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『ポン!』『ポン!』
スマートフォンを購入し、LINEを始めたことはバレンタインデー前に伝えたが、河合と畑中がもじもじしながらホワイトデー後に交換して欲しいと言ってきた。堂島に関してはどこから聞きつけたのか買った翌日に来たので、ぐいぐいくるのが面倒になりその場で交換した。
やりとりが面倒なので、メッセージを見たとしても返信する可能性は低いと繋がっている人には言っており、全員から了承を得ている。
今スマホが鳴ったのはなんだろうと見てみると、河合からメッセージとよく分からないペコペコ頭を下げるキャラクターのスタンプが送られていた。
『明日提出の課題ってあったっけ?教えて下さい
面倒なのは分かるけど返信頼む』
その真下には……兎?猫?犬?かよく分からない、体全体が白色のキャラクター(何かのイメージキャラクターだろうか?)がぺこぺこ頭を下げているスタンプがあった。
……正直に言おう。キャラクターが画面上で動いているのに少し感動した。
……本題に戻ることにする。今日はメッセージがまだ来ていなかったので毎日つけているメッセージを打ち終えるまでの時間を計った記録をとる為返信することにした。
『明日は数学のワークが提出最終日だった気がするが。』
今回の記録は1分58秒。だいぶタイムが縮まった。買った当初は3分もかかっていたのだから、進歩したのではないだろうか?まあ、皆からすればとても遅いらしいし、自慢はできないのだが。むしろ、そんなことを言えば馬鹿にされるのは分かりきっていることだ。特に、隼人に。
ワークに関してだが、提出期間は一週間もあったことだ、流石に提出しているかと思ったのだが、彼女の返信を見て驚いた。
『エッナニソレ。』
……。
『何ページから?どこまでやるの?』
びっくりした。瞬きする間に返信が帰ってきた。これまで連絡をとってきた人(指で数えられる程度の人数だが)とは常軌を逸する速さ。スマホを手に持ち、暫し呆然。が、すぐに我に帰り範囲を確認する為ワークブックを取り出す。確認作業が終わりそれを打ち込むのに2分ぴったり。
『128ページから148ページまでの全問題だ。』
『マジか』
まじだ。
『こめんありかとう』
濁点を打ち忘れたのだろうか、多分彼女の反応からして一ミリも進めていないのだろう。慌てて始めようとしてお礼をしなければと気がつき大急ぎで打ったのだろうかと考えた。
——実際その通りであった。
そのまま俺は眠ったのだった。河合が課題を終えられることを願いながら。
翌朝、目が覚めた頃。時間にして4時頃だろうか、いつもより早めに起きて弁当を作る。昨日作った鳥の甘辛煮は朱莉が夕食時に全て平らげてしまい、残った鶏肉で朝から唐揚げを揚げる羽目になったのである。
昨日朱莉が全て平らげた後、一応唐揚げのための仕込みはしてあるのだが、昨日の甘辛煮がメインで弁当の献立を考えていた為、急遽他のおかずを作る必要が出てきてしまったのである。弁当の量が少なかった日は隣の席からお腹の音が絶えなかったので、絶対に減らしてはいけないのだ。
俺が冷蔵庫に残った具材と格闘していると、昨日弁当の具材の大半をお腹に放り込んだ張本人が姿を表す。
「いい匂いです……。今日のおかずは唐揚げですか?」
「誰かさんが昨日全部食べたからな、唐揚げとかいろいろ詰め合わせたものになりそうだ。」
「う……その節はどうもすみません……。」
「冗談だ。特にそんなこと気にしてない。」
「え、あ。ふっ、冬樹くんは冗談が冗談っぽく聞こえないんです!酷いですよ!」
「そんなに冗談らしくないか?」
「え……あ……。いやその、えっと、その目は反則です!ええ、反則ですとも!」
少し怒り気味なのか、顔を赤くしてそう話した朱莉は、自分がまだ起きたばかりで何も用意出来ていないことにようやく気がつき、落ち着く為(と推測した)に洗面台まで、てとてと歩いていった。
「冗談って、どうやるのが正しいんだ……。」
