08
俺は急いでいた。非常に急いでいた。ブランケットを編むなど簡単に言ったものの、これが予想以上に大変なのだ。だがもうそろそろ半分出来上がる。手先の器用さは料理の見栄えをよくする面で活躍していたようで、半分まで編んだブランケットには、特に目立つようなミスも見受けられない。初めての割には上手くできたものだ。
「クリスマスまであと二日……いや、もう一日しかないのか。」
気がつけば時計の針は十二時をまわっていた。
「そろそろ寝よう。明日で完成できるだろうからな。」
俺は新堂が既に寝ていることがわかった為、音をあまり立てないように歯磨きとトイレを済ませ就寝した。
「おはようございます……。」
眠そうな声と共に起きてきた新堂。
「ああ、おはよう。」
対する俺は、慣れないことをしたせいか疲れていたらしく、ベッドに入ってすぐに熟睡できた為、目覚めも良かった。
「きょうのあさごはんはごはんとおみそしるですね…。。へへへ、ふゆきくんのごはんはとてもおいしいのであさからたべられるわたしはしあわせものです……。」
よほど眠いのか、舌がまわっていない。が、朝ごはんを食べ終わる頃にはいつもの新堂に戻っていた。
「それじゃあ、先に学校へ行ってきますね!」
彼女は俺の家から登校している。が、全く同じ時間に出て行くと勘のいい奴は同棲までたどり着く可能性がある。そうなったら俺だけじゃなく新堂も迷惑を被ることになる。なので住み始めの頃に(といっても数週間前だが)、家を出る時間はずらすことにしてある。幸い、このマンションには学校の生徒は1人もいないので、俺の家から出ていることがバレる可能性は低いと言えるだろう。
「おう。」
ずらすと言っても、五分から六分だけだ。それ以上開けると遅刻してしまう。俺は制服に袖を通すと、外の景色を見渡す。
「雪か……。」
昨日の予報では雨という話だったが、朝から冷え込んでいた今日は雪になったようだ。
「寒いな……。新堂は平気なのか……?」
俺はワイシャツの上にセーターを着ているが、ついでにPコートを着用し登校する。……俺は新堂と同様に寒がりなのかもしれないな。いや、下手をすると俺の方が重度の寒がりかもしれない。暖房をつけなかった時なんて冬は寒さで凍え死ぬからな。炬燵だって出せるなら十一月には出していたいし。
学校まで徒歩十五分。置き勉が可能な為、鍵付きのロッカーには教科書やらが入っている。リュックには二人分の食事とノートしか入っていないので、非常に軽いのだ。
傘を差して歩いていると、横から見たことのある少女が近づいてくるのがわかった。河合だ。ショートで快活な彼女は、クラスでも人気がある生徒の一人。
「いつ話しかけよう……あいつ、なんか最近少し柔らかくなった気がするけど……まだちょこっと怖いんだよなぁ。目が笑ってないというか。でも、もうそろそろ二学期が終わっちゃうからなぁ。近づくには今日か明日中だな。でも怖いなぁ。」
何かを喋っていた気がしたが、ほぼ聞こえない。俺は彼女に話しかけることにした。
「河合、久し振りだな。」
「ひょわっ!誰!?」
そこまで吃驚するほど俺は怖いのか……。
「な、な、な。なんだ、北代かよ。ビビらせんな!」
「別にビビらせたつもりはないのだが。」
「うっせーあたしがビビったんだよ。」
そこまで怖がられるといっそ清々しいな。
傘を差しつつ並んで登校することになったが、会話が浮かばない。俺が無言でいると、河合が一言。
「なあ北代。LINEってやってんのか?」
「残念なことに俺の連絡先には叔父と一ノ瀬、柊木しかない。それに全てメールで済ませてしまうのでな。LINE自体入れていない。」
「へ、へえ。」
「それがどうかしたのか?」
LINEをやっているかやっていないかの確認をしたかったわけではないだろうと促すと、まるで悪いことをした小学生が親に怒られ、その理由を述べているシーンが頭の中に浮かぶ。....実際新堂よりも小さいからな。身長。というか前と口調が違う気がするが。
「いや、その。お前とLINE繋いで話をしたいなぁと思ったんだよ。ただLINEやってないんだろ?だから返答に困っただけだ!」
前回よりも多少口調が柔らかくなっている。これは少し仲良くなったということか?
「メアドならいくらでも交換するが……いるか?」
「えっ?くれんのか?も、貰えんなら貰うよ!」
想像以上に食いついたな。ぱあっと表情を明るくし、こちらを見つめる彼女の、肩まで伸びた黒い髪。一見すると清楚系?らしいが中身は辛辣で、ごく一部の男子からは崇拝されているレベルらしい。だが残念ながら彼氏がいる、と知ると
「ほら、これが俺のメアドだ。それとな、俺はほとんど携帯を触らないから、返信が遅くても文句を言うなよ?」
「おう!北代のメアドか……。」
最後の方は小さすぎて聞こえなかったが、独り言なんて気にする必要はないと思い、俺はスルーした。
「メアド交換してくれてありがとなー!じゃ、ばいばーぶへぇっ!」
華麗に消え去ろうとしたのだろうか。彼女はこの雪の中走り出すと、そのすぐ後に盛大に転んだ。
「おい……大丈夫か?」
「う……うん。」
俺が手を差し伸べると、その手を強く握り返してくる。そのまま引き上げると、彼女をおぶってやることにした。
「んあっ!?怖い怖い下ろして下ろしてえっ!!あたしには大切な彼がいるからぁ!!」
そこまでビビるか。だがここでよく転んだなというぐらい、地面は氷が張っているわけじゃないのだ。俺まですっ転ぶわけじゃない。俺が河合を背負って学校に行ける程度には鍛えているし、心配になる要素はないはずだが。
「右足捻ったろ。保健室まで連れてってやる。きちんと乗っとけよ。」
たった三文。だがこれで十分だと思った。その後はバタバタ暴れるわけでもなかったのですぐに保健室へ連れて行けた。
教室には養護教諭伝で伝わっていたらしく、遅刻ギリギリの時間に教室に入っても担任には特に何も言われなかった。
ああ、怖かった。あいつの目とかほんと笑ってなくてこえーんだよなぁ。鉄の仮面でもつけてんのかって思うくらいに。
ただまあ、西園寺の根も葉もない噂を払拭するには、新堂さんの助力も必要だし……。取り敢えずあいつが困っていることとかくらいなら手助けできるかもって思って今度二人で一緒に話しかけに行こうって潤と約束したのに、周りの目線を気にする彼は拒否。ならあたしがと勇気を振り絞って連絡先を交換したのだ。
「潤……あたしを慰めて……。」
芽依は小さい頃から潤にベタ惚れで、しかも初めての彼氏。昔からあの商店街の向かいの店同士仲が良かった二人は、高校が同じになってから付き合いだしたのである。
「芽衣!?大丈夫?」
優男風な青年が保健室へ入ってくる。それをニコニコしながら見つめる養護教諭。
「と、取り敢えず、芽衣が無事なら良かったよ。」
一安心する潤に一言。
「あ、北代なんだけど。連絡先を交換できたし、今度こそ一緒に行こうよ。」
「め、芽衣。すごいねっ!あんな怖そうな顔のあの人に話しかけられるなんて!」
「ああもう、やめてよ恥ずかしい。」
——養護教諭は思った。バカップルって見てて楽しいなぁ、と。
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