03




最悪です。ドアが開いていて家中静かだったので、ドラマなどでよく見る殺人現場のドアがよく開けられたままですから、その状態が頭の中をよぎり、少し、いえ非常に焦りました。ですがそれも杞憂だったようで、彼は浴室にいたみたいです。テレビを見過ぎていたのかもしれません。学年二位の学力はキープしていますが……。


私はとても焦っていましたので、ドアを開けた後、大変後悔しました。取り敢えず挨拶を、と思いましたが恥ずかしくて何を言っていたのかよく分かりませんでした。思い出すと顔が熱くなってとても恥ずかしいです。あ、彼が出てくるようです。まずは謝るところからでしょうか?男の人と一緒に住むことなんて初めてなので、どうしたらいいのでしょうか……?




気まずい。かなり気まずい。新堂さんはなぜドアを開けたのか知らないが、彼女は現在後悔中らしいので、リビングにも出難い。


「あー。もうこれからどうなるんだ……。」


俺は密かに叔父を恨みつつ、用意していた服を着る。出迎えるつもりだったため少し外行きの服を用意していたのだが、すでに入ってもらっているので着る必要はないのだろうか?本当に誰か説明してほしい。


意を決してリビングに入ると、そこにはやはり新堂さんがいた。


落ち着かない様子でこちらを見る。


「あっ、冬樹くん……。」


俯く彼女に声をかける。


「今日から同居させていただく、北代冬樹と言います。新堂朱莉さん、これからどうぞよろしくお願いします。」


先程の件にはあえて触れない。彼女の記憶からあの件を抹殺する為だ。そして、彼女とは距離をとりたい。さっきまではタメ口だったが敬語にしておいた。


「は、はい。こちらがお世話になるのに申し訳ありません。改めて自己紹介をさせていただきます、新堂朱莉と言います。これからよろしくお願いしますね。


それと……」


折角無視していたのに、彼女は掘り返すようだ。彼女は立ち上がり、


「先程は本当にごめんなさい、私の不注意です。」


それはそれは美しい御辞儀だった。俺はその美しい御辞儀に、思わず見惚れてしまう。


「あっ、い、いえ。こちらが悪いんです。出迎えができなくてごめんなさい。それよりも、食事の用意をするので待っててくださいね。」


俺はキッチンに入る。




三十分程すると鍋は完成した。そして、俺は皿を用意する。


箸は……適当に用意すればいいだろう。


「新堂さん、夕食が出来ましたよ。」


「ふぁえっ?あっ、はい。」


ポーッとしていた彼女は、意識をこちら側に向けると、洗面所へ向かっていく。手を洗いに行ったらしい。


「あの、どこに座ればいいですか?」


「そこです。」


俺はまだ用意の途中なので、指で示すことしか出来ない。それを理解してくれたのだろう、何も言わずにそこに座ってくれた。


数分すれば後片付けも終わり、鍋を持っていくと卓上コンロの上に鍋をセットする。そして俺は彼女と向かい合う形で席につく。


「どうぞ、食べて下さい。」


俺は取り皿と箸を差し出し、彼女の動きを待つ。


「あ、はい。それでは、いただきます。」


そこからは特筆するような事もなく、黙々と食事をしていた。




食事が一旦落ち着くと、俺は彼女に質問したかったことがあったのを思い出す。


「どうして十二月の今頃になって同居なんてするんですか?新堂さんとは入学式以来ほとんど話をした覚えがないんですが、名前を知っていたようですし、家の事情とはいえ普通は同居するなんて嫌ですよ。」


「そ、それは、その。お父様が渡米するようなので、人に世話を任せたいと言っていました。名前を知っているのは、昔会ったことがあったからです。でも、それまでは本当に冬樹くんなのか疑いましたよ。あの頃と全然印象が違ったので。」