俺は隼人に冗談とはなんたるかを尋ねようと心に決めたのだった。
弁当のおかずも無理矢理揃え、登校したのだが。
「芽依……どうしたのその隈。」
「いや、昨日頑張って数学のワークを……。」
やはり徹夜でもしたのだろう、河合の目元には隈ができており、それを畑中は心配しているようだ。
「授業大丈夫なの?」
「うう……。」
彼氏との会話か眠気、どちらが勝つかと思ってみれば、圧倒的大差でもって眠気が勝利した様子で、遂に彼女は机に突っ伏して寝始めたのである。まだ朝のホームルームすら始まっていないこの時間に、寝始めたのである。
この調子では、今日河合が先生達に注意されるのを見ていなければならなくなると思い、俺は時々自分の眠気覚ましの為に持ってきているガムを渡すことにした。
「畑中、ちょっと来てくれ。」
少しくらい寝かせてやろうと思い、畑中の方を呼んだが、まだ俺が怖いようだ。そして教室から出てすぐ、横にある階段のところで話を始める。
「な、なに?」
まだ怖がっているのが見てとれたが、今は特に気にする必要もないのでそのまま制服のポケットに入れていたガムを一つ渡す。
「これを河合に渡してやれ。今日の昼になるまで噛んでおけ、ってな。ああ、ついでにマスクをさせておけ。」
「こ、これは……?」
「ああ、ウチのグループの一つにキタシロ製菓ってあったろ?そこの新しい商品らしいんだが、まあ俺が次期当主だと考えたらしく、今のうちに、こういうことやってますよ、ってアピールをしたいと言ってきてな。」
「あ、そ、そっか。そうだよね、でも、貰っていいの?」
「このガムも意見を聞きたいとかで、サンプルとして送られてきたんだ。ガムを噛んでいれば眠気覚ましにいいかと思って、時々使ってるんだが、どうだ?」
「じゃ、じゃあ、貰っておくね、芽衣に渡しておくよ。」
そう言ったので一つ包みを渡す。そうして教室に早く戻ろうとしている彼に向かって、
「実際このガム、とんでもなく——いや、それは河合の反応を見て楽しんでくれ。」
「……?分かったよ。もしよければ後で僕も貰っていいかな?」
勿論だ、と言えば、ありがとうと返され、彼は教室に戻る。
「ん?北代、どうした。なんで教室にいないんだ?」
すると後ろから担任の声が。
「ああ、いえ。トイレに行ってまして。」
「そうか。早く入ってくれよ、ホームルームすっから。」
そして教室に戻れば、未だ机に突っ伏している河合と、それを起こそうと必死に頑張っている畑中、そして未だ立ち上がって喋っているクラスメイト達がいた。
俺の入室から数瞬遅れて担任が入ってくると、クラスメイトたちは大急ぎで自席へ戻る。
その際の大きな音で起きたのだろうか、河合は畑中からガムを受け取り、マスクをつけ咀嚼を始めた。席が席なので見えているだけで、見たくて見ているわけではないということだけ留意してもらいたい。俺の席は最後列、その目の前に二人がいて、隣には朱莉という席なのだから。
咀嚼が始まってすぐ。
「〜〜ッ!?」
足をバタバタさせてガムを楽しんでいるようだ。
なんせ、そのガムは——よく味も分からないほど辛いのだ。
その辛さ故、俺の眠気は一瞬で吹き飛んだという、ほかの辛いお菓子とはレベルの違う辛さのガム。咀嚼によって脳の活性化を促すのではなく、そのとんでもない辛さでもって無理矢理目を覚まさせる、それを《めざましガム》と銘打ったらしい。これを作った者の顔が見てみたい限りである。
——発案者が叔父であると知ったら、冬樹はどう反応するのだろうか。それは分からない。
そして河合のその様子が気になったのだろう、畑中は少し食い気味で、河合が止めるのも聞かずガムを口に入れ、顔を真っ赤にさせつつもガムを噛んだ。勿体無いと思ったのだろう、昼食休憩まで二人ともずっと噛んでいたようだ。
その日を境に、あまり彼らから怖がられなくなったのは、いいことなのかわるいことなのか、それはよく分からない。
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