第16話 Compliment

 あれから先輩には同僚の駐在として来ている日本人の彼女ができ、その彼女を紹介されてから先輩に会うのを辞めて半年が経った。自分の彼氏、いや、元彼から彼女を紹介されるほど、悲しいことはない。何度か遊びにも誘われたが、全てフライトがあると言って全て断っていた。 


 LA便を終えてからバスで家路についている途中に、どうやら噂になっていた新型ウイルスがアジア圏内でパンデミックを起こし始め、フライトが続々キャンセルになっているという情報を知った。大多数のクルーからWhatsappのグループにキャンセルに関してのメッセージが続々入ってくる中、僕にしか頼めないことがあって今すぐうちに来ないかと先輩から連絡が来た。先輩は僕のスケジュールを管理しているかの様に昔からタイミングよく連絡してくる。十四時間のフライト終え、正直くたくただったが、僕はTung Chung駅のバス停で降り、制服のままMTRに乗って先輩の家へ向かった。


「よぉ、久しぶりだな。一樹!」

「お久しぶりです。先輩」

「悪りぃな、突然呼び出して」

「先輩の頼みなら」

「ありがとな。で、頼みってのがこれ?」


 二枚の下着が入った小さい紙袋を渡された。取り出し手に取り、まじまじと見た。一枚は男性用でフロントが立体的になって触り心地もサラサラとして通気性も良さそうな水色のTバックだった。そしてもう一枚はこれも男性用のTバックだったが、前部分は伸縮性の良さそうな薄い生地で出来ているが、その周りと横の部分に紫のレースが施されていた。


「これ、今俺が担当してる新作なんだけどさ。履いて見せてくんねーかな?」

「え。今ですか?」

「恥ずかしいならいいぜ」

「……いいです…けど。履いてきます」

 

 僕はTバック2枚を持って、バスルームへと入った。まずは普通のTバックから履いた。なぜだかTバックを履くと前の先輩のことを思い出して興奮してしまう。おばあちゃんの顔を想像して落ち着かせ、着ている制服のYシャツを頑張って下に伸ばしながら、先輩の前へ出た。


「恥ずかしがんな。男同士だろ?」

「すみません」

「Yシャツあげて回って見せて」

「はい」

 僕はおばあちゃんおばあちゃんおばあちゃんと心の中で叫んだ。

 何とか一枚目はおばあちゃんのおかげで先輩の前で平常を保つことが出来た。この勢いなら2枚目も大丈夫だろうとレースのTバックを履いた。


「どうですか?」

「結構いいな。やっぱ二十代がターゲットか。でも二十代でTバック履くやついんのかな? お前、普段からTバックとか履く?」

「いや、履かないです」

「そうだよな?」

「ちょっとこっち来て後ろ向いて」

「はい」

 おばあちゃんに活躍してもらったが、次の瞬間おばあちゃんが消えた。

「ちょっと引っ張るね」

 Tのラインを上に少し引っ張られた。今まで我慢していたのと付き合っていた頃の先輩が大好きだった行為をされ、一気に前が膨らんでしまった。しかもシミまでつけて。先輩にはお尻を向けているからとりあえずはバレていない。

「う〜ん、やっぱりもうちょっと伸縮性が欲しいよな。ごめん、もうちょっと伸ばすぞ」

「ヒャ」

「おい変な声出すなよ」

「す、すみません」

「おっけい。じゃあ、もう一回前向いて」

 僕は膨らみとシミを隠しながら前を向いた。

「おい、手どけろって。どんな感じかわかんないだろ?」

「…………」

「お前……」

「……すみません」

「お、おう。そ、そ、そうだよな。この下着エロいもんな」


 僕は本当に申し訳なくなり、そしてこの上なく恥ずかしくなった。昔はあんだけ僕の下着姿が好きだった先輩が動揺が隠せないでいる。すぐにレースのTバックを履いたまま制服のズボンを履いた。


「気にすんな、気にすん…」

「いいです。いいです。すみません。僕帰ります。本当にすみません」

「大丈夫だって」

「いや、大丈夫じゃないです。先輩が大丈夫でも、僕が大丈夫じゃないです」

 僕は少し声を荒げて先輩の家を出た。先輩は追いかけてくれなかった。きっとそういうことなんだろう。「大丈夫」と口では言いながら、本当は気持ち悪いと思ったに違いない。

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