「昔……?」


昔のことはほとんど記憶にない。特に事故より前のことは全てと言っていい。


なので、俺が小さかった頃のことしか知らない人からすると、全く別人に見えるとの事だ。


「小さい頃よく私のお話を聞いてくれて、励ましてくれたじゃないですか。」


「すみません、その辺りのことは覚えていないんです。」


真実を彼女に伝える気はない。言ったところで何も変わらない。それくらい分かっている。


「……、そうですか。」


俺が自分から壁を作ってしまったのは容易に理解できた。それでも、壁がないと駄目だ。壁がないと、その人を失った時が辛いから。きっと俺は大切な人をまた失いたくないのだ。彼女は昔、俺の中で大切な人だったのだろうが、今はよく分からない。


「では、このお話はまた今度ということで。」


彼女はゆっくりと立ち上がる。帰るのか?


「風呂を頂いてもいいですか?」


同居はするつもりのようだ。俺は風呂へ案内し、タオルの位置とシャンプーやリンスの見分け方を教え、俺は浴室から出て行く。そのまま洗い物をして、客用の布団を敷いた。彼女が風呂から出たことを確認して、今日は早く寝るがいいかと確認し、部屋のものは好きにしていいからと伝えると、俺は眠りにつく。




よかった、冬樹くんは寝たようです。しかし、小さい頃の記憶がないのですか…。と、ということは。私が言ったあれこれも全部、忘れてしまっている……?恥ずかしいことも言ったような気がしますし、今なら無かったことにできそうです。


と、言うより、冬樹くんに壁を作られた気がします。どうにかしてあの壁を壊したいですが……どうすればいいのでしょうか。まずは敬語をやめさせたいですけど。


「そうだ、明日の彼の朝ご飯、私が作ってあげればいいのでは?」


次の日の朝、私は彼にまた迷惑をかけてしまうことになるとも知らずに。




「ピピピピピピッ!」


携帯のアラームで俺は飛び起きる。このアラームは危険信号。今から食事を用意し、大急ぎで出発しないと間に合わない時間だ。俺は帰ってきたら洗濯物を干さねばと考えながら、制服に袖を通す。


「あ、おはようございます、冬樹くん!」


なぜだろう、洗濯物はしっかり出来ているし、掃除もされている。しかし、この匂いは……?


「今日は私が朝ご飯作ってるんですー!」


なんだろうな、最悪な目に遭わされる予感がする。


「新堂さん、一体何、を....。」


言葉が出てこない。綺麗にしてあったはずのキッチンはゴミで溢れ返り、フライパンの中にある黒焦げた何かは決して食べてはいけない物だと悟った。というかどこにそんなゴミが出るようなものがあったのだろう。


「新堂さん?これは……。うっ。」


何と何も混ぜれば俺の家の材料で毒が作れるのだろうと思ってしまうほどに強烈な匂い。匂いから察するに、味は最悪だろう。


「おかしいですね?よく出来てると思ったんですけど……。」


「それを一旦捨ててください、俺が作ります。」


「ええっ、そんな!」


これが食べられると言うなら食べてみてほしい。死ぬのは確実だと思うが。


俺はまずキッチンを埋め尽くすゴミを片付け、近くに置いてあったパンをトーストにかけて、サラダを超特急で用意すると、フライパンの中身をディスポーザーで抹殺する。彼女は残念そうな顔をしていたが、あんなの食べたら死ぬことを理解していないのだろうか。


大急ぎで洗い物をしても、昼食を用意する時間はない。今日は学食を利用するしかないようだ。


「急いで。今すぐ洗濯物を干して出発しないと遅刻ですよ。」


「ええっ!?」


もう彼女の家じゃないんだから、距離だって違うだろう。それくらいはわかってもらいたい。


「遅刻しても知りませんよ?」


俺はパンを頬張って洗い物を干すのを再開する。さっきまでは帰ってから干すつもりだったが、もうあと少しなので一気に干した。


そして、俺はもう彼女に食事関係のことを頼まないと心に決めた。


ちなみに、学校には朝のホームルームのチャイムギリギリで到着した。

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