第15話 Attitude

 病院で薬をもらうまでの間、僕は先輩に三月からの出来事を話したが全く覚えてないという。先輩と機内で再開したこと、一緒に山登りをしたこと、一緒にピザを食べたこと、一緒に香港ディズニーランドに行ったことこ、一緒に竜二さんと大地さんと東京で遊んだこと。ただ三月の頃の先輩に戻ってしまっただけだったら、僕のことをもう一度好きになってくれるかもしれないと期待したが、話をよくよく聞いていると、大学で僕を背負ってくれたことも、大学で竜二さんや大地さんに何か相談したことも覚えていなかった。


 要するに、完全に先輩は僕はサークルの後輩でノンケに戻ったんだ。そんな先輩に僕たちが付き合ってたことなんて口が裂けても言えなかった。


 先輩の家はカードキーで鍵が開けれることになっている。先輩はいつも財布をポケットの中に入れており、幸いなことにこの日も財布をポケットの中に入れていた。僕は全て機内に置いてきてしまったため、今日は先輩の家に泊まらせてもらうことになった。お昼に香港に着いたのに先輩の家から見える景色は夜景となっていた。


「すげーな。俺、こんなすげー家に住んでたのか」

「そうだよ」

「ってか思ったんだけど、お前、いつから俺にタメ口になった? いや、別に怒ってないけどよ」

「すみません。奏太くんが敬語やめろって……」

「そっか。ごめん。なんか調子狂うからさ、とりあえず敬語に戻してもらっていい?」

「もちろんです」

「先、シャワー浴びてこいよ。俺、頭に包帯してるからさ、時間かかりそうだし」

「ありがとうございます。でも着替えが」

「あるある」


 テキパキと行動する先輩は記憶をなくしているのに、どこに何が収納されているのを分かってるみたいだった。普段生活する上で必要なことは記憶が断片的に残っているのかな。だとしたら何で僕たちの思い出だけが無くなったのか、飛行機事故を恨んだ。


 用意された服はアバクロのハーフパンツに文化祭のTシャツ、そして新しいケツワレだった。


「ごめんな。これ俺の会社の下着。新しいのこれしかなくてよ」


 何だかデジャブの様な気がしてきた。


 シャワーを浴び終えると、ソファーに枕と薄い掛け布団が用意されていた。今日はここで寝てくれと言われた。


 部屋が暗くなり静寂に包まれてから何時間経ったんだろう。恐怖のあまり、一向に寝ることが出来ない。


 先輩が自分の部屋から出てきた。


「先輩?」

「やべ、起こした? 喉乾いて」

「いや……ずっと起きてました」

「お前も水飲むか?」

「はい」


 冷蔵庫から冷たい水を持ってきてくれた。


「なんか俺も寝れなくてさ」

「僕、なんか怖くて」

「そっか。怖いか。一緒のベッドで寝るか?」

「いいんですか?」

「まあ、誰か隣にいた方が安心するだろ」

「すみません」


 僕は謝りながら枕だけを持って先輩の部屋に入り、先輩と同じベッドで横になった。ただノンケに戻った先輩に気まずいのでお互いそっぽを向いた。寝返りを打つ拍子で、僕の背中が先輩の背中に触れた時、僕は安堵して泣いてしまった。


「大丈夫だ」

 まるで怖い夢を見て恐怖で怯える子供をあやす様に先輩が後ろから僕のことを抱きしめてくれた。僕はより一層涙が止まらなかった。


「先輩、記憶……戻ってないですよね?」

「ごめんな、戻ってない」


 人間という生き物は不思議だ。こんな時にも股間が膨らんでしまう。でも僕はそれを悟られないように先輩の腕にしがみつき、安心して寝た。

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