういうことがあって、どういう心境の変化があってああいう言葉が口に出せるのか、知りたいんだ。朱莉はこういうことって分かったりするのか?」
数秒の間があいて。
「私は——」
俺は視界の端で動く小さな何かを捉えた。
『ガタッ』
それを完全に目が捉えた瞬間、俺は恐怖のあまり立ち上がった。
「えっ?ど、どうしましたか冬樹くん。」
「朱莉、頼む。あれだ。任せた。」
俺は朱莉に全てを任せることにした。
「……?冬樹くん?そんなに怖いんですか、これが。」
「(こくこく)」
言葉が出ない。俺は頷くしかできない。
「この、蜘蛛が?」
「(こくこく)」
言葉が出ない。俺は頷くしかできない。
「気持ち悪い、とかじゃなくて、怖いんですか?」
「(こくこく)」
言葉が出ない。俺はただ頷いた。
「仕方ないですね。今はどこに蜘蛛がいるか分かります?」
「(ふるふる)」
俺は首を振った。怖いものを目に入れるなど、嫌に決まっている。そして、相変わらず声は出せなかった。恐怖というものは喉すら支配するのかと、痛感した瞬間だった。
「あ、いましたいました。ティッシュとってくれますか?」
俺は和室から出ると、リビングにおいてあるティッシュ箱から一枚、ティッシュペーパーを取り出す。
「昼間の蜘蛛はですね、神様の使いとか言われている朝蜘蛛と同様に扱っていいと言われてるんですよ。だから掴んで外に逃して来ますね。」
「(こくこく)」
彼女は蜘蛛を持ったまま玄関に向かう。相変わらず俺は声も出ず、ただただ蜘蛛を避けていた。
……怖いものは怖い。俺はこの時、一つ決めたことがある。これから先もしも、もっと大きな黒いものが家中を駆け回った時は、全ての駆除を朱莉に任せるということである。……もちろん、それが出ないように部屋は常に綺麗なままを保つつもりだが。
「ありがとう、朱莉。」
俺は救世主たる朱莉に最大の敬意を表して、夜ご飯は彼女の好きな食べ物を作ると約束したのであった。朱莉はといえば、チラチラと時計を気にする仕草をしたりと、夜ご飯が早くも待ち遠しいという雰囲気を醸し出していた。そして終始、ニコニコとしていたのだけはよく分かった。
冬樹くんが大昔の恋愛映画をまじまじと見つめています。なぜでしょう。
1番、冬樹くんが恋愛に興味を持った。
2番、友達に勧められた。
3番、映画が好き。
1番はあまり現実味がありません。3番も、この家にいて冬樹くんが映画を見ているところを見ません。つまり、私の中の仮説は2番になりました。
私は冬樹くんの邪魔にならないよう、私はあまり音を立てないようにそっとこたつに入ります。冬樹くんがどうしてこの映画を鑑賞しているのか、理由が知りたいのです。……あとは、先ほどの仮説が正しいのか立証したいということ。
あたたかなこたつに蕩けて、私がハッとした時には、物語は終盤を迎えていました。主人公たちと思しき人物たちが、想いを通じさせる場面です。
そんな場面で、冬樹くんはといえば。
「……。」
ただただ無言で、映画を見ていました。……あれ?私がこたつに入った時からほんの少しも動いていない?そんなに面白かったのでしょうか、この映画は。まあ、ほとんど見てもいないし、この映画自体初めて見るものですから、きっと中身はとても面白かったのでしょう。
私は意を決して話しかけることに。今思えば、彼の邪魔をしてしまったのではないかと、思いますけれど。
「冬樹くん、そんなにまじまじと見て、この映画そんなに好きなんですか?」
そう聞くと、冬樹くんははっとしてこちらを見ます。まるで横にいた私に今の今まで気がつかなかったという風で。
「いつからそこに……。」
そして冬樹くんのそんな呟きが聞こえます。
「最初からいましたよ?」
私が真実を伝えると、大層驚いた様子の冬樹くん。さあ、答え合わせの時間が来ました。
しかし、答えを聞くと、ものすごく今の冬樹くんらしい答えが帰ってきました。そう、正解は4番、人を好くという気持ちの理解。
わかるわけないです!と内心憤慨していると、冬樹くんは私がそういう感情を理解しているのかと聞いて来ます。私は返答に困ります。
意を決して口を開くと——。
『ガタッ』
突然何かに怯えたように立ち上がる冬樹くん。怖くなって私は尋ねます。
「朱莉、頼んだ。」
何をですか。
「これ。」
しっかり名前を言わないと分かりません、と言おうとして。
「蜘蛛?」
私はてっきり例の黒いものかと思いましたが、ここはマンションの高層階だったことを思い出します。ほぼあれはでないのです。それに安心しつつ、私は視界に捉えていた蜘蛛がどこかへ消えようとしているのを確認します。
「蜘蛛が怖いんですか?」
いつもの冬樹くんなら、否定か肯定かきちんとしてくれるのですが。今日に限っては首を縦に振るだけでした。
私は蜘蛛を見失いかけてしまったので、冬樹くんに場所がわかるか聞きました。
しかし冬樹くんはふるふると首を横に振ります。
……正直とても可愛かったです。
冬樹くんにお願いしてティッシュペーパーをとってもらい、そのティッシュで蜘蛛を掴み玄関まで行きます。ドアを開けると寒かったですが、冬樹くんのために、私は頑張りました。
冬樹くんがそれに対して「ありがとう」と言ってくれただけで、私は今にも踊り出しそうでした。
しかも、私が食べたいものを作ってくれるというおまけ付き。この日は終始ニコニコしていた気がします。今になって思えば、少しはしゃぎ過ぎていた気がします。
夜ご飯は、最近食べていなかったコロッケと、挑戦してみたというメンチカツ。後で後悔するレベルまで食べまくり、翌日からランニングの距離を2キロ増やしたのでした。
——後書き——
どうも。最近眠すぎて夜に執筆しながら寝ちゃってるしろいろでございます。
とりあえず色々落ち着く二十五日あたりから頑張り直します。
今はとてつもなく肩が痛いです。
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