第256話 地下五階の蛮族達 1
俺達は階段を降りた直後の襲撃に備え、盾を持った重装兵を先頭に配置して移動を開始。
ゆっくりと降りて行くと、俺達の前に広がっていたのは緑色の草原だ。地下四階のような森はなく、果てしなく続いているように思える広大な草原が広がっている。
そして、地面に生えている草をハムハムと食べているのは長い角がぐるんと丸まった牛である。牛は草を食べながら三本の尻尾をぶんぶん振っていた。外見から察するに魔物なのは確かだと思う。
他には不気味なオブジェも。磔にされた蛮族の死体がそのまま放置されており、それらは四つほど並んでいた。死体には槍や斧のような武器が刺さっていて、処刑された当時のまま放置されているようだ。
加えて、死体の体には赤い線や模様があった。処刑されたのは四階にいた蛮族のようだ。
長閑な景色にミスマッチな残虐性の高い光景が一番目立つかもしれないが、俺達の目の前にはもう一つ。
「どうする?」
「どうするって言われても……」
階段を降りた直後、俺達を待ち受けていたのは体に青い線や模様を入れた五十人程度の蛮族達である。彼等も階段前で戦った蛮族と同じような見た目だ。
やはり待ち伏せされていた。ある意味、予想通りの状況ではあるが――
「○×□□◇!!」
五階の蛮族達は俺達に槍の先端を向けつつ言葉を発する。だが、申し訳ないが俺達には理解できない言語だ。
何を言っているのか分からず、俺達にとっては奇声をあげているようにしか感じられなかった。
「○○▽△◇! ヒューマ!」
一部だけ「おや?」と思う部分がある。特定の単語を言った直後に俺達へ指を差すのだ。
もしかして、俺達のことを表す単語なのだろうか?
ただ、結果は四階と同じく「敵対」である。一方的にこちらへ何を言い放って殺そうとしてくるのはどうかと思わないか。もうちょっと歩み寄れと言いたい。
「ギャァァッ!」
ただ、殺されると分かって「はい、そうですか」とはならんだろう。向かって来るならそれなりに対応せねばならない。
だからこそ、俺は槍を構えて突撃してきた蛮族の腹を剣で裂いた。俺の一撃が開始の合図というわけじゃないが、他の者達も応戦を始めて五階の蛮族達と本格的に戦闘が始まる。
「フンッ!」
中でも猛威を奮うのは重装備に身を包むウィルや重装兵達だ。
重装兵達は盾で槍を受け止めつつ、カウンターでメイスを叩き込む。鈍い音が連発され、骨を粉砕された蛮族達はどんどんその場で崩れ落ちていく。
ウィルはバトルアクスを振り回して……。表現を躊躇うほどの有様である。あっという間に蛮族達を殺害して、残りが数名になった頃。
「ギー!」
槍をこちらに向けながら数歩下がり、俺達と距離を取り始めた。生き残っている蛮族達は頻りに後方を気にしていて、それを見た俺は「援軍を待っているのか?」と思った。
だったらさっさと倒した方が良い。身体能力を強化して一気に踏み込み、残っていた蛮族達の首を刎ねる。
このまま即時移動を開始しようとベイルに提案するが――
「いや、遅かったみたいだ」
階層の奥からドドドドと土煙を上げながらやって来たのは、蛮族達の軍隊だろうか? 大量の足音は蛮族達が乗るイノシシみたいな魔物の足音らしい。
しかも、正面から向かって来る蛮族は地下四階の蛮族やたった今殺害した蛮族と違って鎧のようなものを身に着けている。徐々に近づいて来る蛮族達を観察すると、身に着けている鎧はゴーレムの装甲みたいだ。
人型ゴーレムの装甲をそのまま体に身に着けて防具として用いている。もちろん、手には黒い金属を括りつけた槍や斧が握られていた。
ただ、気になるのはイノシシ型の魔物に騎乗してやって来た者達の後方にいる四体の「化け物達」だ。
身長は二メートルほどの人型で、体全体が膨れ上がっていると言えばいいだろうか。腕や脚は蛮族達より四倍以上も太い。体中の肉には団子状のコブが所々にあって、それは頭部にまで及んでいた。
頭部には頭髪がなく、顔の肉が盛り上がってしまっている。片目なんて肉が膨れて潰れているように見えるが……。鼻は豚のようになっていて、体中にあるコブも相まってとにかく病的な見た目だ。
