第262話 彼の探し物 1
第五ダンジョンを調査していた者達から届けられた一本の報告を聞いて、王女クラリスはその日の夜にバーへと向かった。
バーテンダーであるレオニオが開いたドアに顔を向けると、そこにはニマニマと笑うクラリスの姿が。
彼女は「いらっしゃい」と言われる前にカウンターへ近づき、興奮気味に言った。
「生きている古代人を見つけたわ!」
言われて、レオニオの肩がピクリと跳ねる。グラスを磨いていた手が止まって、狼のような頭が彼女に向けられた。
「それは本当かい?」
「ええ! 第五ダンジョンで見つかったの!」
クラリスはレオニオに報告の内容を説明した。
第五ダンジョンの地下にあった謎の木。その根本から登場した金属製の棺桶。中にはまだ生きていると思われる古代人の女性が入っていて、目立った特徴はツンと尖がった耳であること。
クラリスの説明を聞き終えたレオニオは、持っていたグラスをゆっくりと置く。そして、大きく深呼吸をした後で問うた。
「……その場所に大樹と太陽を描いた物はあったかい?」
彼の問いに対し、クラリスの答えは「YES」だ。彼女は大樹と太陽が描かれたレリーフも見つけたと言う。
「本当に女性だったんだね?」
「ええ」
レオニオは遂に確信を得たのか、両手をカウンターにつきながら顔を伏せた。
「くくく……! あっはっはっはっ!」
そして、大笑いを始める。彼がこのようなリアクションを示すのは初めてだ。クラリスも一瞬だけポカンとしてしまったが、彼の大笑いを見て「すごい発見をしたんだ」と確信したようで。
「これであの扉を開けられるのかしら?」
最大のご褒美であり、クラリスが人生を賭けて追い求めていた物。それがようやく手に入るかもしれないと期待する。
期待する彼女に対し、レオニオは笑いながら言った。
「ああ、そうだね。まだこの目で見ていないから確定とは言えないが、僕の探し求めているモノだったら……。君はあの扉の中にある物を手に入れられるよ」
遂にクラリスも悲願を達成する日が来たか。
彼女はレオニオに言われた通り、第五ダンジョンから調査隊を撤退させる。完全撤退が完了したと報告された夜、再び彼女はバーに赴いた。
「撤退が完了したわ」
次はどうするの? と問うクラリスに対し、レオニオは「出掛けるんだよ」と言い出した。
「出掛ける?」
「そう。君もすぐに扉を開く鍵が欲しいだろう?」
確かにそうだ。すぐにでも欲しい。だが、出掛けるという言葉にどう繋がるのか。
レオニオはカウンターから出て来ると、クラリスの前で魔力で作った門を出現させる。
「さて、デートに行こうじゃないか」
まるで意中の女性を誘う紳士の如く、優雅に手を差し出すレオニオ。クラリスは彼の顔を見つめながらゆっくりと手を重ねた。
手を繋いだ二人は門の中に消えて行く。一瞬の暗転があったあと、目の前には暗い洞窟があった。
「ここは……」
クラリスが周囲を確認すると、どうやら第五ダンジョンが発見されたとされる洞窟の前にいるようだ。王都から一瞬で移動した事に驚きつつも、彼なら可能だと納得する様子を見せて後に続いた。
レオニオはクラリスを連れて第五ダンジョンの中へ。
一階に展開されていた騎士団のキャンプは完全撤収されており、持ち込まれていた物資は全て消え失せている。痕跡一つ残さず撤収した騎士団の手腕に敬意を表しつつも、クラリスはレオニオと共に地下二階へと向かって行った。
「街……」
クラリスがダンジョンの中に進入したのはこれが初めて。だからこそ、余計に地下二階にあった「街」を見て驚いてしまう。
「ここはシェルターだったみたいだからね。末期に生き延びた者達はこの街で暮していたんだろう」
「報告書にもあったけど、街は凄く綺麗な状態で残っていたって。奥には古代人の遺体があったと書かれていたけど、どうして人が死んでいることに反して街は綺麗に残っているの?」
「さぁ? ただ、君から見せられた報告書を読む限り、ここで暮していた者達は反乱を起こしたんだろうね」
レオニオは古代人が人間を奴隷として扱っていた事を伏せながら説明し始めた。
この街には二種類の古代人が住んでいて、貧民にあたる者達が上位階級の者達に反乱を起こしたのだと。つまり、人間が古代人に対して反乱を起こして古代人を排除し始めた。
どういうわけか人間と古代人は下層に向かって行ったようだが。
地下三階に到達したタイミングで再びクラリスが質問を投げかける。
「調査隊が蛮族と言っていた者達は古代人ってこと?」
「だろうね。彼等も生きた古代人であることには間違いないよ」
ただ、どうして蛮族となってしまったのだろう? 見た目が変わったのかどうかは不明であるが、遺物を作り上げるような技術は持っていないと調査隊からは判断された。
ダンジョンを造り、遺物を造り、優れた兵器すらも造り上げた古代人はどうして技術を忘れてしまったのか。もしくは、捨ててしまったのか。
「さっき言った貧民達は技術的な知識を持っていなかったんだよ。君達が呼ぶ遺物という物は上位階級の者達にしか作れない代物だった」
つまり、技術的には反乱が起きた時点で知識と技術の継承が途絶えてしまったということだ。
しかし、それにしても今の古代人は原始的やしないか。蛮族と呼ぶほど知能が低下することなどあり得るのだろうか?
