第266話 新しい時代の幕開け


 反貴族主義者リーダーによって皇帝と皇帝一族の首が晒されたあと、帝国国内は半年ほど内乱が続いた。


 地方を治めていた貴族達が帝都奪還に動き出し、私兵を伴って帝都へと進行を開始。反貴族主義者達は鎮圧されてクーデターは終了すると周辺国家は思い描いていただろう。


 しかし、予想に反して反貴族主義者達が善戦を続け、地方貴族達は次々に討ち取られていった。帝国国内にいた貴族達の八割が殺害され、残り二割は反貴族主義者寄りの思想だったために生かされるという結果に終わった。


 一部ではクーデターの裏にローズベル王国が絡んでいるのはと噂されるが、噂が真実として証明されることはなかった。


 クーデターが完全終了した半年後、帝国は国の在り方を変えて「共和国」となる予定だ。国名もまだ協議されている段階であるが、元々あった「ベルグランド」の名は捨てられることになるだろう。


 そもそも、ベルグランド一族は既に全員殺害されて首を晒されてしまったのだから。


 とにかく、共和制へと変化した元帝国ではお祝いムードが続いている。平民への圧政が終わり、これからは公平な政治が続くと囁かれて。


 属国扱いに近い各国との同盟も白紙に戻り、再度公平な同盟関係を巡っての協議が開始される。


 この間、周辺国家が元帝国の土地を侵略するのではと懸念されていたが、真っ先に支援へと乗り出したローズベル王国と王国騎士団が睨みをきかせている。


 各国にいる野心家達は「北からの防衛もあるため長くは続かない」と目論んでいたようであるが、帝国陥落から三ヵ月後に起きた聖王国との小規模戦闘にローズベル王国は圧勝。


 王国側は聖王国の用意した魔法使い部隊に対して被害者数ゼロという意味不明な戦果を叩き出す。それを見た野心家達は相当震え上がったに違いない。


「結果として、南側は混乱状態になった。しかし、我々が持ちこたえたことで大きな被害は起きていない」


 ここ半年の状況を王城の客間で語るのはソファーに座ったオラーノ侯爵だ。


「北の動きはどうです?」


 この半年を振り返りつつ、現状の確認をする俺は横に座っていたアルフレート殿に問うた。聖王国との現状については、北部国境警備隊司令官となった彼に聞くのが一番だ。


「前回の戦闘でかなり見せつけましたからね。教会側も迂闊に手を出せないでしょう。事実、あれから一度も仕掛けてきません」


「王国内部にスパイを送り込んだという報告もないね」


 アルフレート殿に続いて発言したのはベイルだった。彼もまた半年前から王国諜報部隊とのやり取りを密にしており、常に北側の変化を逃すまいと集中している。


「元帝国も安定してきました。食料は行き届いておりますし、大きな反乱も起きていません」


 続いて元帝国の内情を語ったのは、王国大使館に勤めていたキーラ伯爵。現在は王国と元帝国を行き来しており、内乱に繋がらないよう調整役の任についている。


 最初に会った時はかなりやつれていたのだが、今となっては顔色も良い。ガリガリだった体も少しふっくらしてきて、逆に健康的になったと言えるだろう。


「……アッシュとしては複雑か」


「いえ、自分はもう王国民ですから」


 オラーノ侯爵が「元帝国」となった故郷について問う。


 正直、今回の件について「思うところはない」と言えば嘘になるだろう。どれだけ酷い国でも生まれた国であったし、父と母が眠る国でもあったから。


 元同僚だった騎士達もどうなったかは分からない。良い心を持った人達は生きててほしいと思うが、彼等の所在を知るのは不可能だろう。


 同時にウルカの実家はクーデターの日に無くなってしまった。それについて本人は「しょうがない」と言っていたが……。


 ただ、俺もウルカも「これが時代の流れか」と思うのは確かだ。強国として君臨していた帝国が簡単に潰れてしまい、新しい国へと再生される。


 もしかしたら、ローズベル王国だって例外じゃないのかもしれない。この国も地図から消え失せる日が来るのかもしれない。


 今の俺にはそうならないよう国家に貢献する道しか考えられなかった。愛しい娘とこれから生まれてくる子供のためにも。


「ところで、自分はアイリス様にお会いしたことはないのですが」


 話もひと段落したところで、俺は本日王城に招集された理由について聞くことにした。


 本日の催しは「新女王誕生と即位式」である。


 クラリス女王陛下が正式に退位した後、彼女の娘であるアイリス様に玉座が譲られる。新女王となったアイリス様は今後の政策についても発表するようだが……。


 俺にとってはまず「どんな方なのだろう?」という疑問が先立つ。


「アイリス様は穏やかな御方だな。いや、クラリス陛下がお転婆すぎたというのもあるが」


 そう言って苦笑いを浮かべたのはオラーノ侯爵だった。クラリス女王陛下をお転婆と言えるのはこの人くらいだろう。


 俺はつい半年前に陛下がお転婆というレベルじゃないと痛いほど知ったしな……。


「魔法使いとしてはクラリス女王陛下と同レベルと言ってよい。ワシは以前に女王継承後の政策についての聞き取りにも参加したが、クラリス陛下と同じくダンジョン調査には前向きだ」


