第9話 Test Flight

 竜二さんと大地さんが日本に帰ってから僕は松田先輩と会うことはなかった。何度かメッセージはしていたが「ここ行った事ある?」という質問ばっかりだった。僕が六月と七月のロスターに土日休みがなかったのが原因なのか、それとも先輩に彼女ができたのか。あと、平日に休みがあっても、基本的に頻繁に近隣諸国に出張している先輩の状況をみると、誘いづらかった。


 僕は先輩に会えない分、休みの日に法律で守られている範囲内で他のフライトにスワップし、最初にアサインされている乗務時間以上に働いた。自分が持っているLAやロンドンのロングフライトを日帰り便にしたり、一泊だけのフライトに交換した。そうすることでホテルステイの時間や自分の休みの日が減るが、より飛べるようになるシステムだ。

 

 八月も中程を過ぎた頃に、先輩から電話があり、「今日、家で夕飯食うか?」と誘われた。たまたまその日は朝に短い日帰り便を終え、明日は休みとう絶好なお誘いだった。お盆休みも終わり日本に帰っていた先輩も昨日、香港に戻ってきたみたいだった。

 

 僕は七時に先輩のマンションがある九龍駅に着き、先輩に連絡するとちょうど今九龍駅直結のショッピングモールエレメンツにいるという。スーツ姿で出迎えてくれた。

「松田先輩、日本どうでしたか?」

「まあまあだった」

 いつもより先輩がちょっとだけ暗い感じがした。無理もないか。日本でかなり楽しんできたんだろうと僕は勝手に解釈をした。

 二人無言のまま先輩の部屋の階まで通じるエレベーターに乗っている。

「日本……で何したんですか?」

「あぁ、何も」

 僕の方は一切見ずに目線はエレベーターに表示される何階かを示すパネルだ。やはり、明らかに機嫌が悪い。こんな先輩を今まで見たことがなかった。僕はなんだか畏まり、先輩の家の中に入るのが億劫になった。


「なんか飲むか?」

「水で大丈夫です」

「そうか」

 先輩がソファに座っている僕に怖い顔をしながら、冷えたペットボトルの水を差し出してくれた。僕はこの雰囲気に耐えれず、質問してしまった。

「あの……僕何かしましたか」

「お前、俺のこと好きか?」

「はい。普通に好きですよ。先輩優しいし、尊敬してます」

「いや、そういうことじゃなくて」

「えっ?」

「こう、恋愛……的な」

「え、いや……」


 先輩が僕を見つめているのがわかるが、ただその顔を僕は見る勇気がなかった。ただこの感情をひたすら隠し続けて先輩と会うのには嫌気は差していたが、叶わない恋だと分かっていた僕は下を向くことしか出来なかった。三十秒の沈黙が一生続くんじゃないかと思った瞬間、先輩がその沈黙を破ってくれた。


「そうか。俺がおかしいのかな」


 先輩は俺の横にネクタイを緩めながら座り東京で何があったのかを話してくれた。


「俺さ、東京帰ってる間に悠美にあったんだよね。で、なんか盛り上がって、成り行きでホテル行ってさ。悠美も俺も恋人いないしさ」

「え。香港で彼女が出来てたんじゃ?」

「え。彼女出来てないし、そんな話、お前にしてないし」

「あんま連絡もなかったし、てっきり出来たのかと思ってました」

「勝手に作んな、俺の彼女。まあ、いいや。でさ、やるってなっても勃たねえの」

「……はい」

「で、目を瞑ってなんか想像しようと思ったらさ、あん時のお前が出てくんだよ。そしたらすんげぇムラムラしてきてよ。悠美に何されても興奮しなかったのに、お前を想像するだけで果てたんだぜ。キモイだろ」

「あん時って?」

「あぁ、お前が初めて泊まりに来た時」

「あれ夢じゃ」

「夢じゃない。お前があの下着を履いているって想像したら、抑え切れなくなった。ごめん」


 横を向くと手でおでこを押さえながら下唇を噛み、真っ赤な顔をした先輩がそこにはいた。僕はズボンを脱ぎ、万が一何かあればと淡い希望を抱き履いてきた先輩からもらった下着を見せつけた。先輩がスーツのジャケットを脱ぎ、ごくりと唾を飲み込んだ。


「……先輩。僕でもっと興奮してください」

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