第261話 眠り姫
「に、人間……?」
楕円形をした金属の箱に入っていたのは「人」だった。
まるで棺桶の中で眠っているような状態だが、ガラス越しに見える肌は綺麗な状態だった。恐らく、死体ではないのだろう。
顔つきからして女性のようだ。長い髪も女性らしさを表していると思う。
女性の容姿を一言で言うならば「綺麗」だ。滅茶苦茶美人でどこぞの国のお姫様と言われても納得してしまうほどである。
まぁ、ウルカの方が美人だと思うけどね。
容姿を見ると俺達と同じ人間の女性にしか見えない。だが、ベイルが違いに気付いた。
「いや、待ってくれ。なんだか耳が長くないか?」
そう言われて耳に注目すると、確かに耳が長い。ツンと尖がった耳を持っていて、どう考えても俺達と同じとは言えない形状だ。
「じゃあ、古代人か?」
もしかして、この女性は古代人? 死んでいるのか生きているのかは分からないが、完全な状態で残された「古代人」を発見したということなのだろうか?
いや、待てよ? もしも彼女が生きていたら凄い事になるんじゃないか?
「これは迂闊に触れないね。下手に触って中の女性がどうにかなったら問題どころの騒ぎじゃないよ」
眉間に皺を寄せたベイルはそっと楕円形の棺桶から距離を取った。
確かに彼の言う通りだ。ベタベタ触って棺桶が開き、中にいる女性の身に何かあれば国家レベルの損失は確実である。
俺もすぐ棺桶から離れて、オラーノ侯爵に現状を伝えるべきだとベイルに進言した。俺の提案に頷いたベイルは通信兵に連絡をするよう指示するが――
「……ダメです。繋がりません」
バックパックから伸びる受話器を持った通信兵は首を振る。どうやら地下に潜り過ぎて通信が行えないという現象のようだが。
「また上って戻るしかないね」
あの長い螺旋階段を今度は上るのかと一瞬嫌になってしまったが、どのみち戻るのだからしょうがない。昇降機でもあれば良いのにとも思ったが、この場所は学者主導で慎重に調査しないと。
俺達は一旦この場を離れることになり、ヒーヒー言いながら螺旋階段を上って行った。
蛮族の村に戻ると、待機していた騎士達が出迎えてくれる。下に何があったのか問われたが、ベイルは曖昧に返しながら「オラーノ侯爵と連絡を取る」と告げる。
「○××△□◇!」
相変わらず蛮族は俺達に祈りを捧げるようなポーズを繰り返していた。待機していた騎士達によると、待っている間もずっと祈られていたらしい。
「危害は加えてきませんね」
そう言いながら騎士の一人が顎で示す。彼が示した場所には一般人の蛮族達が遠巻きに俺達を見ていた。
中には子供と手を繋ぐ蛮族の女性もいて、子供が俺達を指差すと叱るような声音で何か言っている。
「俺達と変わらないね」
「そうですね。彼等も同じ人類なのかもしれません」
同じ人型の生物であるが、容姿も文化も違う。住んでいる場所はダンジョンの中であって、古代人かとも思われるような者達。
だが、俺達と同じく「親」と「子」がいる。親子のやり取りを見ていると、人間の親子とそう変わらないように見えた。
この出会いは未開の土地にいる未知の部族を見つけた、と同等に思って良いのだろうか。それとも別物なのか。俺には判断がつかない。
ただ、一騎討を行ってからは敵意が消えたと思ってもいいのかもしれない。俺と戦った者はこの村でどのような地位と役割を持っていたかは不明であるが、あの者に勝ってから状況が好転したのも確かだ。
……あれは試されていたのか?
たとえば、蛮族達の掟には「一番強い者が負けたら、勝った者に従う」とか。そういった決まり事があったのだろうか? 俺達は強者であると認められたのだろうか?