「あとはこれが原因だろうね」
もう一つの原因として示したのが、三階にあった貯蔵庫に保管されていた粉。以前、調査隊が発見した「人をも分解する粉」と同じ場所に保管されていたオレンジ色の粉だった。
「これは人を馬鹿にする薬だ」
「人を馬鹿にする薬?」
なんてネーミングセンスだろう、とクラリスは思ったろう。しかし、当然ながら正式名称じゃない。
「これは一種の麻薬でね。摂取すると人の知性を著しく低下させる。少量なら一時的に幻覚を見てトリップするくらいなんだけどね。継続的に摂取すると人が獣と化すんだよ」
この粉は上位階級の者達が従わせている奴隷達へ与える「ご褒美」であり、同時に「判断力」を奪う薬でもあった。
知性という武器を捨てさせ、逆に動物的な本能が活性化する。麻薬の一種であるが、超少量を摂取すると大量のアドレナリンを放出する気つけ薬みたいな効果をもたらすようだ。
ただ、大量摂取と継続的な摂取を続けると人の脳を破壊する。そして、最悪な事にその症状はある程度遺伝するようだ。
「つまり、脳に障害を持った古代人が子供を残し、生まれた子供は生まれた当初から元々脳に障害があったと?」
「そう。蛮族化したのはそれが理由だろうね」
だとしても、生き残った全員が摂取したわけじゃないだろう。もしも生き残り全員が際限なく摂取していたら、貯蔵庫に麻薬は残ってないはずだ。
それについて質問すると、レオニオは鼻で笑いながら言った。
「言ったろう? 人が獣になるんだよ。飢えた獣はどんな行動を起こすと思う?」
人としての知性を失い、獣の本性が露わになった人類。食料を生産することさえ忘れてしまった人間……いや、獣が飢えたら何を喰らうのだろうか?
「まさか……」
クラリスはゾッとしたようだ。彼女は答えを口にしなかった。いや、口に出来なかったのだろう。
どうして街から人だけが消えたのか。どうしてまともな者が残っていなかったのか。
「憐れなもんさ」
レオニオは肩を竦めながら鼻で笑う。そのまま地下四階に向かい、四階を抜けて五階に向かった。
地下五階と言えば蛮族達の村がある階層だ。階層内には狩猟という技術を改めて得た蛮族達が徘徊しているのだが――
「○○××◇△!」
当然ながらレオニオ達は蛮族達に見つかった。以前、レオニオが第四ダンジョンを訪問する際に使った魔法は使っていないようで。槍を向けられたレオニオは蛮族達を見て「なるほど」と頷く。
「御覧よ。これが反乱に勝った貧民達だ。昔から数だけは多かったからね」
レオニオは相変わらず正体を伏せているが、地下五階で暮らす蛮族達は「元人間」であると示す。
彼等が敵対していた部族である地下四階の蛮族は正しく古代人だったのだろう。古代人であったが、反乱や事故を経て蛮族化してしまった古代人だったに違いない。
「貴方のこと、敵だと思っているみたいだけど?」
「だろうね」
どちらかといえば、レオニオは上位階級側だ。まぁ、今回に限って言えば意味不明な被り物を頭に被っているせいもあるだろうが。
レオニオは片手を蛮族達に向けた。手から放たれた青白い炎が蛮族達を一瞬で包み込み、青白い炎に焼かれた蛮族達全員が塵になって消え失せる。
初めて見たレオニオの攻撃に対し、クラリスは目を点にしながら驚いていた。辛うじて出た言葉は「殺して良かったの?」である。
「ああ、いいのいいの。どうせ全員殺すつもりだったから」
「全員?」
クラリスは初めて見た蛮族を人とは思えなかった。人の姿をしているが、自分達とはまるで違う。ダンジョンに生息する魔物の一種くらいにしか思えなかったというのが正直な感想だろう。
だが、レオニオはまた別の意思があったようだ。
「うん。残していてもしょうがないしね。今は君らの時代だし」
まるで負の遺産を片付けるかのように。とても軽々しく言い放った。
そして、レオニオは言い放った言葉を有言実行していく。遭遇した蛮族を片っ端から殺して行き、地下五階にあった蛮族の村へと向かって行く。
「○××△▽!」
仲間を殺すレオニオを見た村の門番は声を荒げた。直後、村からは大量の蛮族達が槍を持って飛び出して来る。
しかし、レオニオの前には無力だった。一瞬で蛮族達は青白い炎に包まれて塵になって消える。武装した蛮族達を殺し、豚っ鼻の化け物達も残らず殺した。
村の中に進入すると蛮族の女子供問わず殺す。殺しながら進んで行き、最終的に行きついたのは地下へ向かう階段の前に作られた祭壇。
祭壇には蛮族の聖職者がいて、彼はレオニオを見ると土下座するように小さく丸まった。丸まりながら何かを唱えたあと、両手を広げてレオニオを見つめた。
命乞いしているわけじゃなさそうだ。むしろ、自ら殺してくれと懇願しているようにも見える。
『……よき人よ、眠りなさい』
レオニオはクラリスの知らない言語で呟く。すると聖職者は涙を流しながら答えた。
『さようなら、旅の方よ。貴方に大樹の祝福があらんことを』
この聖職者だけは知性が残っていたのだろうか。最後にレオニオと言葉を交わした彼の体は青白い炎に包まれた。
「さて、行こうか」
村にいた蛮族達を全て殺したレオニオは、クラリスに振り返りながら言った。
ここからが本番だ、と。
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