第14話 Precautionary Landing
朝早くにチェックアウトを終えた僕たちはタクシーで羽田空港国際線ターミナルに向かった。出発の一時間半前に空港に到着し、先輩は「また機内で」と言いそのままフライトのチェックインへ、僕は他のクルーたちと合流するため待ち合わせの場所にある椅子に座った。二十分くらい経ってから僕と同じ制服を着たクルーたちがぞろぞろと到着した。
「Good Morning, Good Morning, Ohayogozaimasu」と明らかにパンパンになっているスーツケースを転がしながら羽田空港内を歩くクルーに声をかけ、一緒に駐機している機内へと向かい出発の準備に着手した。一気に機内が騒がしくなった。僕の会社はいかにボーディング前に色々準備ができるかが鍵で、そのフライトがスムーズになるかどうかの運命を決める。入社したことは他のクルーについていくのが一杯一杯だったが、今は自分が何をすればいいかわかる。慣れとは大事だ。
ボーディングが始まると、先輩が搭乗してきて、ちゃんと昨日の夜から指定しといた前から四番目のドアの窓際Aに座った。そこは僕が座るクルーシートの目の前だ。仕事姿を好きな人に見られるのは嬉しいような恥ずかしいような複雑な気持ちだった。
定刻通りに羽田空港を出発した僕の飛行機は朝だったこともあり、乗客も静かでスムーズ香港到着前まではスムーズなフライトだった。けれども香港の領域に入った途端機内が揺れ始めた。けれども、予想も出来なかった突発性豪雨により、僕のCA人生最大の恐怖を味わうこととなった。
香港国際空港第二滑走路にタッチダウンし五秒ぐらい経ったのに、機体の速度が落ちない。これまで聞いたことがない音、体感したことのない遠心力、そして感じたことのない恐怖心が一気に座っているクルーシートを伝って操り人形の様に僕の身体を弄ぶ。それはまるで身体が九十度横に曲がるぐらいの勢いだ。けれども僕は肩からのシートベルトのおかげでそれはま逃れた。
乗客の叫びと共に機体が停止した。機内を見渡すと泣き叫ぶ人、恐怖に怯えて震えている人、そして目の前には頭から少量の血を流して意識を失っている先輩がいた。いったい何が起きているんだとそんなことも考える余裕もなく緊急脱出用のサイレントと合図が機内に響いた。
「Evacuate Evacuate(脱出 脱出)」
緊急脱出用のコマンドを叫びながら、外に障害物なし、ドアのアームモード確認、ドアを開けスライドが完全に出るまでガード、脱出経路安全確認、そして乗客を大声を出しながら誘導した。逃げ出す乗客を横目に僕は叫びながら意識がない先輩を見つめていた。愛している人を一番先に助けられないもどかしさの中で。
意識不明や骨折などの重症者の乗客を除き、全ての乗客を脱出させたので僕は真っ先に目の前にいる先輩を呼びかけた。
「奏太くん! 奏太くん! 奏太! 先輩!」
「ん?」
先輩が声にならないような声で少し痛そうに、苦しそうに目を開けた。
「奏太くん、早く逃げて。ここから!」
「お前、確か長瀬一樹か?」
先輩の意識自体は戻ったがまだ状況を把握できていなかった。僕は先輩のシートベルトを外し、腕をとり「あ、カバン」と言われながらスライドに乗せた。スライドの下で補助をするクルーに上体を起こされ、機体から離れていった。時折、こちらを見ながら。それと同時に救命救急隊が飛行機に乗り込んできたので、僕たちクルーも滑走路から思いっきり横に逸れた飛行機からスライドに飛び乗った。
この時ほど客室乗務員になった自分自身を恨んだことはない。あの時すぐに先輩を担いで一緒に脱出できてたらと何度も運ばれた病院先で、先輩の治療を待ってる間に自分を責めた。
僕は運よく鞭打ちだけで済んだのだが、治療と診察を終えて帰ってきた先輩に話を聞くと、どうもどこかで強く頭を打ちつけ脳シントウを起こしていたらしい。そしてその影響で短期間の記憶を失った。
それは僕が松田奏太先輩と再会してからの時間だった。
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