第264話 王城会議にて
第五ダンジョン即時撤退の女王陛下命令が下ってから一週間。ここ最近、俺は自宅で過ごすことが多くなった。
というのも、ジェイナス隊はダンジョンでの活動を一時中止してほしいと命令が下ったからだ。
オラーノ侯爵とベイルの推測によると、第五ダンジョンで発見した古代人について意見を聞きたいのではないかとのことだった。まぁ、ダンジョンの中で人が暮らしてたら「どうしよう」ってなるのも当然だろう。
あの蛮族達を人として扱うのかどうか考え中ってところか。どちらにせよ、第五ダンジョンは封印状態。撤退時も痕跡を一切残すなと厳命されていた。
色々な新事実が発見されたことで俺の頭もパンク気味だし、休暇だと思って子供と遊ぶ毎日を楽しんでいる。
今日も朝からアウリカと庭で遊ぼうと思っていたのだが、今朝は騎士団の使いがやって来て「王城へご出席下さい」とオラーノ侯爵からの命令を受けてしまった。
「アウリカ、仕事行ってくるね」
「えー? 誰としごとー?」
「じいじとだよ。ロイじいじ」
「そっかー。じゃあ、仕方ないなー」
何が仕方ないのか、本人もたぶん分かっていない。俺やウルカの会話を聞いてマネしているだけだろうが、妙なリアリティアがあった。子供の成長ってすごい。
俺はウルカとアウリカに「いってきます」と挨拶をして、玄関前に停まっていた馬車に乗り込んだ。
王城へ向かい、案内人に問うと三階の会議室に向かうよう願われた。第五ダンジョンについて話し合うのかな? と思っていたのだが……。
「おはようござ……います?」
会議室に入室すると、そこには王国の中核を担う貴族達が揃っていた。中にはオラーノ侯爵とベイルーナ卿、ベイルの姿もあるのだが、室内にいる全員が渋い顔をしていたのだ。
「アッシュ、こっちだよ」
会議室の中央にあった円卓に近付き、ベイルの隣に腰を下ろした。右隣りはオラーノ侯爵なんだが、先ほどから「うーん」と唸ってばかりである。
「……どうしたんだ?」
「実は連日会議が行われていたんだけど、ちょっととんでもない方向に動き始めてね」
貴族達が全員渋い顔をしているってのも怖い話だ。特にオラーノ侯爵が挨拶もそこそこに悩み続けている点が状況の深刻さを表していると思う。
むしろ、状況を知らないのは俺だけのようだが、それはそれで大丈夫か? と不安になってきた。
「僕達も昨日聞かされたばかりなんだ」
「……誰に?」
「女王陛下」
まずいな。嫌な予感がしてきた。
「昨日の時点ではまだ検討中という話だったんだけど、翌日になって再招集だからね。もう本決まりになったんじゃないかとみんな悩んでいるわけさ」
「肝心の内容は?」
「陛下の退位」
「え"」
とんでもない内容に俺は変な声を出してしまった。直後、会議室のドアが開いて陛下が入室してくる。俺達は揃って立ち上がり、陛下を迎えると――
「よく集まってくれた。これから王国の将来に関わる重要事項を話そうと思う」
ベイル達の内心を代弁するなら「やっぱりか」といったところ。一応は人に話すも、翌日には腹を決めるあたりがクラリス陛下らしいと言えばらしいが。
「数名には既に明かしたが、私は退位することにした。これは既に決定事項である。異論は認めん」
陛下は議論する隙すらも与えず、淡々と退位について語っていく。現在進行形である政務について○○日までに終わらせるなど、今回の会議に参加している各方面のトップに告げていった。
最後に「退位前に行う最後の仕事」とした内容は――
「帝国皇帝の首を獲ることだ」
宣言した瞬間、会議室内の雰囲気は一気に変わった。誰もが意見を口にしないものの、内心抱いている緊張感が表情に表れる。
「そろそろ帝国からの搾取にも飽きただろう? 皇帝の首を獲り、一気に帝国を崩壊させるつもりだ。これを最後の仕事とする」
こちらも決定事項。そう言わんばかりに語るクラリス陛下に対し、さすがに貴族達から挙手がなされた。
「陛下。帝国崩壊はよろしいですが、北に侵略の隙を与えてしまうのでは?」
帝国は大陸北にある聖王国への抑止力になっていた。帝国が崩壊したと聞けば、聖王国は喜んで南へ侵略を始めるのではないか。大陸を統一しようとするのではないか。
同時に帝国と同盟を組んでいた――同盟とは名ばかりの主従関係を結んでいた――南にある他の国も土地の奪還や侵略に動くのではないか。
懸念を口にする貴族達に対し、クラリス女王陛下は「問題無い」と首を振る。
「私は将来に向けて既にいくつか策は打って来た。だが、去年から好調なダンジョン調査のおかげで新しい切り札は手に入ったのだ。北の脅威は既に無くなったと言っても過言ではない」
新しい切り札が手に入った?
