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「あの、もし良ければ家まで一緒に歩きませんか?」


「まあ、時間もたっぷりあるし、いいぞ。一緒に歩くか。」


「ほんとですか!?」


何をエキサイトしているのだか、るんるんで先を歩く朱莉。





家まで一時間半あまり。やはり大通りなどに出てしまうが、そういったところを歩く時は人目を集めてしまい、なんだかいたたまれなくなった。


「冬樹くん、大丈夫ですか……?」


恥ずかしくて俯いていただけで、特に体調は悪くないのだが、彼女の顔がどんどん近づいて、更に顔が熱くなった。


『なあ、あの子めっちゃ可愛くね?俺声かけてこようかな?』


『やめとけ、あの子どっかで見たことあると思ったらあの新堂家の子だぞ、お前なんか釣り合わねーよ。それに隣見ろ、あれ多分護衛の人だぞ。俺らみたいな奴を避けるための人だろ。近づいたらヤバいやつだよ。ま、俺も声かけてーけど無理だな!はっはっは!』


と言われていた。俺は全部聞こえてますよ、と伝えてやりたくなった。


俺と朱莉が並んで歩いていると、道が開けてしまう。人が勝手に避けていくのだ。


「朱莉、大丈夫か?」


「うふふ……はっ!?え、ええ。大丈夫です。」


なんだかニヤニヤしていた気がするが、大丈夫なようで安心した。


「冬樹くん、こっち行きましょう?」


彼女は俺の手を取り、くいっと引っ張る。


俺が人混みを嫌がっているのを分かっていたのか、あまり人のいない方へ手を引いてくる。


「あ、ああ。」


軽すぎて俺を引っ張れず、うんうん言っていた朱莉の方に歩き出す。


俺は彼女が握ってきた手を握り返した。






「い、意外に距離ありました……。足が棒になりそうです……。」


私は一人で家の中へ入っていきます。冬樹くんはご飯の材料を買うとかで商店街前で分かれました。


私はここでよくないことを考えてしまいました。


「もしかして、冬樹くんの部屋に入れるのでは……?」


私は冬樹くんの部屋が気になって仕方がなくなり、散々悩んだ挙句……あれ?悩んでませんね、即決でした。


私は欲望を抑えきれず、ついに冬樹くんの部屋の扉を開いてしまいました。


「やっぱり簡素な部屋ですね……。」


驚く程何もない部屋。その中で一つだけ大事そうに枕元に置かれているものがありました。


「私がプレゼントしたくまのぬいぐるみ……。」

 

そう、初めてこの部屋に案内された時、殺風景だと感じたので置物代わりになればいいとプレゼントした、くまのぬいぐるみ。それは枕元に置いてあり、傷一つない状態でした。大事にされていると思って嬉しい反面、何故か少し嫉妬してしまうです。なんでなのでしょうか……。


とにかくそのくまさんを抱きしめて、その場に座ります。私の意識はそれで途切れてしまいました……。







……。……。なんで朱莉が俺の部屋で寝ているんだ?


「すぅ、すぅ。」


家の電気がどこもついておらず、焦ったのだが、俺の部屋のドアの下から漏れる光に気がつきドアを開けると、そこには俺のベッドに寄り掛かり寝息を立てる朱莉の姿があった。


寝息を立てている彼女を起こすわけにもいかず、とりあえず静かにドアを閉め、買ってきたものを冷蔵庫に入れて俺の部屋へ戻る。


あい変わらず寝ている彼女をどうしようかと考え、俺は彼女を抱っこすることにした。


「よっ、と。」


背中と膝裏に手を入れ、彼女を胸の前で持つ。そのまま彼女を客室の布団の場所まで運ぶ。客室のドアを開けたところで彼女が目を覚ます。


「ん、んぅ。お、おは……?」


「起きたか?」


彼女は自分がどうなっているのか理解したようだ。


「こ、これってお姫様抱っこというやつでは?」


「よく分からんが。まあそうなのかもな。」


彼女はごにょごにょとなにかを言っていたが、ふと手元に何もないと気付く。


「くまさんは?」


「ぬいぐるみなら置いてきたぞ。」


「よ、よかった。」


あれは朱莉のものではなく俺のものであり、彼女が安堵する理由がいまいち分からなかったが多分プレゼントした側として蔑ろにされたくはなかったのだろう。


「それはそうとなぜ俺のぬいぐるみを抱えていたんだ?」


「実は——」


彼女を降ろしてから話を聞くと、俺がいないので部屋に入って、部屋の中を見たらくまのぬいぐるみがあって、それがとても大切そうに扱われていると思った嬉しくなり、抱きしめて寝たという。嬉しくなって抱きしめるというのはよく分からないが、おおよそ行動したことについては理解できた。


「まあいいよ。寝ていただけなんだろ?」


「は、はい……。」


「ならいいんだ。さ、ご飯の準備する間に風呂入って来てくれ。」


こうして、俺の部屋で起こった小さな小さな出来事は終わったのだった。





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