第268話 その名は


 王都本部に氾濫の予兆が報告された頃、第二ダンジョンではアウリカとエドガー・ベイルーナを先頭とした学者集団が十三階を調べていた。


 彼女達の目的は「十三階にいる骨戦士」の再調査だ。ゴーレムとも違う特殊な魔物である骨戦士を改めて調べ直し、その実態や技術を探ろうというものだった。


「第四ダンジョンでは魔物が古代人に作られたと発覚した。それを踏まえて考えると、十三階の骨戦士はゴーレムに近いモノだと思うのだが」


 調査開始から一週間経つが、学者集団達の答えは「さっぱり分からん」であった。


「骨とされているモノは特殊な素材で作られており、それが魔石と反応して動いているって推測でしたよね?」


 そう問うたのはアウリカだった。元気に走り回っていた子供時代から雰囲気はガラッと変わり、今では白衣の似合う立派なレディだ。チャームポイントは黒縁のメガネである。


「うむ。ただ、どう反応しているのかが分からん。ゴーレムは内部機関があるので自律するのも理解できるのだがな」


 もう少し調査が必要か。調査期間の延長が必要かと議論していると、奥から走って来るハンター達の姿が見えた。


 彼等はアウリカ達に手を振っていて、声には焦りが含まれていた。


「上に戻れ! 至急上に戻って! 十七階で氾濫の予兆があった!」


 ハンター達の叫び声を聞き、アウリカとエドガーは顔を見合わせる。ハンター達が近付いて来ると、エドガーは身分を明かして詳しい情報提供を求めた。

 

「午前中、十七階にいたハンターが黒いリザードマンを見たと言って戻って来たんです。我々が確認に行ったのですが、リザードマンの数が急増していました」


 同時にリザードマン達は口から黒い粘液のようなモノを吐き出していたという情報も齎されたようだ。


 二時間前に協会と騎士団へ報告されたようだが、エドガー達は既にダンジョン内にいたのですれ違いになってしまったか。


「黒い粘液だと……?」


 黒い粘液と聞いて、エドガーの頭に浮かんだのは一つしかないだろう。


 キメラだ。


 そう確信した彼はすぐに引き返す判断を下した。アウリカ達と護衛の騎士達を急かしながら地下三階まで戻って行く。


 すれ違いで連絡を受けたであろう騎士達が下層へ向かって行く姿があった。


 地下三階に戻ると、そこには多数のハンターと連絡を待つ騎士達がいた。そして、その中には場違いな若者の集団も。


「お姉様!」


「アルカ?」


 アウリカに気付いて彼女を呼んだのは妹のアルカだった。彼女は鉄の胸当てを装備して、腰には剣を差している。若いハンターのような恰好をした彼女は、バローネ家の次男であるベルグと共に駆け寄ってきた。


「どうしたの?」


「ダンジョンを見学中だったんだけど、至急引き返すようにって言われて」


 どうやら現在は地下三階で店を開いている商会の従業員や娼館所属の娼婦達が先に地上へと戻されているようだ。彼等は非戦闘員であるため、非常事態の際はすぐに地上へ戻るよう通告される。


