第267話 十年後
新女王アイリス陛下が誕生して以降、外国では「ローズベル王国は現状維持を続けて行くだろう」と予想されていた。
しかし、国内では積極的なダンジョン調査と遺物の回収、それに伴う新型魔導具の開発が更に加速していく。
ダンジョン調査に割り当てられた予算はクラリス女王陛下時代の時と比べて二倍増しとなり、騎士団の人員増加と装備充実はもちろんのこと、王都研究所の増築や学者を目指す若者達への専門的な学園を設立したりと積極的な姿勢を見せた。
当初は国内貴族からも「予算を上げすぎでないか」との声も出ていたが、アイリス陛下は穏やかな声で「未来への投資です」と言い切ったそうだ。
結果的に言えば陛下の考えは正しかった。
十年後になると人口増加に加えて国内経済は更に向上。外国にも積極的に魔導具を売り込み、大陸南側は魔導具無しでは生活できないほどの豊かさを手に入れた。
特に劇的な変化が起きたのは「元帝国」である。共和制へと変化したこの国はローズベル王国と同盟を締結。以前のような圧政は消え失せ、元帝国人は平民であろうが豊かな暮らしを手に入れた。
ローズベル王国の支援を受けて人並の生活を手に入れた元帝国人達はすっかり「ローズベル王国文化」に染まる。旅行等での移動はもちろん、移住に関しても制限が取り払われてローズベル王国へ移住する者も少なくはない。
国民選挙で選ばれた国家元首もローズベル王国との同盟関係を重視した政策を打ち出し、今ではすっかり親ローズベル王国寄りの国家となっていた。
懸念されていた他国からの侵略に関してもローズベル王国騎士団の支援を受けて新騎士団を設立。魔導具で全身を固めたローズベル王国式の騎士が国の守護にあたることとなった。
ここまでが新女王誕生から十年経った王国と元帝国の現状。
この十年間、俺も王国十剣としてダンジョン調査に関わってきた。
俺も今年で四十一だ。まだまだ体は動くが「そろそろ」という気持ちも出てくる。
「最近は、どうだ?」
「まだ最前線で働けていますが、そろそろ後進も育てようと思っています」
俺はベッドの上に横たわるオラーノ侯爵へと将来の展望を語っていた。
「特に最近は子供達も実力をつけていますし、アルカとベルグは学園を卒業して騎士団の養成所に入りますから」
アルカは俺とウルカの間に生まれた二番目の女の子。ベルグはベイルの次男。同年に生まれた二人は共に剣術の道を選んで騎士を目指している。
特にベイルの息子は長男が家を継ぐこともあって、本人は兄のサポートが出来るよう剣の道を選んだ。兄弟愛が強い二人には影ながら感動して泣いてしまった。父親であるベイルはもっと泣いていたが。
それはさておき、二人は今年からは数年前に新設された騎士団員の養成所に入所して本格的な訓練を受け始める。
親である俺が言うのもなんだが、娘のアルカは筋がいい。特にアルカは俺の能力を引き継いでおり、身体能力向上の力を使えるのも剣の道を選んだ理由かもしれない。
ベイルの息子であるベルグも父親同様に剣の腕は一級品。父親に似て鋭く冷静な剣はベテラン騎士にも冷や汗をかかせるほどである。
「そうか、そうか」
皺くちゃな顔で嬉しそうに笑うオラーノ侯爵は「無理はさせるな」といつものように孫を心配する。
「ええ。ですが、二人とも次の御前試合でじいじに良いところを見せると張り切っていますよ」
持病が悪化したオラーノ侯爵は、新女王誕生から六年経つと本格的に体が動かせなくなっていった。去年からは既に寝たきりとなっている。
当初は「騎士として終わりたい」と死に場所を探すようなことを言っていたが、それを止めたのは俺達の言葉じゃなく孫達の言葉だった。
『じいじのような立派な騎士になるから見守ってほしい』
そう言われて、彼は寝たきりになっても生き長らえると決めてくれた。
「アウリカもフィールドワークから帰って来たら新発見を聞かせると手紙が届きました。楽しみにしてて下さいよ?」
長女であるアウリカは、子供の頃から宣言していた通り王都研究所所属の学者となった。
ベイルーナ卿の英才教育が効いたのか、王都研究所で働く学者としては最年少での配属となる。まぁ、王都学園も飛び級するくらいの秀才だったし。親からすれば自慢の娘としか言いようがない。
現在は魔物研究部門に属しており、レンの兄であるリンさんを上司として活動中。
因みにベイルーナ卿はまだ現役だ。アウリカと一緒にダンジョンを歩き回っているようで、上司でありセーブ役のリンさんから「どうにかしてくれ」と泣きつかれたことがあるくらい元気である。
