第263話 彼の探し物 2


「ここを下りるのかぁ」


 レオニオは地下へ続く螺旋階段の最上段から見下ろしながら、その長い階段に呆れかえる。呆れかえって「本当に馬鹿だな」とさえ口にした。


 そして、クラリスに手を差し伸べた。


「下りるから掴まって」


「え? ええ……」


 レオニオはクラリスの手を掴み、もう片方の手で彼女の腰を抱き寄せる。二人は密着した状態になって……。


「行くよ!」


「きゃあ!?」


 レオニオはクラリスを抱えて螺旋階段の中央にある穴へとジャンプした。まさかの行動にさすがのクラリスも悲鳴を上げるが、落ちて数秒経つと落下速度が緩やかになっていく。


 彼は魔法で自身の体を浮かせているようだ。ふよふよと浮かびながらゆっくりと下りて行き、着地の際もスムーズに事を成す。


「この先だね」


 最下層に着地したレオニオはクラリスを解放すると、短い言葉の中に「喜び」や「期待」の感情を混ぜながら告げる。足取りも軽く、後ろを歩くクラリスが少し急がないといけないくらいだった。


 白い壁の通路を抜けて、二人は遂に辿り着く。


「これは……」


 クラリスはガラスケースに収められた木の幹を見上げて感嘆の息を吐いた。巨大な幹の周囲を漂う幻想的な光にも目を奪われてしまい、彼女は口を半開きにしながら固まってしまった。


「これはね、僕等の神だ。いや、神だったと言うべきだね」


 クラリスはレオニオとバーで会話している時、彼から何度も聞かされたことがある。


『僕等には神がいた』


 それがこの大樹なのだろう。だが、彼は愚か者が神を破壊したとも語っていた。


「切り倒されてしまった神……」


「そう。戦争の道具として利用されてしまった」


 その結果、こうして木の幹だけがガラスケースに収められている。本来であれば、目の前にある幹は三倍以上もの高さがあって、地上にあった頃は雲の上まで背を伸ばしていたと。


「では、神を切り倒した愚か者かどうか確認しようじゃないか」


 レオニオは先ほど以上にテンションが高い。るんるんとスキップしながら棺桶に近付いて、棺桶のガラス越しに中身を確認した。


 確認して、彼は――


「く、くく! あっはっはっはっ!!」


 腹を抱えて大爆笑した。


 横で見ているクラリスは何のこっちゃ分からない。だが、彼が求めていたモノが見つかったのだと察したようだ。


「ああ! ようやくだ! ようやく見つけた!」


 レオニオは歓喜する。だが、彼の吐き出す言葉にはちょっとずつ憎悪が含まれていく。


「このクソ女め! 僕達から神を奪った史上最低の売女めがッ! こんな場所でのうのうと寝ていたとはねッ!」


 今にも棺桶を粉砕しそうな勢いであるが、最後にはぐっと堪えて深呼吸を繰り返す。


 落ち着きを取り戻したレオニオの雰囲気を感じて、クラリスは恐る恐ると質問を投げかける。


「……この女性は古代人なの?」


「そうだよ。君達よりもずっと昔に生きていた種族。エルゥフだ」


「エルフ?」


「エルゥフ」


 レオニオは正しい発音を聞かせるが、クラリスは何度やり直しても「エルフ」になってしまう。途中でレオニオは「まぁ、些細な事さ」と諦めた。


「彼女はエルゥフの中でも最大の勢力を誇っていたクルール族の長だ。今の世で言うところの女王って感じかな」


 他にも王のような存在や彼女と同じように女王のような存在は複数人いた。しかし、過去で最も高い技術力を持っていたのがクルール一族。配下となるエルゥフの数も多く、領土内の総人口は三億人を越えていたという。 


「でも、結局は戦争になったのでしょう? その原因は?」


「神だよ」


 レオニオはガラスケースに収められた幹を指差した。


「エルゥフは神樹に仕える事こそが何よりの名誉だと考えた。神に仕える者は神の一族として認知されるというのが常識だったからね。でも、この常識を打ち破ったのが彼女だ」


 レオニオは顎で棺桶を指し示し、彼女が世界の常識をぶっ壊したと語る。


「彼女は神に仕えたかったんじゃない。神そのものになりたかった。だから、神樹を切り倒して兵器や技術への転用を開始した」


 レオニオは「神そのもの」になりたかった彼女について、彼女は「自分の上に誰か他の者がいるのが我慢できなかった」と語る。それが人の創り出した偶像であっても、彼女は我慢できないほど傲慢だったと。


