第259話 蛮族の村
大人しく蛮族達の後を追っていくと、俺達が辿り着いたのは蛮族の村だった。
廃材を利用して作られた柵で囲まれており、入り口には二名の蛮族が槍を持って門番を行っている。
村の中を窺うと、中には俺達が戦った戦士風の蛮族の他にも一般人らしき蛮族達まで。その中には子供や女性らしき蛮族達までいた。
彼等は基本的に家畜を飼育して暮らしているようだ。村を囲む柵と同じような方法で牛型の魔物を一ヵ所に集めて餌となる草を与えている様子が見受けられた。
家屋らしき場所は基本的に木造と廃材のハイブリット仕様。柱は金属製のようだが、屋根や壁は藁のような植物の束を利用して作られている。
「ギャウ」
「グーイ」
蛮族隊の先頭にいた者が門番に話し掛けると、二名の門番は膝を地面について頭を垂れる。その後、蛮族隊は俺が殺した者の遺体を持って村の中へと入っていた。
「グワググ」
最後尾にいた蛮族は俺達に振り返り「こっちへ来い」とまた手招きする。俺はベイルと顔を見合わせて、中へ進んでも良いものかと少しだけ相談した。
しかし、やはり蛮族達の生活様式や文化は気になる。どうしてダンジョンの中で暮しているのか、そもそも本当に彼等は古代人なのかどうか。俺達には知らねばならない秘密が多すぎる。
「オラーノ侯爵へ連絡しろ」
ベイルは現状をオラーノ侯爵へ伝えろと通信兵に命じる。彼等は背負っていた通信機を起動して、手短に現状を伝えていった。最後に「蛮族の村へ行ってきます」と会話を終える。
「よし、行こう」
俺達が来るのをじっと待つ蛮族。彼等を怒らせて敵意を向けられても面倒だ。俺達は伝わらないだろうが「お待たせした」と謝罪を口にして進んで行く。
いよいよ、村の中へ足を踏み入れるのか。
俺達が二列になって村の中へ入って行くも、門番達が槍を向けてくることはなかった。それどころか、村の中にいた一般人らしき蛮族達も敵意を見せない。
彼等の顔にあるのは「好奇心」のような……。なんだか初めて外国人を見た人みたいな表情だ。
不思議な事に一般人の方が「こいつらは敵だ」と明確な敵意は向けてこない。ただ、ちょっと多くの視線を向けられすぎて背中がムズムズする。この状況でいきなり襲われても敵意に気付けなさそうだ。
「アッシュ」
途中、ベイルが肘で俺を突いて来た。目線だけで示された場所には死体が吊るされている。
「やはり敵対していたのか」
吊るされていた死体には赤い線や模様が入っていて、地下四階にいた蛮族達だと分かった。
殺害されて晒されたのであろう四階の蛮族達は丸太に縛り付けられており、体中に打撲跡や槍で突かれたであろう傷跡が残っている。しかも、晒されている死体の中には女性や子供の姿もあった。
「……攫ったのは見せしめか?」
「敵対による処刑、もしくは僕等人間でいうところの民族的な儀式もあるのかも」
どちらにせよ、本気で根絶やしにしようとしている考えが窺える。根絶やしにする気がないなら子供や女性は生かしておきそうだし。俺達の知る人類の歴史に当てはめると、敵対民族から得た捕虜は奴隷として労働力にする方が自然なのではないだろうか?