 そして、人数も多いので避難中の事故が起きないよう騎士の誘導に沿って順番に案内されていく姿があった。学生達もその順番を待っていたのだろう。


「お姉様、何が起きているの?」


 焦る騎士達の様子を見たのか、アルカは「ただ事じゃない」と察したようだ。しかし、姉であるアウリカは冷静な様子を見せて「大丈夫」と口にした。


「ちょっと問題が起きただけよ。すぐに解決するから。アルカは地上に戻りなさい」


「でも、人手が足りなさそうじゃないか。私なら戦えるよ」


「あの、自分も手伝いが必要なら協力します」


 アルカとベルグはまだ若いが確かな実力を持っているともっぱらの評判だ。ただ、それはあくまでも騎士を相手にした模擬戦においてという話である。


 魔物との戦いは対人戦とは違う。アウリカも父であるアッシュから何度も聞かされていたが故に二人の申し出に首を振った。


「ううん、本当に大丈夫だから。早く上に戻って」


 彼女が首を振ったタイミングで階段方向から多数の騎士達が駆け足で戻って来た。彼等は三階の階段をシャッターで塞ぐと、エドガーへと駆け寄って来る。


 ベイルーナ卿の耳に顔を寄せた騎士は小声で状況を告げるが、内容を聞いた彼の表情は険しかった。


「本部への連絡は?」


「既に。第二騎士団本隊がこちらに向かっています。王都騎士団とアッシュ様も既に向かわれているとのことです」


「そうか」


 頷きつつ、彼は後方にある地下二階へ続く階段を見た。階段にはまだまだ人の列ができている。騎士団以外の者達全員の避難が完了するまであと三十分から一時間程度だろうか。


「とにかく一般人の避難が優先だ」


 エドガー達は騎士達と共に待つしかなかった。


 従業員達に混じって学生達の避難も始まったが、アルカとベルグは避難しなかった。彼女達は万が一に備えてと建前を言いながら無理を通したのだ。


 エドガーがそれを許可したのは、決して孫が可愛くてというわけではあるまい。


「将来に向けて見せておくのも良かろう」


 通信兵から「王都騎士団と王国十剣の到着」と報告を聞いた彼は一人そう呟く。アウリカも含めて、ここで見せておくのが今後のためになると判断したようだ。



-----



 その頃、王都騎士団を率いるベイルとジェイナス隊のメンバーを連れたアッシュも第二都市に到着。駅に用意されていた馬に乗り、全速力でダンジョンへと向かって行く。


 ダンジョン入り口に到着すると、地下三階にいた商会従業員達や娼婦達が帰還したタイミングだった。


 ベイルが避難誘導を行っていた騎士に問うとこれで全員らしい。


「アルカ達は?」


「まだ三階にいるようだ。ベイルーナ卿とアウリカも一緒にいると」


 それを聞き、アッシュの顔色が変わる。やや焦りを見せたが、ベイルがエドガーの考えを予想した。


「アウリカは心配ないけど、アルカとベルグには魔物がどれほど恐ろしいものなのか見せておきたいんじゃないかい?」


「ああ……」


 二人は将来騎士になりたいと言っている。騎士になるからには対魔物戦は必須である。騎士団に入ってから訓練の名目で魔物と戦うことになるのだが、それよりも先に魔物の脅威というものを教えようとしているのだろう。


「君がいるなら問題ないだろう。絶好の見学日和だ」


「相手はキメラかもしれないんだぞ?」


「でも、君は負けないだろう? 絶対に」


 アッシュは「そりゃそうだが」と漏らす。


「たぶん、王国は今後もキメラと戦うと思う。僕達の代で終わればいいけど、終わらなかったらキメラを相手するのはアルカ達だ」


 このまま順調に事が進めばアルカは騎士になる。アッシュの身体能力向上の能力を引き継いだ彼女は間違いなく第一線で戦うことになるだろう。


 そう考えると、ここで見せておくのが正解だとアッシュも思えてきたようだ。


「……仕方ない」


「我々が守りますから」


 ため息を吐くアッシュに苦笑いを浮かべながら言ったのはウィルだった。レンも「二人は守りますよ」と告げる。この二人が守るならば確実だ。


「とにかく三階に向かおう」


 アッシュ達は避難中の住民達の横を通って三階へと向かっていく。


「アッシュさん!」


 途中で出会ったのは懐かしい顔、協会職員となったタロンだった。


「タロン、状況は?」


「三階までの各階層は封鎖済み。避難もこれで最後だ」


 タロンは地下二階での誘導役だったらしい。たった今、彼が階段まで見送った男性で最後だと告げる。


「分かった。仕留めてくる」


「おう。頼むぜ、王国十剣!」


 サムズアップしたタロンに見送られ、アッシュ達は地下三階へと階段を下りて行った。


 地下三階には既に第二騎士団が展開しており、その後ろには第二都市の上位ハンター達が勢揃いしている。その中にいたのは、先月まで一緒に第七ダンジョンを調査していた女神の剣だった。


