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「ただいま。」


結局彼が謝ることはなく俺は帰らされた。……別に気になってたりしていない。


八百屋などに寄ってから帰ってきたのでマイバッグはパンパンである。流石に買いすぎたかもしれない。


「朱莉、あの——「ぐきゅるるるるるるるぅ」


……。何も言うまい。


「おかえりなさい。……その、もうお腹が……早く食べたいです……。」


そう言いながら下を向く朱莉。たぶん最初の頃は、「なぜ?」と思っただろうが、今は少し分かる。あくまで推測の域を出ないが、彼女は恥ずかしがっているのだろう。








「ご馳走様でした。」


「お粗末様。ほら、皿寄越せ。」


「はい、お願いします。」


毎度思うことだが、朱莉は本当に美味しそうに食べてくれる。毎回凝ったものばかり作って大変じゃないか、と言われるが、あんなに美味しそうに食事する朱莉に手抜きご飯など考えられない。


「……っ。」


皿を洗っていると手に痛みが走る。その俺の様子が目に入ったのだろう、朱莉はこちらへ歩いてくる。


「どうしました?」


こういった小さなことに目がいくから皆から好かれているのだろう、と思ってしまう。


「いや、なんでもない。」


この程度のことで彼女の手を煩わせるわけにはいかない。俺は痛みに耐えながらそう返した。


「手、ですね?見せてください。」


なんでそんなに早くバレるのかと聞きたいところだが、俺は洗い物を中断して見せることになった。


「ひどい……ぱっくり割れてますね。」


典型的なあかぎれ。第二関節のあたりの皮膚が切れて、血が垂れている。


「大丈夫だから、後で絆創膏貼るよ。気にしないでくれ。」


その手を振り払おうとすると、さらに強い力で掌を握られる。


「だめです。傷が残ったりしたらいけません。」


朱莉は俺を引っ張——れなくて止まった。


「……こっちについてきてください。」


彼女はそう言って俺を自分の使っている部屋へ連れて行った。


何気に力が込められている掌。俺のこの怪我を気にしてくれているというのが分かって、思わず口角が上がる。












彼女はバッグから絆創膏と保湿クリームらしきものを取り出す。俺は彼女が用意しているのをただ棒立ちしているだけになってしまう。


「あ、ありましたありました。冬樹くん、そのままでいいですからこちらに両手を差し出してください。」


俺が手を差し出すと、手際良く俺の両手十本の指に乾燥防止のための保湿クリームを塗り、傷の上に絆創膏を貼る。


「はい、終わりです。」


「慣れてるな。」


その作業工程を間近で見て俺が思ったことはそれだった。


「お母さんによく絆創膏貼ってたんですよ。お母さん、料理とか上手くないのにやろうとするので、よく包丁で切っちゃったりとか怪我してましたから。今でも時々やっているみたいですけど。」


少し苦笑しながらそう言った朱莉は、その後すぐにハッとしたようにこちらを見る。


「ご、ごめんなさい。両親の話は辛いですもんね、こんな話してしまってすみません。」


「気にしなくていい。朱莉が聞いてこようが何をしようが、俺の両親はどうにもならん。そんなこと気にする必要はないぞ。」


「そう、です、か。」


なんだか沈んでしまった空気を振り払う為に、頭をフル回転させる。ああ、そういえば……。


「朱莉、ちょっとそこに居てくれないか?」


俺は立ち上がると、あとで渡そうあとで渡そうと逃げていた、今日作ったチョコを手にし、部屋へ戻る。


「雪の柄?……開けてもいいですか?」


袋をゆっくり開けると、はっと息を飲む朱莉。


「今日はホワイトデーだったろ?だから、この前のお返しだ。」


先程まで沈んでいた彼女は、目を輝かせて俺に問うた。


「おひとついただいても?」


「それは朱莉のものだ。勝手にしていいぞ」


そう言えば、すぐに一つつまみ、口へ運ぶ。


途端に表情は明るくなり、また一つまた一つ口へ運ぶ。


「……!美味、しい、です。なんてお菓子ですか、これ。」


そう言ってまた一つ、また一つと口の中へ消えていく。


「そんなに美味いのか?」


「……私は、冬樹くんの作るものが美味しいかなんて、そんな当たり前のことを聞いてるんじゃなくてですね、このお菓子の名前を聞いているんです。」


美味しいのは当たり前のことだ、と言われたのが少し嬉しく感じられる。


「バーチ・ディ・ダーマ。アマレッティより少し柔らかめの菓子だ。イタリア語で『貴婦人のキス』、今のマカロンの原型と言われている、トリノの伝統菓子だ。」


作ると決めた時に少し調べた。イタリアでも人気のある菓子らしいから朱莉も知っているかと思っていたが、反応を見るに違うらしい。


「ほへぇ。ばーち・でぃ・だーま。」


一つ一つ口に運んでぱくぱく食べている彼女にとってこの情報はあまり意味を為さず、バーチ・ディ・ダーマと一言言ったきりまた食べ始めてしまう。


甘いものが好きなのだろうと多めに入れたはずが、半分以上食べられている気がする。


「……そんなに食べて大丈夫なのか?」


「……!も、もうやめます……。」


デリカシーが無さすぎただろうか?顔を赤くして袋に封をし直す朱莉。


「あ、え、えと。その……美味しかったです。ありがとう、冬樹くん。」


少し顔を赤らめながらも、こちらにむけ満面の笑みを浮かべる朱莉。


その笑顔を見つめると、顔が熱くなって仕方がなかった。思わず顔を背けてしまい、その熱くなった顔を朱莉から隠すので精一杯になってしまった。









——後書き——


どうも、風邪ひいて寝込んでた、しろいろです。いや、11日の昼頃から体調が悪くてですね、何も報告できないまま休んでしまいました。その後も書けるような体調ではなく、今日ようやく良くなりかけたので、机に向かってしっかりこれを書きました。


熱は38度越えで、インフルかもと通院しましたが結果はただの風邪。喉も痛いし鼻水すごいしで大変でしたけどね。


本当に投稿できなくてすみませんでした。

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