第4話 Climbing
フライト等もあり都合がつかず、先輩と会うことが出来ずに香港の五月を迎えた。毎日が湿度九十パーセントを超え、蒸し蒸し、どこへ行くにも汗をかいてしまう。ただありがたいことに、香港の乗り物や店はクーラーをガンガンに効かせ、かなり涼しく過ごすことができる。
今日は僕もフライトがなく、松田先輩も日本の会社がゴールデンウィークで仕事がないからという理由で有給を取り、一緒に香港を探検することにした。探検って言っても先輩がビクトリアピークまで山登りをしたいという。「お前、山登り詳しんだろ?」と聞かれた。しかも夜景がみたい言い出し、こんな蒸し蒸しするような天候だと夜景は見れないですよと返事をしたが、先輩はやる気満々だったので午後六時にアドミラリティ駅で待ち合わせをした。
「松田先輩、お疲れ様です。すみません、お待たせして」
「おお、一樹! いや、俺もさっき来たから。てか、まだ六時前だし」
「先輩、髪切ったんですか?」
「いやさ、もうめっちゃ暑いじゃん? 湿度もたけーしよ」
「そうなりますよね」
「お前も髪、さっぱりしてんじゃん。似合う似合う」
バレーボールでスパイクを決めて点を取った時のように、先輩は僕のベリーショートの頭をクシャクシャっと撫でた。
「じゃあ、登りましょう」
「よっしゃ」
僕たちは百万ドルの夜景を見るため、ピーク山頂を目指した。先輩は今でもスポーツをやっているかのように疲れることなく登っていく。ピーク山頂までの道は舗装されているから初心者向けでもあるのだが、やはり坂道を登るとなると息が上がるし、この天気だし汗もすごい出てくる。
「一樹、お前、体力なくなったな」
「いや、先輩が早いだけっす」
一応、最近は山登りにハマって、週一で香港の山を登っている。
「てか、なんで先輩は僕が山登りをしてるの知ってたんですか?」
「インスタグラムで #香港好きと繋がりたい で検索して一樹の発見してさ。覗き見してた」
先輩が笑いながら答えてくれた。僕のアカウントは鍵垢にしてないから確かに誰からも見れるようになっている。
「え、申請してくださいよ」
『いや、申請したらなんか面白くないじゃん? 陰ながら「あーこいつ頑張ってんな」って応援したいじゃん』
「先輩それ、ある意味卑怯ですよ」
「お、お前も一丁前に俺に文句言うようになったんだな」
先輩がまた笑いながら少しだけ体育会系を醸し出してきた。
「すみません」
「ハハハハ 冗談、冗談。それよりあとどのくらいだ?」
「そこ角を曲がったらもうすぐだと思います」
「そっか。じゃこっから競争な」
「え。無理ですって」
先輩はもうすぐ着くビクトリアピークまで早歩きで登ってった。僕も置いてけぼりにはされまいと何とか追いつこうとしたが、結局最後まで追いつけなかった。
登り切った僕を見つけて先輩は「何も見えね〜じゃね〜か」と半笑いで僕に言ってきた。
「だから言ったじゃないですか〜」
なぜか知らないが先輩が肩を組んできた。先輩の匂いは大学時代から変わらない。
「なんかウケんな。百万ドルの夜景とかで売ってんのによ」
「はい。なんかすみません」
「なんで謝んだ?」
「いや、綺麗な夜景、見せれなくて」
「何言ってんだよ、めっちゃ楽しかったぜ。山登り」
「喜んでもらえて、何よりです」
「よし、飯でも食うか?」
「あ、え。いや服びっちゃこだし、着替えないし」
「そか。じゃあ俺の家で食べるか? 着替えなら俺のがあるし、シャワー浴びていいぜ」
「え、あ、でも、急に行っても悪いし」
「いいって、いいって」
「じゃあ……はい!」
僕は元気よく先輩を見ながら満面の笑みで答えた。
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