第260話 最下層にあったモノ


 地下へと続く螺旋階段を見つけた俺達は、通信兵を間に挟みつつもオラーノ侯爵と連絡を取った。


 現状を説明して一旦戻るべきかどうかを相談し合い、結果的に地下へは俺達のみで向かうことに。


「本当に隊の半数を残して行っても大丈夫かな?」


 下へ向かう俺達の身に何が起きるか分からない。万が一に備えて隊を半分に分けることにしたのだが、よくよく考えれば残された方も安全とは言い難い。


 だって、ここは蛮族の村だぞ。村の最奥だ。


 俺達が下へ行っている間、残されたメンバーが蛮族から襲われる可能性だってゼロじゃない。ただ、全員で下へ向かって全滅というのも笑えない話である。


 今回の第五ダンジョンはこれまで以上に難しい判断を求められる。そういった意味では、騎士団にとって過去最高難易度と言ってもいいかもしれない。


「さて……。行こうか」


「ああ」


 村に残すメンバーに「何かあればすぐに逃げろ」と伝えてから階段へと向かう。下へ降りて行く俺達を見守るのは、残されたメンバーとこの村に住む蛮族達だ。


 仲間達は「どうか気を付けて」と。


 蛮族達は地面に額を擦り付けながら祈るようにして俺達を見送る。果たしてこのリアクションの意味は何なのだろうか。


「手摺りも無いから気を付けて進もう」


 螺旋階段を降り始めた俺達は、少し急になっている階段に注意を払う。左手側は壁であるが、右側は何もない。手摺すら無い螺旋階段で足を滑らせたら、数人を巻き込んで底なしと思えるような穴に真っ逆さま間違いなしだ。


「一体、この場所は何なのでしょうね」


 緊張感を露わにするウィルがゆっくりと階段を降りながら問うてきた。


「この穴の意味も気になります。どうしてこれまで通りの階段じゃないのでしょう?」


 話題に乗ったレンも下が全く見えない穴に何の意味があるのかと疑問を口にした。確かにその通りだろう。ただ単に下層へ繋がっているなら普通の階段で良いような気がする。


 なのに螺旋階段という事は、位置的には真下に何かがあるって事なのだろうか?


 階段を降り始めて十分。まだまだ階段は続いているが――


「下に明かりが見えません?」


 穴を覗き込んだ騎士が下を指差して言った。俺も恐る恐る下を覗き込むと、確かに小さな白い光が見える。ただ、あそこまで到達するのにあと十分は歩きそうだ。


 終わりが分からないよりはマシか。そう思いつつ、俺は階段を降って行く。


 ようやく階段が終わると、白い明かりはドアの隙間から漏れている光だったようだ。


 騎士達が目の前にあるドアを開けようと試行錯誤している間、俺は顔を上げて上を見た。随分と高いところから降りて来たな、と思うと同時にふと気付く。


 ……王城の地下にあった遺跡もこんな造りじゃなかったか? あそこも長い螺旋階段があったような。


 思い出しながら、今度は騎士達が触るドアを見た。ドアから投射された赤い光が騎士の体をなぞっている瞬間を目撃する。


 しかし、俺が思ったのは別のことだ。


 王城地下にある遺跡の入り口もこんなドア一枚で隔たれていたような。向こうは物理的な鍵で開けていたが……。


 まさか、と思いながらドアが開くのを待っていると「ブシュー」と空気が抜けるような音が鳴ってドアが開いた。開いた瞬間、俺は中から放たれる強烈な白い光に顔を腕で覆った。


「なんだこれ!」


 光が強烈すぎて何も見えない。開かれたドアの前で立ち往生していると、数分経ってようやく光が収まった。


 一体何の光だったのだろうか。目を細めながらもドアの先を見ると、ドアの先は一変して真っ暗に。しかし、直後にカチ、カチ、カチと音を立てながら灯りが点いていく。


 ドアの先にあったのは真っ白な壁が続く通路だ。近寄って壁に触れてみると、ツルツルとした材質の石で作られていた。


 長く放置されていたであろう壁は傷一つなく、汚れも一切ない。


「……進もう」


 ベイルの号令に従って俺達は通路を進んで行く。真っ白な景色が逆に不気味に思えるのは何故だろうか。


 しばし進むと、また扉があった。今度は分厚そうな壁と一体化した扉だ。こちらも先頭にいた騎士が近付くと、赤い線が放たれる。


 赤い線が騎士の体をなぞり、謎の音声が鳴り響いた。このダンジョンでは定番化した仕掛けだ。


 ブシュッと空気が抜ける音がして、重厚な扉は横にスライドしていった。


 扉の先はまた真っ暗だ。魔物がいるかどうか調べるため、俺達は扉の前で立ち止まってランプを取り出そうとしていると――またカチ、カチ、カチと音が鳴りながら灯りが点いていく。


「なっ……」


 灯りが点いたことで扉の先にあったものが露わになった。


 扉の先は超巨大な空間だ。天井も高く、高い壁には赤、青、緑といった様々な点となった光が点滅している。


 そして、空間の中心にあったのは超巨大なガラスケース。


「木の幹……?」


 ガラスケースの中には半ばで切断されたであろう太く巨大な木の幹があった。木の幹からは所々青白い光が漏れていて、周囲には淡い光を放つ玉がふよふよと浮かんでいる。


 幻想的な光景に目を奪われながら、俺達はゆっくりと中へ足を進めた。


「これは一体何なんだ?」


 中心に安置された木の幹は大事に保管されているように見える。幻想的な光を生み出していることも、厳重に保管されていることも、この巨大な木の幹がただの木ではない事を証明しているようだった。


「アッシュ、あれを見てくれ」


 ベイルに呼ばれて彼が示した場所に顔を向けると、ガラスケースの傍には金属のレリーフが飾られている。


 よく見ると、レリーフは「大樹と太陽」だ。


 もっと間近で観察しようと近付いて行くと、空間全体から「ガッゴン」と音が鳴った。突如鳴った音に警戒していると、レリーフの置かれた地面が下へと沈んで行く。


 危なかった。駆け足で近付いていたら一緒に連れて行かれてしまったかもしれない。


 安堵の息を吐いている間も空間全体には不穏な音が鳴り響く。音が鳴り止むまで警戒を続けていると――沈んだ地面がまた戻って来た。


 今度は三つの何かと一緒に。


 現れたのは横になった楕円形である金属体だ。大きさとしては、人間一人がすっぽり入れるくらい。


 地面と接着したアームがぐぐぐと動き出し、横倒しになっていた楕円形の金属体がやや斜めに持ち上がる。俺達に向けられた部分はガラス状になっているらしく、中に何があるのか見えるようになっているようだ。


 また地面が沈まないかと不安になりながらも、俺達はゆっくりとそれに近付いて行く。


 近付いて行って、衝撃を受けた。


「に、人間……?」


 楕円形をした金属体の中、ガラス越しに見た中身は「人」だったからだ。


 第四ダンジョンで見つかった人間のパーツじゃない。完全に人として完成された状態だった。

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