 神樹利用の研究が始まった頃、最初は小さな枝や葉を使う程度だった。


 ただ、これだけでも他のエルゥフからすれば卒倒ものであり、国際犯罪に等しい行為である。神を信奉する他の一族達は激怒して、クルール一族を「悪」として認定する。


 こうしてクルール一族と他一族との戦争が勃発するが……。


「彼女は用意周到だった。何十年も前から準備していて、戦争が始まった途端に他者を圧倒した」


 クルール滅ぶべし! と意気込んでいた他の一族達は次々に殺害された。クルール一族の兵に首を刎ねられ、または領土ごと全て消し飛ばされ。遂にはクルール一族に歯向かえる者はいなくなってしまった。


「そして、クルール一族は世界を手に入れた。全てのエルゥフを配下に置いて、自分達こそが神であると主張したわけだ」


 ただ、新しく誕生した神の時代はそう長く続かなかった。


「神樹というのは正しく神だったんだよ。この世界のバランスを保っていた神が失われ、世界はどんどん腐っていった」


 世界戦争が起きたことで世界の各地は汚れてしまった。大量の戦略兵器を大地に撃ち込み、建造物と人だけじゃなく大地さえも破壊していった。


 何度も何度も続けられ、終いには大地が腐って毒の空気が生まれるようになってしまった。


 ただ、過去にも大きな戦争が勃発していたのも確かだ。同様の戦略兵器が撃ち込まれることもあった。その時も世界は汚れてしまったかもしれないが、文明を崩壊させるほどではなかった。


 じゃあ、どうして今回だけ?


 答えは簡単。レオニオが言ったように、世界のバランスを保つ「神」が失われてしまったから。


「神はどうして神なのか。それは世界を平等に見守るからだ。世界を均一に保とうとするからだ」


 世界が汚れてもある程度の「修復作用」が働いていたことが後に判明する。


 その修復作用の中枢だったのが神樹だった。


 毒を含んだ空気は浄化されない。荒れた大地に緑が戻ることもない。バランスが崩れた世界は一気に崩壊していく。


「クルール一族は過ちを認めようともせず、持ち前の技術でどうにかなると考えていた。神が壊れたなら、自分達で代替品を作ればいいじゃないかってね。しかし、どうにもならなかったのさ。だって、彼女達は本当の神じゃないからね」


 所詮は人である。人が神になろうなど傲慢の極みだ。


「結局、汚染された地上には住めなくなってしまった。肺を侵された者達はどんどん死んでいき、辛うじて生き残った者達は地下に潜ったってわけさ」


 そして、真っ先に地下へ潜ったのが「自称、神」である。


「新しい神は他人を見捨てて、世界が元通りになるまでここで眠ってたってわけだね」


 レオニオは肩を竦めながら鼻で笑う。とんだ愚か者だろう? と言いながら。


「王城地下にある扉とはどんな関係が?」


「あそこは元々、クルール一族の作った軍事拠点があった場所だからね」


 現在のローズベル王国領土は主に軍事施設が集中する土地だった。だからこそ、研究所だったりゴーレム製造所のような場所が地下に残されている。


「逆に民間人が多くいたのは帝国領土だね。クルール一族の居城があったのも帝国領の南だし」


 逆にクルール一族が暮らしていた城や王都にあたる都市が存在したのが帝国領だという。既にクルール一族の居城は崩壊してしまっているが、女王だった彼女が眠るシェルターが帝国領土内にあったのもそれが理由だろう。


