第8話 Amenity Kit
僕は今、MTRのサニーベイ駅で松田先輩、竜二さん、大地さんの三人を待っている。この駅からはディズニーランドへ繋がるディズニーラインが通っている。日本で例えるなら舞浜駅といった感じだ。ただここにはイクスペリアのような商業施設はない。ただ便利なのは改札を出ないで、そのままディズニーラインに乗れることだ。
昨日はみんなでYAM CHAで飲茶を食べた後、竜二さんと大地さんは朝が早かったのもあり、疲れたと言い結局ホテルに帰ってしまい解散となった。夕飯で松田先輩がまた合流したのか、TSTに香港の夜景を見ながら北京ダックが堪能できる北京楼という日本人に有名なレストランでの写真が送られてきた。〈明日、九時にサニーベイ集合な〉というメッセージも一緒に。
ホームで待っているとTung Chung方面行きの電車が到着し、松田先輩が降りてきた。
「おはよ、あいつらまだか?」
「おはようございます。まだですね」
僕はポケットから携帯を取り出し、時計を見るとちょうど九時を回っていた。
「ったく、朝から連絡つかねーんだよな」 「Wi-Fiがないとか?」
「いや、大地がポケットWi-Fiちゃんと借りて持ってきてたしな」
「え。じゃあ、もしかして、まだ寝てるとか」
「ありえる。あいつら昨日別れる時、これからバー行くとか言ってたっけ」
「先輩、一緒に行かなかったんですか?」
「ゲイバーだぞ? 行かねーよ」
「そうですよね」
「とりあえず十分ぐらい待って、来なかったら先に言っとこうぜ」
僕は松田先輩を急に意識し出してしまい、二人っきりになると何を話せば良いのか分から無くなってしまった。話したい事ことはたくさんあるのにふとした瞬間に「あっ、この人僕と一緒にいて楽しくないのかな」と考えてしまうから辛い。先輩はそんな僕をよそにディズニーランドのエレクトリカルパレードを鼻歌で聴こえるか聴こえないかくらいの声量で歌っている。突如、先輩の携帯が鳴った。
「おう、竜二か」
「やべ〜すまん。今起きた」
スピーカーにしてなくても声が聞こえるくら竜二さんの声が大きくなって焦っている。先輩も耳から携帯を少し離した。
「おい、大地、やべ〜ぞ起きろよ。すぐ行くから先行ってて」
先輩は携帯を切り、ほら見てみろと言わんばかりに僕の方を見てくる。「よし、行くか」と、言われても正直恥ずかしかった。
ディズニーラインに乗り込むと、周りを見れば、親子連れに、カップル、友達同士ばかり。ただ意外とゲイカップルも何組かいる。まあ、周りから見れば僕たちもゲイカップルか。先輩の様子を伺うとあんまり周りの目を気にしていないらしい。
香港ディズニーランド駅に到着すると、まずはチケットを買いに行かないといけないので、二人してチケット売り場に並んだ。圧倒的に中国から来ている旅行客が多いのは見た目ですぐに分かった。ただGW中ということもあり、日本人の観光客も多い。香港ディズニーランドは住んでいると年パスを買うのが一番お得だと言われている。確かに世界中どこのディズニーランドを探しても三万円以下で年パスが購入できるところは見つからないだろう。僕たちの番になると先輩が僕に有無を言わさず、2枚購入してくれた。「俺から誘ったしな」とチケットを手渡された。誘ったからと言われても僕は先輩とディズニーに行けることが嬉しかったので払うつもりだった。駐在ってやっぱ金持ちだなと再度実感した。
香港に住んで三年目だが、初めてこの入場ゲートを潜るとそこには大きな花で作られたミッキーが出迎えてくれた。
「お前、初めてか?」
「そうですね。なんか機会がなくて」
「ごめんな、ディズニーバージンを奪うのが俺で」
「何言ってるんすか」
変な冗談を言う先輩に僕は笑いながら先輩に突っ込んだ。
バージンか……USAメインストリートで少し前を歩く先輩の背中を見つめながら初めて男から耳元で「入れるよ」と言われた時のことを思い出した。出会い系アプリで出会った十五歳ぐらい年上の人と連絡を取り合って、食事を済ませてから、流れでそのまま相手の家に行き、やった。うまいとか下手とかも分からず、ただただ痛すぎて何にも感じなかった。本当はあの時、先輩に奪われたかった。
「おい。おい。おい、一樹」
「あ、すみません、先輩」