「アッシュ」
考えを巡らせていると、ベイルに声を掛けられた。
「オラーノ侯爵がベイルーナ卿を連れて来るようだよ」
「ベイルーナ卿を?」
彼が第五ダンジョンに来たのか? と思った途端、ベイルは「急いで来たらしい」と苦笑いを浮かべる。
まぁ、ベイルーナ卿らしい行動だとは思うが。
「オラーノ侯爵が止めたみたいなんだけどね。受話器越しに絶対行くという声が聞こえたよ」
「ははっ」
つい笑ってしまうくらい「らしい行動」だ。
俺達は村で待機しつつ、彼等の到着を待った。数時間後、オラーノ侯爵とベイルーナ卿が騎士隊と学者達を連れて村に到着。
村の門番は一瞬敵対の意思を見せるが、村の中から姿を見せた俺達がオラーノ侯爵に手を振ると警戒を解いた。どうやら俺達の仲間だと認識してくれたようだ。
オラーノ侯爵は初めて見る生きた蛮族と蛮族の村に驚きを見せた。だが、隣にいる彼の幼馴染はそれどころじゃない。
「なんてことだ! なんてことだ!!」
第四ダンジョンの地下を見た時以上の大興奮である。これで長い間謎だった古代文明が明らかになるかもしれないと興奮しっぱなしである。
村を見てこの状態とは。螺旋階段を下った先にあるアレを見たらどうなるやら――
などと思いながら、俺達は二人を地下に連れていく。早々に結論が出ると良いなんて思っていたが……。
「ああああああ!!??」
まず最初にベイルーナ卿が興奮のあまり背中から倒れて気絶した。
「…………」
「どうします?」
俺は目頭を指で押さえながらため息を吐くオラーノ侯爵に問うた。彼は何も言わずに首を振るだけだ。
気絶したベイルーナ卿が起きるまでしばらく掛かるかと思いきや、気絶していた時間は僅か五分間。オラーノ侯爵によると新記録らしい。
あまりの衝撃に気絶したものの、早く調べたくて覚醒が早まったと彼は言うが……。それはそれで大丈夫なのだろうか?
「どう考えても古代人!」
気絶から復活したベイルーナ卿は棺桶のガラス面に顔をベタッとくっ付けながら叫ぶ。興奮のあまりに言っているんじゃなく「頭部の形状が同じだ!」と根拠を持っての答えだった。
「つまり、この女性は完全な状態で残っていたと?」
「完全どころか、もしかしたら生きているかもしれん!」
曰く、状態が「普通すぎる」と。
「恐らく、この棺桶のような箱は遺物だろう。これは床の下に格納されていたという話だし、古代人の延命装置である可能性が高い」
どうして彼女が延命装置とやらに入ったのかは不明だ。古代文明末期に何か問題が起きて、延命装置に入らざるを得ない状況になってしまったのか。
「自力で目覚めるよう設定されているのか。それとも我々のような未来の人間に起こしてもらうつもりだったのか」
ベイルーナ卿の推測からすれば、俺達人類は古代人にとって「後者」なのだろう。
「これで謎が解ける。どうしてダンジョンを造ったのか、どうして文明が崩壊したのか。全ての謎が解けるかもしれん!」
それはベイルーナ卿にとっての悲願だ。若き日から夢見ていた瞬間が遂に訪れようとしている。
研究と考察を続けて、ダンジョンの調査を続けて、遂に彼の夢見た「古代文明崩壊の謎」が紐解かれるのか。
彼は自分自身で「生きているうちに解き明かされることはないだろう」とも言っていたが……。俺は素直に凄いことだと感心してしまう。
「じゃあ、彼女を起こすのですか?」
「いや、さすがにすぐは無理じゃよ。陛下にも報告せんといかんしな」
生きた古代人の発見。王国とって多大な利益を齎すであろう事実は、即時王城へと伝えられた。
しかし、発見から三日後。
第五ダンジョンで待機していた俺達の元に届いた指示は――第五ダンジョンからの即時撤退であった。
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