出来れば俺達も同じ運命を辿らないようにしたい。
更に進んで行くと、今度は驚きの光景が目に映る。
「あれって第四ダンジョンにあった……」
見つけたのは第四ダンジョンにあった紫色の液体が流れ出る木と実だ。地面を掘って作ったであろう池の中心に一本生えていて、ポタポタと流れ落ちる紫色の液体が池の水となって満たされていた。
「例の成長剤ってやつだよね?」
「ああ、そうだ――って、おいおい!?」
もっと衝撃的だったのは、蛮族の男が池の水である紫色の液体を手で掬って飲み始めたことだ。
傍に液体を飲む蛮族を監視する別の者がいるのだが、液体を飲む蛮族の方は躊躇いがない。ガブガブと喉を潤すように飲み続けて――
「ムゴォ!?」
飲み続けた結果、蛮族の胸がボコンと膨らむ。まるで肉が膨張したかのように膨らんで、今度は二の腕がボコンと膨らんだ。
「ウゴ、ア、アア……」
苦しむような声を漏らし、最後は顔が変化する。右側の瞼が膨らんで右目が肉のコブで覆われた。額にはコブがボコボコ生まれて、蛮族は無事な左目から涙を流して絶叫する。
本格的に苦しみかけた時、監視していた蛮族が白い粉を頭からぶっかけたのだ。粉を吸ったであろう蛮族は気を失うように背中から倒れ、複数の蛮族によって引き摺られながらどこかへ連れて行かれた。
「……あの化け物は元蛮族だったのかな」
どう考えても豚っ鼻の化け物に変化する途中だった。あれは蛮族が紫色の液体――成長剤を摂取した成れの果てだったのだろうか。
「絶対に摂取しないよう王都研究所に連絡しないと」
人が化け物になるなど危険すぎる。既に第四ダンジョンの該当階層は封鎖されているが、もう一度警告はすべきだろう。
むしろ、ここで見れたことに感謝すべきかもしれない。
最終的に俺達は村の最奥まで連れて行かれた。そこにあったのは、人骨と魔物の骨で作られた祭壇である。
祭壇の上には大皿が二種類あって、血らしき赤い液体と先ほど池となっていた紫色の液体がそれぞれの大皿に注がれていた。
そして、それらを管理するのは蛮族の聖職者らしき者。いや、骸骨のネックレスを首から掛けているあたり、呪術師かシャーマンと表現した方が正しいのかもしれないが。
「○○×△△◇□□!」
聖職者は祭壇の前で廃材の鉄棒をカンカンカンと打ち鳴らし、祭壇の奥にある不気味な装飾品を飾った壁に声を上げた。
壁の中心には大樹と太陽が彫られている。第二ダンジョンで見たことのある絵だ。しかし、それは蛮族が彫ったものではないだろう。どう考えても精工で計算されて彫られた絵にしか見えなかった。
しばし、儀式的な行動が続くと――
「ダァァウン」
聖職者が俺達に振り返って、儀式を捧げていた祭壇を手で示す。まさか、大皿の液体を飲めなんて言わないだろうな……。
俺達が困惑していると、聖職者は裸足の足をペタペタ慣らしながら祭壇に上がっていく。そして、手で壁をペタリと触った。
「……壁に触れろってことかな?」
合っているかは不明であるが、ベイルが恐る恐ると壁に近付いて行く。聖職者の隣に立ち、壁に刻まれた大樹と太陽に触れると、壁の上部から赤い光の線が降り注ぐ。
『Please wait...Starts scanning』
どこからか声が聞こえてきた。ベイルの体に当たった赤い光は彼の体を上から下までなぞっていく。
――第五ダンジョン二階の入り口で起きた現象と同じだ。
となると、次は何が起きるのか予想できた。
「やはり扉だったのか」
ズズズと開いて行く扉。開いた扉の先には下層へ続く階段があった。
どうやら地下六階へ続く階段は蛮族の村にあったようだ。正直、平和的に辿り着けて良かったと思う。
……扉が開かれたことで蛮族達が俺達に敵意を向けなければの話だが。
しかし、懸念した事態には発展しなかった。
儀式を見守っていた蛮族達が俺達に向かって膝をついて頭を垂れたのだ。聖職者など手を組んで祈りを捧げるようなポーズをベイルに向けている。
「こ、これは?」
「さぁ……?」
彼等の中で俺達はどんな存在になったのだろう? 態度を見るに、初めての外国人から神の使者にランクアップか?
まさかと思うが、完全に否定できないのが怖いところだ。
「下に向かうべきだと思うか?」
俺がベイルに問うと、ベイルは階段を覗き込む。階段の下を確認したと思われるベイルは、俺に振り返って言った。
「……その前にオラーノ侯爵を呼ぶべきだね」
そう言って、彼は階段に向かって指を差したのだ。俺は気になって彼の隣に並び、下層へ続くであろう階段を覗き込むと――
階段はどう見ても地下六階へなんて続いていない。あったのは、果ての見えない穴に沿って続く螺旋階段だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます