第258話 蛮族との決闘


 お互いに剣を構えると、無言のまま挙動を探り合う。俺はこのまま身体能力を向上させて一気に懐へ入り込もうか少し悩んでしまった。


 剣のリーチは向こうの方が長い。一瞬で背後に回り込めばリーチの差は無くせるが、地下四階の蛮族が見せたように魔法を使う可能性も捨てきれない。


 相手の手札が未知数だ。未知数な状態で迂闊に飛び込んで、手痛いしっぺ返しを食らったら笑い話にもならない。


 ただ、悲観的な考えばかりじゃない。俺が握るのは灰燼剣。相手の剣を受け止めて剣自体を灰に変えてしまうという手もある。


 やはり、この場は「待ち」の姿勢を貫くべきか。


「グルル……」


 独特な声を漏らした蛮族の目は「こちらから行くぞ」と語っているようだった。その証拠に両手で握る大剣を水平に持ち上げた蛮族が、腰を落として足に力を入れたのだ。


「グワッ!」


 蛮族は大剣を突き出しながら、前へ飛ぶようにして一気に間合いを詰めてくる。その速度と瞬発力は身体能力を向上させた目ではないと追えないほどで、第四ダンジョンにいた黒いビーストマンを思い出させる。


 俺は目に魔力を注いで更に集中力を高めていく。蛮族の動きがスローモーションになったところで体全体を強化。相手のスピードに合わせ、タイミングよく灰燼剣で剣を弾く。


 カキン、と灰燼剣と大剣がぶつかった。確実にぶつかって、その感触もあった。


 しかし、相手の大剣は灰に変わらなかったのだ。


 その代わり、当たった瞬間に灰燼剣と相手の大剣の間にバヂンと弾けるような火花が散った。


「え?」


 散った火花は金属同士がぶつかって発生するようなものじゃなかった。灰燼剣と相手の大剣からはバチンバチンと静電気のような音が鳴る。


 灰に変わらなかったこともそうだが、この反発し合うような状態も魔力的な干渉を受けているのは明らかだ。


 もしかして、向こうの大剣も「魔法剣」なのか? いや、正確に言えば魔法剣のようなゴーレムの腕、というべきか。ゴーレムの腕であることを考えると、使用されている金属が問題なのだろうか?


 何にせよ、灰燼剣の灰化は封じられた状態だ。ここからは単純に使い手の技量による勝負となる。


 ……猶更油断はできない。迂闊に突っ込まなくて良かったと思ってしまった。


 俺は相手の一挙一動を逃すまいと集中力を高めていく。


 剣の動き、腕の動作、僅かに動く足の角度。呼吸によって動く上半身にも目を向けて――相手が動き出すタイミングを計り続けた。


「グワッ!」


 短く吼えた蛮族が剣を上段に振り上げ、一足で間合いを詰めて来る。これに対して俺も間合いを詰めて、振り下ろされた剣を高い位置で受け止めた。


 至近距離で相手と睨み合うが、足に力を入れて腹を蹴飛ばす。大きく一歩、二歩、三歩と下がった蛮族を追うように距離を詰めて、今度は俺が横薙ぎに剣を振るう。


 俺の攻撃も相手の剣に受け止められた。再び鍔迫り合いが始まるが、ほんの数秒で互いに離れて間合いを作る。


 ここからは蛮族の攻撃が大きく、そして速くなった。攻撃を躱す俺の動きも大きくなっていき、どんどんと俺達の位置が入れ替わる。


 剣を振る勢いも全力に近いものとなっていき、俺は常に身体能力を向上させた状態での戦いを強いられる。


「チッ!」


 まずいな。体内魔力がみるみる減っていく。このままでは俺が先に力尽きそうだ。


 俺の心には焦りが生まれるが、それを自覚した俺は大きく距離を取って息を吐く。こういう時こそ冷静にならなければ。


 再び剣を構えて、相手の挙動に集中する。これまでの打ち合いで判明したのは、相手が大振りをする際は決まって上段だということだ。


 剣術が未熟なのか、ただ単に我流なのか。最も打ちやすい形で打ってくる。真っ直ぐ素直な剣だが、それ故に力強くて厄介だ。


 躱して斬るか。それとも受けて斬るか。最初の選択肢次第で流れが変わる。


 ただ……。何となくだが、俺は相手を圧倒して倒さないとダメだと思った。蛮族の代表者である奴を圧倒して、観戦する他の仲間達に知らしめねばならないと。


 だとしたら――


「グワァァッ!」


 相手は上段に剣を構え、一気に踏み込んで来た。俺もやるしかないと覚悟を決めて、力を振り絞りながら前へと出る。


 上段からの一撃を剣で受け止め、剣の刃で大剣の刃をスライドさせていく。正しい位置までいったら手首を使って相手の大剣を絡め取った。


 相手の手からは大剣が零れ落ちる。その隙に俺は剣を戻し、突きの構えを取る。蛮族の顔には驚きの表情が張り付いているが、俺はそのまま相手の心臓に剣を突き刺す。


「ガ、グワ……」


 心臓を破壊したからか、蛮族の体から力が抜けていくのが分かった。剣を抜くと、蛮族の体は地面に沈む。


 しかし、どうしてか蛮族の体は灰にならない。


 疑問に思いつつも、丁度良いと思った。


 血を払って鞘に剣を収めたあと、俺は大剣を拾って蛮族の傍に突き刺した。そのまま数歩下がり、戦いを見守っていた蛮族達の軍勢を無言で見る。


 蛮族達は全員固まっていた。目の前にある光景が信じられないといった雰囲気が感じられる。


 しかし、数名の蛮族が仲間に武器を預けて近寄って来た。彼等は俺が殺した蛮族の死体を抱え、もう一人が大剣を抜いて俺を見る。


「グワ」


 そして、手招きするのだ。


「え?」


 俺が訳も分からず固まっていると、歩き出していた蛮族が足を止めて再び俺に振り返る。そして、また手招きするのだ。


「ついて来いってことか?」


 俺は首を傾げながらも蛮族について行きつつ、途中で後方のベイル達に振り返った。彼等に俺も手招きして「一緒に来てくれ」とジェスチャーを行う。


 俺が蛮族に近付き、急いで追いついてきたベイルと本隊が蛮族の一団に接近しても蛮族達は文句を言わない。それどころか攻撃するような意思さえ見せなかった。


 どうやら「ついて来い」という指示で間違いなかったようだ。


 蛮族の一団について行くと、俺達が辿り着いたのは――


「蛮族の村か?」


 いくつかの集落を統合させて作ったような、蛮族達の生活拠点に案内されたのだった。

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