「アッシュ」


 リーダーであるターニャは相変わらずだ。何度もダンジョン調査の功績を称えられて、第二都市に築いたハーレム御殿も無事に運用中。今では九人もの相手がいるんだとか。


 未だトップを走り続ける女性ハンターは片手を上げてアッシュ達に声を掛けると、周囲にいたハンター達から「王国十剣だ」と声があがる。


「どうだ?」


「まだシャッターは破られていない。だが、時間の問題だと思うがね」


 状況を告げたあと、ターニャは肩を竦めて言った。


「君が来たのなら楽ができそうだ。私達の仕事は無いな」


「バックアップは任せるよ」


「必要になるのかね?」


 ふふん、と鼻で笑った彼女はアッシュの背中を見送る。そして、近くにあった木箱の上に腰を下ろして剣まで外してしまった。


 展開している第二騎士達の後方へと至ると、今度はエドガー達がアッシュ達を迎える。


「アッシュ」


「ベイルーナ卿」


 アッシュがエドガーに声を掛けると、彼は背後にいるアウリカ達を指差して「見学させてやれ」と言った。ベイルの考えが当たっていたと察したアッシュは「はい」と言って子供達に近付いていく。


「三人とも後方にいなさい」


「ですが、父上!」


 アッシュに異を唱えようとしたのはアルカだった。彼女は父であるアッシュと共に戦いたいと口にするが、アッシュは首を振って「ダメだ」と言った。


「まずは魔物がどれほど恐ろしいのか、ちゃんと見ておくんだ」


「……はい」


 大人しく頷いたアルカの頭を撫でて、次はアウリカに顔を向ける。


「妹を頼むぞ」


「うん。お父様」


 アッシュはウィルとレンに「任せる」と言ってから最前列へと歩き出す。同時に彼の横についたのはベイルだった。


 二人は並んだ騎士達よりも前に陣取って――


「なんだか、懐かしいね」


 隣に立つベイルがクスクスと笑い出す。 


「うん?」


「だって、君が王国に来た直後にも同じようなことがあったじゃないか」


 言われて、アッシュは思い出したようだ。


「ああ、あの時はブルーエイプだったよな」


「そうそう」


 ははは、と笑い合う二人。確かに今の状況はあの頃と同じだ。


 お互いに肩書も違うし歳もとった。相手する魔物の種類も違う。しかし、二人はあの頃よりも更に強くなった。


「おっと、来るかな?」


 二人で笑い合っていると、シャッターがドカンドカンと叩かれる。どうやら下層から上って来たらしい。


 直後、シャッターが破られて魔物が姿を現す。黒い粘液を纏った十七階のリザードマン。リザードマンは獲物であるアッシュ達を見つけると恐ろしい鳴き声を上げた。


 恐ろしいフォルム、そして鳴き声を聞いてビクリと体を跳ねさせたのは最後尾で見学していたアルカ達だった。まだ魔物にも見慣れていないのに、いきなりキメラ化したリザードマンを見るのも酷い話ではあるが。


「お、お爺様。あれも魔物なのですか?」


「うむ。最悪の魔物であるな」


 恐ろしく強く、最悪中の最悪だとエドガーは子供達に聞かせる。それを聞いたアルカは「父上は」と心配そうに声を漏らす。


 しかし、エドガーは自信たっぷりに言ったのだ。


「大丈夫だ」


 エドガーが真っ直ぐアッシュの背中を見つめながら口にした時、最前列にいたアッシュは剣を抜いた。


 唯一無二、王国十剣であるアッシュ・グレイウォードの剣。王国最強の剣と呼ばれる灰燼剣。


 鞘から抜かれた灰燼剣の中心には小さな火が灯る。チリチリと刀身が燃え始めて、最強たる剣の風格をキメラ達に見せつけた。


「何も心配することはない。お主の父は王国最強である。王国最強の剣、王国十剣の称号を持つ、アッシュ・グレイウォード」


 またの名を――


「灰色のアッシュ」



灰色のアッシュ ~騎士団をクビになった男、隣国に移住して灰色の人生をひっくり返す~ ――完





※ あとがき ※


最後まで読んで下さりありがとうございました。

長々とお付き合いして下さった読者の皆様には感謝しかありません。


今後は別の連載作品を投稿していきます。

よかったら読んでやって下さい。

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