汚れた白い体には小汚い腰布が巻かれ、首には首輪のようなものがはめられている。首輪と繋がった鎖を引っ張る蛮族がいるあたり、蛮族達に使役されているのが窺える。
「○×□□◇!! ○○▽△◇! ヒューマッ!」
まただ。また何かを叫んでは槍の先を俺達に向けている。
ただ、イノシシ型の魔物に騎乗した蛮族達は動かない。代わりに動き出したのは、彼等に使役されている化け物達だった。
「ブギャァァァッ!!」
計四体の化け物の首から鎖が外され、鎖を握っていた蛮族が化け物の尻にムチを放つ。痛みからなのかは知らないが、化け物達は悲鳴のような声を上げて俺達に向かって走り出した。
少し走ったあと、化け物はぴょんとジャンプする。その巨体で飛べるのかと思えるほど高く飛んで、俺達の頭上に落ちて来るのだ。
「回避ッ!」
まともに食らったら絶対に死ぬ。
その考えは正しく、俺達がその場から離れると頭上に落ちて来た化け物は素手で地面を破壊した。両手を握った状態で落とされた拳は地面を抉って小さなクレーターを作り出したのだ。
「ブギャアァァ!」
地面が破裂して土煙が舞うも、化け物達は土煙を掻き分けて俺達を殺そうと急接近。一体は俺に向かって拳を振るってきた。その拳に合わせて俺も剣を振るが――剣と拳が当たった瞬間に「ゴリッ」と嫌な音が鳴って剣が止められてしまう。
「か、かたっ!?」
剣を受け止めた拳からは赤い血が飛散する。だが、それだけだった。剣は硬い骨に当たって先に進まない。
「ブモォォォォォッ!!」
剣を受け止めた化け物はもう片方の腕を横から振るう。咄嗟に体勢を低くして躱し、ガラ空きになった腹へ剣を突き刺す。剣先が肉に突き刺さって大量の血を噴出させるが、化け物は腹に刺さった剣を手で直接掴んだ。
「ブギィッ!」
そして、そのまま剣を握り締めて変形させてしまったのだ。剣を握った手からはダラダラと血が流れるも気にしていない。いや、痛覚が無いのかもしれない。
どちらにせよ、俺の使っていた魔導剣はオシャカだ。借りてから一ヵ月に経ってない新品なのに。
魔導剣を失ってしまったからには、下がって予備の剣をもらうか腰にある灰燼剣を抜かねばならない。どうしようか迷ったが、直後にウィルの叫び声が聞こえてきた。
「アッシュ隊長、退いて下さいッ!」
俺は素早くバックステップ。斜め横後方から突っ込んで来たウィルに場所を明け渡す。
「ぬああああああッ!」
俺の代わりに化け物と対峙したウィルは雄叫びを上げながらバトルアクスを横に振り抜いた。化け物は腕を盾にしてバトルアクスを止めようとするも、ウィルの怪力と魔導具化されたバトルアクスによる合わせ技には耐えられなかったようだ。
「ブギャウウウウ!?」
化け物は盾にした腕を切断され、そのまま胸の肉を抉るように斬り取られる。しかし、絶叫する化け物は痛みで苦しんでいるというよりも、自慢の腕を切断されたことへ驚いているようだった。やはり痛覚はないのかもしれない。
そのままウィルと化け物の怪力バトルが勃発するが、そう長くは続かなかった。
「おおおおおッ!!」
ウィルが縦に振ったバトルアクスに対し、化け物は拳で抵抗する。振り下ろされたバトルアクスの刃に向かって拳を突き出すが、化け物の拳はぐちゃりと叩き潰されてしまった。
手首のあたりで刃が止まるも、両腕が破損したことで攻撃手段を失ってしまったようだ。
両手が無くなった事に対して動揺する化け物。対し、ウィルは容赦なくバトルアクスを横に振る。一発目は腹にぶち当たり、当たった衝撃で化け物が地面へ横倒しになった。
倒れた瞬間を逃す事無く、ウィルは化け物の首元にバトルアクスを再び叩き落した。化け物の太い首は切断され、醜い顔が宙を舞う。
「うおおおおおおッ!」
化け物を狩ったウィルは雄叫びを上げた。彼の勇猛な戦いっぷりと雄叫びは仲間達の士気を上げるには十分だった。
逆に蛮族側は何か小さく言葉を呟いているようだったが、あれはウィルの気迫に圧倒されていたのだろうか。
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