「何考えてたんだ、お前」
「ちょっと暑くてボーッとしてました」
「わかる。今日暑すぎだよな? 大丈夫か?」
熱中症かもと言いながら僕のおでこに手を当ててきた。先輩は今も昔も変わらない。サークルの部員が怪我をしたり、体調が悪かったりするといつも先立って看病してくれた。僕はその場凌ぎで作った嘘に少し罪悪感を感じた。
「熱はなさそうだけど」
「大丈夫です、大丈夫です」
「しんどくなる前に言えよ?」
「はい。ありがとうございます」
それ以降何も喋らないまま、僕たちはトゥモローランドに着いた。
「一樹、お前なんか好きな乗り物とかある?」
「スペースマウンテンとかですかね」
「じゃあ、早速それ乗ろうぜ」
スペースマウンテンの前で待ち時間を見ると十五分だった。さすが香港のディズニーランドと感じさせられた。明らかに日本のディズニーランドやシーに比べると人が少ない。
「え!待ち時間十五分とか奇跡じゃん。日本だと一時間待ちとかだぜ」
「先輩、詳しいですね」
「悠美がすきだってさ。よく東京の行ってたんだよな」
「悠美さんのこと、まだ好きなんですか?」
「好きっていうか、う〜ん。なんだろうなこの感じ。まあ四年も付き合ってたからな」
「へぇ」
「へぇってなんだよ」
先輩は僕がどんなに塩対応しようとも絶対に怒ってこない。むしろ毎回笑いながらツッコんでくる。この人が彼氏だったらなと思い、スペースマウンテンに乗り込んだ。
乗り終わると竜二さんから連絡が来ていた。先輩が折り返し返すともうすぐ着くということなので、僕たちはUSAメインストリートに戻り、お土産屋さんで待つことにした。クーラーがガンガンに効いていて涼みながら待つにはもってこいの場所だった。色々なグッズを見ながら、お土産を買いたい人もいないな〜なんて考えていたら先輩に、これお前に似合うんじゃね?って言われながら美女と野獣のベルのおもちゃのティアラを頭につけられた。
「ハハハ かわいいな」
「やめてください。じゃあ先輩はこれで」
僕はその見ていたゾーンが美女と野獣グッズだったのか、たまたま目の前にあった野獣のヘアーバンドを渡した。
「いや、俺、そういうの被んねーから」
「お前ら、そんな関係だったのか? ウケる〜つけてみろし」
後ろを振り向くと竜二さんと大地さんがいた。竜二さんは遅れたことに関してなんも悪びれること無く先輩を揶揄った。チッて舌打ちしながらもヘアーバンドを被る先輩を見ながら、竜二さんがゲラゲラ笑っている。大地さんは本当に申し訳なさそうな顔をして謝ってきた。
「遅れて本当にごめん。ほら、竜二も謝って」
「すまん、すまん。申し訳ない。もう昨日の夜、盛り上がりすぎてよ。大地が欲しい欲しいって。しかも何度も」
「竜二‼︎」
「興味ねーから」
「ですよね〜奏ちゃん」
「ほら、みろ。一樹がどう反応していいか困ってるだろ」
「いや、満更でもない顔してっけど」
やば。竜二さんに俺がゲイってことバレてるのかな。多分カップルでこんなに仲良いなら出会い系アプリもしてないはずだし。
「いや、なんかみんさん仲良いなと思って」
僕はティアラを外しながら元にある場所に戻した。
「え〜なんで戻すの〜? 似合ってたのに。じゃあ大地に」
「マジで、竜二。やめて」
「分かった、分かった」
「よし、竜二、大地、お前らが行きたいとこ決めれよ」
「じゃあ、ライオンキングのショーが見たい」
「大地、それなんだ?」
「もう、昨日も言ったじゃん。香港ディズニーに来たら絶対見なきゃいけないショーだって」
「ちょうど今なら十一時半の回があるぜ」
「じゃあそれで」
「一樹もいいよな?」
「はい」
僕たち四人はアドベンチャーランドにあるライオンキングのショーが見れるというシアター・イン・ザ・ワイルドの中にいた。香港ディズニーランド最大のエンターテイメントショーということもあり、満席だ。僕たちは幸いにも四人並んで座れた。もうすぐ始まるのか会場が暗闇に包まれた。松田先輩が横を見ろ見たいな仕草をして僕にしてきて確認すると、竜二さんが大地さんを抱きよぜ、大地さんが竜二さんの肩に頭を置いた。僕は先輩を見て笑顔を作った。
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