第3話 Arrival Terminal
朝八時半の羽田発香港着の便で七年ぶりに再会した松田先輩と僕は一緒に歩き出した。先輩は今まで香港に何度か出張で来ていたらしく、僕を案内するように小慣れた感じで、サークルや大学時代のことで盛り上がりながら入国審査のイミグレを目指した。僕はクルーしか使えない特別レーンでイミグレを終えたので先輩より少し早く荷物受取所に出てこれた。
先輩が僕を待っていてくれたことよりもこんなに話しやすい人だったことに驚いていた。大学の時は、確かに優しくプレイ中には声を掛けてくれたが、飲み会で先輩から話しかけられたことはあまりなかった。
「ごめん、ごめん。イミグレ意外と混んでてさ」
「大丈夫ですよ。今日はもうあと帰るだけなんで」
「え、帰る? もう日本に帰るのか? ホテルに泊まったりしないのか?」
「あっ違います。香港ベースなんですよ。だから香港に住んでます」
そうだ、先輩に大事なこと伝えてなかった。僕の会社は日本で採用試験だけは行われるが、採用されたら全員香港に住むという契約になっている。
「マジか? なら心強いな。知り合いいないからさ」
先輩はそう言いながら預け荷物が流れてくるベルトコンベアから自分のスーツケースを見つけ取りに向かった。
「これから住むのに意外と荷物少ないんですね」
「宅急便で送ったからな」
「駐在っていいですね」
「お前、ここに来る時、なんも送れなかったのか?」
「送れましたけど、なんか手続きがめんどくさくて、結局スーツケース二個だけで来ました」
「まあ、香港で買えばいいしな」
「あ、僕こっちからじゃなきゃ出れないんで」
僕はクルー専用の税関検査場を指さした。
「おお、そうか。一樹がもし疲れてなかったら、このまま空港で昼食べない?」
腕時計をチラッとみたら十二時を回っていた。
「全然いいですよ」
「じゃあまた出たとこで」
またどこかで会えたらいいなと思っていたら先輩から初めてご飯に誘われた。日本では考えられないようなことがここ香港で起きる。これは海外ならではだと思う。ただ先輩は彼女もいるし、風の便りでその彼女と婚約したとも聞いている。変な期待をするのはやめようと僕は一人頷きながら税関を通った。
「そこの中華でいいか?」
「はい。なんでもいいです」
「ここの坦々麺と小籠包が好きでさ」
「分かります! ここの美味しいですよね。僕もたまに一人でフライト帰りに食べます」
アライバルホールにあるクリスタルジェイドという小龍包が美味いお店に入った。お昼時ということもあり、少し混んではいたが五分程待ち、すぐ席に通された。香港はどんなことでもスピードが命。サービスよりスピード。これは機内でも同じだ。
「何食いたい?」
「んと、坦々麺と小籠包のセットで」
「お。一緒か」
「すみません」
「謝ることないぜ」
「すみません」
先輩が笑いながらオーダーしてくれた。飲み物もセットでついてくるので、僕は冷たい豆乳を頼んだ。これもまた先輩とかぶってしまった。
「俺たち好み一緒だな」
「そうみたいですね」
僕は照れ笑いしながら恐縮した。
「そういえば先輩、婚約したんですよね? 悠美先輩と」
悠美先輩は松田先輩と同学年で同じサークルの先輩だ。僕が入学し、サークルに入った時にはもうすでに二人は付き合っていた。悠美先輩は美人で周りからもお似合いカップル等と言われていた。
「それ、マジで噂だけだから」先輩は笑いながら続けた。
「大学卒業してしばらくして悠美とは別れたんだよね。お互い仕事が忙しくてさ。環境も変わったし。自然消滅みたいな。ったく、誰があんな噂流したんだよっつんだよな?」
「え、あんなに仲良さそうだったのに」
僕は自分から質問したのに申し訳ない気持ちになってしまった。
「まあ、それから何人かと付き合ったんだけどさ、なんかしっくり来ないし。まあ異動で香港に来ることになって、独り身でよかったのかも。一樹は彼女いんのか?」
「いないです」
「お前、まじで昔っから女気ないよな?」
「いいんです。独り身が楽ですから」
「ハハハ。納得納得」
一気に料理が運ばれて来た。僕はお腹が減っていたのか、変に緊張していたのか、ペロリとたいらげてしまった。そのおかげで口の中を火傷した。小龍包は本当に気をつけて食べないといけない。
「お前食べるの早いな」
「職業病です」
「そっか、客室乗務員って大変だもんな」
「う〜ん、でも、そんなこともないですよ」
「そうなんか? まあでも小龍包マジでうまいよな」
「はい!」
二人は食事を終え、お会計の前に、先輩に香港のことを教えてくれと言われ電話番号を交換した。これも大学時代には考えれなかったことの一つだな、と僕は実感した。
ここは俺がだすって言ってくれて、ご馳走になった。お会計も済み、先輩はタクシーで会社が用意してくれた家へ、僕はバス乗り場まで向かった。今日の香港は空港を出るといつもムワッとするような感覚はなく、三月にしては日本の五月のような爽やかな暑さで一年で一番過ごしやすい日なのではないかと思うくらいだった。
夜に先輩からひと段落したのか〈今日はありがとな〉とLINEにメッセージが来た。僕は〈ご馳走様でした。こちらこそありがとうございました〉とだけ返事をし、既読がついたことだけを確認し、寝落ちした。
朝起きて、僕は昨日のことは夢だったんじゃないかと思い、先輩とのLINEの画面を見たら少し気になることがあった。
〈SoTaがメッセージ送信を取り消しました〉
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