「……なるほどね。それで? これからどうするの?」


 目的の人物は見つけた。見つけたらどうするのか。そう問うたクラリスに対し、レオニオは「ふふ」と笑い声を漏らす。


「こうするのさ」


 レオニオは棺桶の側面にあったカバーを開き、何かを操作し始めた。彼が操作を終えると、棺桶から「プシュー」と空気が漏れるような音が鳴る。


 しばし待っていると、棺桶が開いていく。


「ん……」


 中で眠っていた女性から声が漏れ出て、彼女の瞼が微かに動いた。


 眠っていた女性は覚醒を促されたようだ。その証拠に女性はモゾモゾと動き出して、やがて綺麗な顔にあった瞼が開いた。


 目を覚ました女性は顔を動かすとクラリスを見つける。クラリスをジッと見たあと、彼女はクラリスに向かって「スレイブ」と小さな声で漏らす。


「え?」


『汚らしいスレイブ。私は何年眠っていた? 発言を許可する』


 困惑するクラリスに対し、女性は古代言語で問うた。もちろん、クラリスは意味を理解していないが、彼女の言葉は高圧的で下等種族に命令するような言い方だ。


『やぁ、マイア。お目覚めかい?』


 彼女の言葉に応えたのはクラリスではなかった。クラリスとは逆側にいたレオニオだ。


 彼は頭に被っていた被り物を脱いで、素顔を晒しながらマイアに問う。古代言語で問われたマイアはレオニオの方へ顔を向けると、一瞬で顔をしかめっ面に変えた。


『レオニオ……』


『はは、覚えていたなんて光栄だな。従姉殿』 


 憎悪に満ちた視線を向けながら、口からはおどけるような口調で言葉を吐き出す。


『貴様、生きていたのか』


『もちろん。君に改造されたおかげでね。本当に感謝しているよ』


 ニッコリ笑ったレオニオは利き手を手刀のようにして、手全体に魔力を纏わせた。


『本当に感謝している。この手で君を殺せる体にしてくれてね』


 これ以上、会話すらも続けたくない。そう思ったのか、レオニオはマイアの胸を手刀で貫いた。


『ガッ!?』


 マイアの体から血が噴き出し、口からも鮮血が吐き出される。


『お前の声を聞いていると吐き気がする。さっさと死んでくれ』


 言われっぱなしのマイアは口から大量の血を吐き出しながらも穴の開いた胸に両手を添えた。添えた瞬間に両手からは緑色の光が溢れ出し、穴の開いた胸が徐々に塞がれていく。


 傍から見ていたクラリスは「治癒魔法か」と思ったろう。


 だが、レオニオは大して驚きもしない。今度は手刀で彼女の両肩を切断して、塞ぎかけになっていた胸に手を突っ込んだ。そのまま胸の中から彼女の心臓を取り出して、見せつけるようにしながら握り潰した。


 さすがに心臓を握り潰されたら自称神様も生きていられなかったようだ。治癒魔法で悪あがきしていた彼女の瞳から光が消えて、正しく鉄の棺桶は彼女の棺桶となった。


 なんとあっさりとした殺人劇だろうか。しかし、レオニオの顔には人生最高の達成感が浮かんでいた。


「こ、殺して良かったの?」


「ああ。むしろ、殺すために探していたからね。殺そうと思った頃には地下に潜ってしまって消息が分からなかったんだ」


 だから、長年探し続けていたんだよ、とレオニオは告げる。そして、クラリスへ初めて晒した素顔には太陽のような笑顔があった。


 加えて、彼は「どうせ外に出ても肺を侵されて死ぬだけだし、だったら僕が殺した方が得じゃないか」とも。


「いやはや、君と君の国民には本当に感謝しているよ」


 素顔を晒したままのレオニオは清々しい表情を浮かべながら、血塗れになった手を払う。


 クラリスはレオニオの行動に困惑しながらも、初めて見た彼の素顔をまじまじと見つめていた。


「素顔を見せたのは初めてだっけ。感想は?」


「……貴方ってイケメンだったのね」


 まさかの返しにレオニオは「プッ」と噴き出してしまう。


「はは、だから君のことは好きだよ」


 笑みを零したレオニオは息絶えたマイアの髪を掴んで頭を持ち上げた。そのまま手刀で首を切断して、マイアの生首をクラリスに見せつける。


「これがあれば王城地下の扉が開く。ついでだから開けに行こうか」


 生首を持ったレオニオに誘われ、彼の作った扉を潜るクラリス。行先は王城地下、開かずの扉がある地下遺跡。


 レオニオはマイアの首を持って巨大扉の端に移動する。埋め込まれていた認識用のレンズへマイアの目を近づけると、王城地下にあった巨大な扉はゆっくりと開き始めた。


 ズズズズと地面を震わせ、その上にある王城をも震わせながら開いた扉の中にあったのは――


「さぁ、これが君の望んだ物だ」


 何万もの魔法剣とマジックワンドに加えてアンチマジックアーマーまでもが綺麗に揃い、他にも多数の遺物やクルール一族が作り上げた戦略兵器の全てが揃っていた。


「これが……」


 クラリスは遂に望んでいた物を手に入れたのだ。


「これは全て君の物だ。ただし、この愚か者のように使い方は間違えないでくれよ? 僕は君を殺したくないからね」


 巨大な扉の前で歓喜するクラリスに対し、レオニオは愚か者の生首を見せつけながら言う。


「もちろん。まだ死にたくないもの」


 そう、彼女はまだ死ねない。彼女を縛ってきた国を滅ぼすまで。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る