 同じくアイリス様について知るベイルーナ卿も「クラリス陛下ほど派手ではないが、堅実な政治を望んでいる」と評価した。


「……クラリス陛下が見据えていた状況は出来上がったのだ。あとは北を牽制しながら国を強固にしていくことが重要だと理解しているはず」


 クラリス陛下を良く知るオラーノ侯爵曰く、現状こそがクラリス陛下にとって「達成したかった未来」だという。


 帝国からの束縛から脱却し、北側への対抗手段を得て、引き続きダンジョンを調査しながら国民の生活を豊かにしていく。


 絶対に負けない国家の完成こそが、彼女の掲げる政治の到達点。今、ローズベル王国は彼女の思い描いていた未来の扉を開けた段階だ。


「では、北との戦争は起きないと?」


 俺が質問すると、オラーノ侯爵は力強く頷いた。


「うむ。戦争が起きないどころか、戦争を起こそうという気にもさせん。これは北も南も同じだ」


 大陸中央に位置するローズベル王国は一方と戦争を起こせば隙ができる。その点については昔から理解していたことだ。


 だからこそ、この国は「戦争を起こさせない」ことが勝利への道だと考えていた。その道に至るには、古代の謎を解いて絶対的な戦力を手に入れるのが必須だった。


「全ては王家の思い描いていた道に沿って動いていたことだ。何代も前からな」


 ダンジョンの調査と古代文明の解明、ハンター協会の設立、魔導具開発……魔法の謎を解き明かすという表向きの建前を露見させながら続いて来た勝利への道。


 全ては計画通りであり、俺もいつの間にかその計画に引っ張り込まれた一人と言えよう。


「とにかく、我々は女王陛下に付き従うのみだ」


 オラーノ侯爵がそう締めたあと、文官達が「準備が整った」と告げに来る。俺達は玉座の間へと移動して、クラリス女王陛下と娘であるアイリス様をお迎えすることになった。


 玉座に座るクラリス女王陛下の隣に立つアイリス様であったが、彼女は驚くほどクラリス陛下に似ている。


 髪は同じ赤色で顔も姉妹かと思うほど。実年齢は三十を越えているようだが、見た目は十代半ばの少女だ。誰かが「クラリス女王陛下が成長する前の姿です」と言ったら信じてしまうだろう。


 そんなアイリス様に内心驚きつつも、式は予定通り進んで行く。まずはクラリス女王陛下が家臣達の功績を称えていくのだが、最も印象的だったのはオラーノ侯爵への言葉だろう。


「我が騎士よ。長い間、ご苦労だった」


 オラーノ侯爵以外の騎士を称える際は「我が国の騎士よ」と言っていた点を「我が騎士」と言ったのだ。これだけでクラリス女王陛下にとってオラーノ侯爵がどれだけ大事かが窺える。


「……ハッ」


 それを理解したオラーノ侯爵も頭を垂れながら返事を返し、これまでの思い出が蘇ったのか赤い絨毯には涙が落ちる。


「陛下には本当に苦労しました。これで落ち着かれると思うと感激の極みにございます」


 最後の最後で言ってやったぞ、とばかりに。オラーノ侯爵は涙を流しながら皆の前で鬱憤を晴らす。玉座の間にいた者達はオラーノ侯爵の苦労を理解していたのか、我慢できなかった笑い声が少しだけ漏れた。


 陛下はきょとんとしたあと、大笑いしてオラーノ侯爵に近付く。


 そして、彼女はニヤリと笑って告げるのだ。


「馬鹿め。私が女王の座を娘に渡しただけで大人しくなると思うか? これからは女王の時に出来なかった事をやるぞ。我慢していた事は多いのだ。ロイ、お前にはまだまだ付き合ってもらう」


 腰に手を当てながら、オラーノ侯爵に「まだ付き合え」と宣言した。これは病状が悪化しつつあるオラーノ侯爵への激励だろうか。


「仕方ありません。地獄の果てまでお付き合い致しましょう」


「ハッ! それでこそ我が騎士よ!」


 クラリス女王陛下とオラーノ侯爵による「いつものやり取り」が行われ、これを最後にして一つの時代が終わりを告げた。


 クラリス女王陛下が持っていた王笏は娘であるアイリス様へと引き継がれ、同時に玉座も彼女に譲られる。


 新女王誕生の瞬間だ。玉座の間には割れんばかりの拍手が鳴り、アイリス女王陛下が手で制するとぴたりと止む。


「皆さん、私は今日から新しい女王となります。まだまだ母には敵わないでしょう。皆の支えを受けながら、女王に相応しい者として成長していきたいと思います」


 アイリス様の即位挨拶は控えめだった。事前に聞かされていた性格通りといった感じだろうか?


 挨拶が終わると、今度は家臣への言葉を与えることになる。


 貴族達が呼ばれていき、それぞれにお言葉をかけていくアイリス様。予定では俺も呼ばれるようだが……。どうにも緊張してきた。お腹いたい。


 最後の最後に呼ばれたのは俺とベイルだった。どうしてベイルと一緒に? と疑問に思っていたが――


「貴方達二人は王国内外を剣で支えて下さい。王都騎士団団長、そして王国十剣。私の騎士達よ、力を貸してくれますか?」


「もちろんです」


「もちろんです、陛下」


 俺とベイルが揃って返事をすると、アイリス様は愛らしい笑顔を浮かべた。


 一つの時代が終わり、また新しい時代が始まる。


 俺達もまた次の時代に向けて努力し続けねばならない。  

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