陛下の言葉を聞き、俺は「第四ダンジョンで発見された魔法の杖か?」と内心思った。しかし、このタイミングで横にいたオラーノ侯爵が俺の耳元に顔を寄せると小さな声で告げたのだ。
「扉が開いた」
彼の言葉を聞き、俺は驚いた表情のまま顔を向ける。だが、オラーノ侯爵は俺を横目で見ながら頷くだけ。
こんなことでオラーノ侯爵が嘘をつく理由もあるまい。
「いやはや、新しい王国十剣の実力には脱帽だよ。お前のおかげで私は胸に秘めていた夢を実現させることができるのだから」
そう言われて、俺はクラリス女王陛下へ顔を向けた。彼女はニヤニヤ笑いながら俺を見ている……。なんだかすごく動悸が激しくなってきた。
「もうすぐ帝国との同盟更新について協議が行われるだろう? そこで仕掛ける。アッシュも私について来い」
帝国との同盟協議の話は聞いていたが、開催されるまであと二ヵ月もないんじゃないだろうか?
陛下は協議を名目に帝国へ乗り込み、そこで皇帝の首を獲ると?
「じ、時間が足りません!」
貴族の一人が声を荒げた。彼は軍務に関わる人間ではなかったはず。対し、軍務省のトップは腕を組んだまま静かに話を聞いているのが印象的だ。
「何故だ?」
「な、何故って……。皇帝を殺害すれば帝国と戦争になるのでは……」
彼の言葉に対し、クラリス陛下は「ハッ」と鼻で笑う。俺も彼と同意見だったせいか、自身も笑われたように思えてしまった。
「戦争? 戦争なんか起きんよ」
しかし、陛下は「そんな馬鹿な事が起こるはずもない」と言う。
「戦争なんぞ起こさせるか。私が皇帝の首を獲り、一気に帝国は崩壊する。いいか? 戦争なんて起こす前に帝国を崩壊させるのだ。そのための準備はしてきた」
クラリス陛下は「だろう?」とオラーノ侯爵に同意を求める。オラーノ侯爵は静かに頷き、彼の同意する姿を見てある程度は納得したようだ。
「自分を連れて行く理由はなんでしょう?」
俺はタイミングを見計らって問う。すると、クラリス陛下はニヤッと笑って言ったのだ。
「帝国が捨てた元騎士。自ら捨てた人材に斬られる帝国貴族共を見たいからだ」
なんて邪悪な理由だろうか。
俺は唖然としてしまうが、クラリス陛下は言葉を続けた。
「協議に連れて行ける護衛の数も限られているしな。私は現王国最強の戦力を連れて行き、首を獲るつもりだ」
王国最強の戦力……。となると、ベイルも一緒に行くのか。
横目で彼の表情を窺うと、大きくため息を漏らしているところだった。
「最初で最後だ。お前は私の退位に華を添えるだけ。そうすれば、お前は妻と子供に輝かしい未来を与えられる」
ウルカとアウリカをここで出すか。
まるで脅迫じゃないか。二人の存在を口に出されてしまえば、俺は断ることなんてできやしない。
「……分かりました」
「素直な男は好きだよ。どこぞの老人も見習ってほしいものだ」
たぶん、オラーノ侯爵は最後まで反対してくれたんだろうな。
だが、クラリス陛下は態度を一切変えることなく改めて宣言した。
「では、諸君。王国の輝かしい未来に向けて働き始めてくれ」
ニヤッと笑った陛下は立ち上がり、赤く長い髪を揺らしながら会議室を出て行った。
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