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俺の喉の奥から勝手に湧き出る嗚咽がおさまった頃。
「あ、朱莉?もう大丈夫だから……。」
恥ずかしくなって離れようとする俺をもっと強く抱き締める朱莉。なんだか柔らかい。ここはまさか。
「!?ふぐっ、ふごごごご!?」
そこが胸部であることに気がつき、驚きのあまり声を発するも、それは声にならず。
「可愛いですね、冬樹くんは。」
艶やかな声が上のあたりからする。その声を聞くと、不覚にもドキッとしてしまう。かなり密着しているせいで、俺自身の鼓動と、彼女の心臓の鼓動が混ざって感じる。俺は抵抗出来るに出来なくなり、数分間同じ体勢でいてしまうのだった。結局彼女から話してくれるのを待つ羽目になったのは、言うまでも無いことだ。
——朱莉が猛烈に赤い顔で「可愛い」と言っていたことを、本人以外知る者はいない。
「……酷い顔だな。」
洗面台で顔を洗い、鏡に映った自分を見る。目元は少し腫れているのが分かった。
俺の耳には未だ朱莉の「可愛いですね」がひっついているような、そんな感じがした。
「それでですね、さっきのチョコなんですけど。」
夕食後、再度朱莉がその箱をテーブルの上に出す。
「もらっても、いいのか?」
「もちろん。冬樹くんの為にですから。ぜひ食べた感想をお聞きしたいのです。」
あのキッチンの悪夢が頭の中に甦り、少し食べるのが億劫だが仕方ない。
「それじゃいただこう。」
一思いに、と一つ口へ含む。その味は……
「……美味しい。比較対象が少ないのは確かだが、これまで食べたどのチョコよりも美味しいと思う。あの料理の腕前からして、かなり練習したんだろう?」
「……スイーツ作りと料理作りは違うんですよ?」
「もちろん分かっているが、あの料理の腕からして最初は酷かったんじゃないか?」
「ま、まあ確かにそうでしたけど……。」
「まあ、今は美味しいからいいんだ。よく頑張ってくれたな、朱莉。」
そう言ってもう一つ口に放り込む。
「ん、甘い。」
二個目を食べて思ったのは、昔から紗希がくれるチョコより甘く、溶け具合がいいことだ。色も焦茶というよりは薄茶色に近い。
「市販のチョコを溶かして、生クリームを混ぜて丸めているので、そこらのものよりは甘いでしょうね。まあ、美晴さん曰く『生クリームとココアパウダーを使うだけなのに2週間かかるのは不思議』だそうです。」
なるほど。叔母上はそういう行事に凝っているので、カカオ豆を取り寄せて休日に何時間もかけてチョコを作る。……砂糖は入っているはずなのに、もの凄く苦いが。
——彼女の料理の才能は皆無であると再認識した冬樹であった。
「今度お返しに作ってやろうか?ホワイトデーは別件で用意する。」
「……冬樹くんのチョコ……えへへ。お願いします!」
わかった、と立ち上がり、包みを片付ける。朱莉は、『早急に体重を落とさないといけませんね!』とランニングに出かけようとする。
「夜も遅いから、明日からやればいいんじゃないか?」
既に時刻は9時頃になっている。今から外に出るのは危険だ。そう伝えると、
「仕方ないです。おうちで腹筋背筋をやることにします。」
と、すぐに引き下がってくれた。その時何故か朱莉はニコニコ……ニヤニヤ?していたのだった。
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