09




『ピンポーン』


……なんだか少し前に同じ状況があったからか、嫌な予感しかしない。


俺は玄関に到着し、ドアを開ける。


「はいはい。」


「うおっ!?よ、よう、北代。」


河合。それと、誰だ?クラスにいたような気がしないでもない。


「は、はじめまして、芽依の彼氏の畑中潤です。」


「うーん。畑中……、どこかで……?」


「そうですね、芽衣のとこの肉屋の向かいの魚屋です。」


ああ、そうだ。魚屋なのに畑なんですねと店にいたおじさんと話をしたんだった。


「それで?何の用だ。」


用もないのに来たのなら帰って欲しい。それがたとえクラスメイトでもだ。


「じ、実は。今日用事があって芽衣と一緒に学校にいけなくて、それで怪我をしたと聞きました。北代君が助けてくれたと言う話だったので、お礼に参った次第です。」


こいつも俺を怖がってるな。


「ああ。気にしなくていいぞ。」


「それでな、二人で魚と肉を持ってきたんだよ。それで少しご馳走になろうかなと。」


あの二人隼人と美晴から聞いたな。


「まあいいんだがな。ただ、一つ約束してほしい。料理を俺が振る舞ったこと、そして中で見たもの、全て忘れろ。いいな?」


「「はっ、はいぃぃぃ!」」


俺ってそんな怖いのか。


「一人暮らしにしては綺麗だね。」


「そうだな、潤のとこもこれくらい綺麗ならいいんだがなぁ。」


「芽依、それは言わないでよ!」


バカップルだ。これはクラスでやられたらクラスメイトのヘイトが溜まるのも頷ける。


「ちなみに彼の家は私がいないとだいぶ殺風景でしょう?」


彼らに黙っててほしいことNo.1、新堂との同居。


「ええっ!?新堂さん?」


「なんでお前がここに!?」


俺だって聞きたい。


「それは、彼の叔父様と私の父が決めたことで....。」


「じゃあ望んでないってこと?」


そう言ったのは畑中。答えるは新堂。


「いいえ、この同居は私の希望も添えられたものです。....彼が望んでいるかは分かり兼ねますが。」


そう言った途端に、2人の目線は俺の方へ、ロックオンされた。


「俺の場合、叔父の言ったことは絶対だからな。それに叔父は俺に出来ないことは言ってこない。きっとこれは俺でなければいけない理由があったんだと推測している。」


「え、おい。お前んとこはお父さんとお母さんはいねーのか?」


——2人は後悔した。この話題は踏み込んではいけない領域だったことを、今更ながらに理解した。


「すまない。それを答える気はないんだ。」


先程までの余裕は消え、いつもは感情を写さない目には、感情ではなく更に深い闇を感じた。


「いや、もういい。ごめんね、北代君。」


彼の変化をいち早く察し、潤は謝罪した。


「いや、気にしなくていい。そうだ、さっきの食材で料理を振る舞うから、食べて行ってくれ。そのあとは、すまないが少し調子が悪いので寝させてもらう。できれば新堂だけで洗い物はやってほしいが、無理そうなら置いておいて構わない。ただその場合水につけておいてほしい。」


「あたしは手伝うぞ!」


芽衣はきっと冬樹を気遣ってくれたのだろう。


「僕も手伝うよ。」


芽依にいいところを見せたいのだろうか。潤も手伝ってくれるようだ。


「本当にすまない。では頼んだよ。」


そう言うと冬樹は、重い足取りでキッチンへ向かう。


数十分ほどで芽依が持ってきた牛肉を使ったしぐれ煮を出すと、冬樹はふらふらとおぼつかない足取りで自室へ入っていった。


「北代君、ほんとに何があったんだろうね。」


他人の詮索はあまりしない潤でさえ、彼のあの態度はただならぬ何かを感じ取ったようだ。


「さあな。どっちみちあたしたちにはわかんねえよ。」


「……そうですね。取り敢えず彼が用意してくれんです、冷めないうちに食べましょう。」


その後は冬樹の料理に驚愕した二人に、何故か勝ち誇ったような表情の朱莉という構図が出来上がった。




「……。俺は何をやってるんだ。父も母も殺しておいて、自分はのうのうと生きるのか?俺が幸せを感じちゃいけないんだ。俺は何も感じることない、ただ生きるだけの人形だから……。」


俺は心の中で鍵が閉まる音がした気がした。


その日はなんだかよく眠れなかった。



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