オラーノ侯爵も「どうして私は衰えているのに、お前が動けるんだ」と言っていたが……。忘れがちだけどベイルーナ卿も魔法使いなんだよな。それが元気な理由なのかもしれない。
「強い子達だ。本当に。私も負けてられんな」
「ええ」
その後も子供達の話を中心にオラーノ侯爵と会話していると、ドアがコンコンと二回ノックされた。
これは面会時間終了の合図だ。
マリアンヌ様が「今日は面会の予定も無いし、暇潰しに付き合ってあげて」と言っていたが。もしかしたら誰か突発でやって来たのかもしれない。
「では、また来ます。次は子供達と一緒に来ますから」
「ああ。楽しみにしている」
俺は寝たまま手を伸ばすオラーノ侯爵の手を両手で握った。骨と皮だけになってしまって、力もすっかり落ちてしまっている。だが、この手が王国を救ったのは間違いないのだ。
握手を交わした俺が部屋の外に出ると――廊下にいたのは一人の女性。赤いドレスを着たクラリス前女王陛下だった。
ただ、最近はオラーノ侯爵の屋敷で前陛下とお会いする機会も多い。それほど緊張もなく俺は静かに頭を下げた。
今日もフラッとやって来たのだろうか。彼女は屋敷に来ると楽しそうに会話して帰って行くと聞いているが。
「アッシュか。娘が世話になっているな」
「いえ、とんでもございません」
相変わらず娘に対しては家族としての愛情を見せないという話を聞く。ただ、女王としての娘に関しては別物なのかもしれない。
一言二言であるが会話を交わし、俺は部屋の中へと入って行く前陛下を見送った。
オラーノ家を出たあと、俺は馬車で騎士団本部に向かう。
今日は午後からベイルと打ち合わせ予定だ。内容は次のダンジョン調査に向けての話し合いであるが、恐らく大半が子供のことになりそうな予感がする。
騎士団本部に到着すると、何やら本部内が騒がしかった。何かあったのかと思っていると、若い騎士が俺を見つけて「グレイウォード様!」と声を上げた。
「何かあったのかい?」
「は、はい。実は第二ダンジョンで氾濫の予兆があると連絡が入りまして」
氾濫の予兆と聞いて俺の緊張感が増すが、もっと気になったのは氾濫が起きそうな場所についてだ。
確か第二ダンジョンにはアウリカがいるはず。それに次女のアルカとベイルの息子であるベルグも学園の卒業研修でダンジョンの見学に行っているはずだ。
アルカは出発前に「お姉様と一緒にダンジョン探検する!」とテンション高めだったし、無茶なことをしていないといいのだが。
「ベイルはどこに?」
「司令室にいます」
若い騎士にベイルの居所を聞き、俺は早足で司令室へと向かった。
司令室ではベイルが通信機越しに第二ダンジョンの状況を聞き取りしており、現地の騎士団に細かく指示を与えている。俺は通信が終わるまで静かに待っていると、俺の気配に気付いたのかベイルが振り返った。
「ああ。よし、第二騎士団はハンターと協力して中へ突入。魔物の状況は細かく報告してくれ。中にいる学者達を全員救助することが最優先事項だ」
彼は通信機を耳に当てて会話しながら、俺に「待っててくれ」と手でジェスチャーしてきた。
通信が終わると、ベイルは部下に「三中隊を編成して第二都市へ向かう」と指示を出しながら俺に近付いてきた。
「アッシュ、話は聞いているかい?」
「ああ。第二ダンジョンで氾濫の予兆がある、とまではね」
ベイルは眉間に皺を寄せながら頷いたあと、状況を詳しく語り始めた。
「最初の報告から少し状況が変わっていてね。どうにも十七階のリザードマンが氾濫を起こしたようだ」
ただ、と彼は付け加えて――
「どうにもキメラが絡んでいるようだ。リザードマンの体に黒い粘液が付着しているのと、口から黒い液体を吐いているとの情報も入った」
「キメラが?」
第二ダンジョンのキメラは全滅させたはず。それとも隠れていた生き残りがいたのだろうか?
「詳しくは分からないが、僕も現地へ向かうことにした。君もジェイナス隊を招集して一緒に来てくれ」
騎士団長としての指示を出したあと、ベイルは俺が一番気になっていることを教えてくれた。
「アウリカとベイルーナ卿は無事だよ。全員、ハンター達と共に上層へ向かってる。うちの息子とアルカを含む学生達も三階で保護されているようだ。今、地上に向かうよう指示を出した」
話を聞いてホッと胸を撫でおろす。
娘達が無事で本当によかった。
「じゃあ、準備してくる」
「ああ、二十分後に本部前で集合だ」
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