第255話 蛮族の集落
俺達は集落に残されたテントの中や蛮族達が使っていたであろう日用品を調べ始めた。
まず蛮族達は原始的な生活を送っていたことが明らかになる。これについては「やっぱり」という感想だ。
テントの中には草や葉で作られた寝床があって、家族単位で暮らしていたと思われる。集落の外には焚火を起こした後があり、それらは周辺の木から枝を採取して利用していたようだ。
食べ物は木の実を食べていたのか、金属製の箱の中にぎっしりと赤い実が詰まっていた。この箱だけ異質だが、上層階から持って来た物だろうか?
他にも動物の肉を食べたと思われる痕跡が発見された。綺麗に肉を削ぎ落した骨が残っていたのだ。頭部の骨から見るに牛に近い動物だと思うのだが、これは魔物なのか?
魔物であれば毒性のある血を持っているはずだが、蛮族達は俺達人間と違って紫色の血を流す魔物も食べられるのかもしれない。この辺りもよく調べたいところだ。
「アッシュさん、来て下さい」
俺はレンに呼ばれて、彼が調べていたテントの中を覗き込んだ。
中にあったのは蛮族の腹から血を流して死亡したと思われる死体だ。体型から察するに女性らしい。
「男女の性別があるのか……」
リンさんは蛮族を古代人だと判断していたが、これでもう確定だろう。蛮族には男女の性別が存在しているし、集落を作って生活していることから「魔物」ではない。
「これを見て下さい。防御傷に見えませんか?」
レンが注目したのは死体の手にできた傷だ。鋭利な刃物によって切られたのか、ぱっくりと肉が裂けていた。それと同じ傷が両腕にいくつかあって、抵抗した末に腹を刺されたといった様子が読み取れる。
「何者かと争い、何かを守っていたのか?」
傷跡から見ても相手は刃物という道具を使っていたはずだ。傷口も荒くないし、これは魔物と戦ったとは思えない。
となると、相手は俺達人間のような存在――蛮族同士で争ったのか?
「女性が体を張って守ろうとするものって一つしかありませんよね?」
俺も父親になったからよく分かる。
「ああ、彼女は子供を守ろうとしていたのか」
恐らくは間違いない。彼女は自分の子供を守ろうとして殺されたのだろう。
しかし、集落には蛮族の子供と思われる存在や死体は残っていない。この状況を作り出したのが別の蛮族だとしたら、子供達は連れ去られたのか?
「どちらにせよ、一旦ベイル達と合流しよう」
俺達は証拠になりそうな物を持ち出し、本隊が待機する場所まで戻って行った。
森から出ると、丁度ベイルが俺達に気付く。彼は「おや」と不思議そうに俺達を見るが、持ち帰った金属製の箱や槍を見て察したようだ。
「蛮族はいなかったのかい?」
「ああ、殺されていたよ」
俺は結果を口にしたが、さすがにベイルもそこまでとは考えていなかったらしい。ギョッとした顔で俺を見つめていた。
「え? 逃げたんじゃなく?」
「ああ。何者かに殺されていた。酷い有様だ」
俺達は荷物を下ろすと、ベイルに見たままを語っていく。
荒された集落、引き千切られたような死体、蛮族には男女の性別があること、恐らくは子供が攫われていること。
事実を語るとベイルは「なるほど」と重々しく頷いた。
「問題は集落を襲った者達がどこへ行ったかだね」
ベイルは階層の奥を見つめるが、襲撃者達はまだこの階層に潜んでいるのだろうか?
「襲撃者を探すか?」
「……出来る限り追跡はするべきだろうね。いつか僕達を襲撃するかもしれないし」
相手の正体は探っておきたい。そう言ったベイルは先を進みながら襲撃者達の痕跡を探すことを決定した。
俺達は階層の奥へと進んで行く。同時に横で広がる森にも注意を向けて、襲撃者が飛び出して来ないかどうか警戒し続けた。
「副団長!」
歩いていると、先頭にいた騎士がベイルを呼んだ。俺はベイルと共に先頭へ向かう。すると、しゃがみ込んだ騎士が地面を指差した。
「見て下さい。足跡です」
騎士が見つけた足跡は複数あって、俺達人間に似たサイズの足跡と二倍はあるであろう大きな足跡の二種類が残っていた。
どちらも森から出て来たようだ。二種類の足跡は同じ方向に向かって続いていることから、一緒に行動していることが分かる。
「向こうは……」
「階段がありそうじゃないか?」
足跡が続く方向は階層の奥。恐らくは下層に向かう階段を目指しているのではないかと思われる。
足跡を追跡していくと、やはり見つかったのは下層へ続く階段だ。
「確定だな。階層間を移動している」
「だね。ダンジョンの制約に囚われていない。これは厄介になりそうだ」
だが、俺達は向かわねばならないだろう。真実を知るためにも。
偵察隊が先行して階段を降りて行き、下層がどのような状態になっているのか確かめに行った。五~六分したあと、偵察隊全員が戻って来る。
「下も草原でした。ただ、下層には魔物がいます」
そう聞かされて、俺はピンときた。
「もしかして牛みたいな魔物だった?」
「そうです。牛にしては角がやけに長かったですが、体は茶と白の模様でしたね」
やっぱりか。集落にあった牛に似た骨は地下五階に生息する魔物なのかもしれない。
となると、蛮族達は地下五階で狩りを行っていた? 狩った獲物を地下四階に持ち帰っていたのだろうか?
「下層にいる蛮族と縄張り争いでもしていた――後ろだッ!」
ベイルが言葉の途中で叫び声を上げながら剣を抜いて飛び出した。何事かと顔を向けると、階段を上がって来たであろう二人の蛮族達が槍を構えて襲い掛かってくる瞬間だった。
慌てて俺も剣を抜き、背中を向けていた騎士を横に突き飛ばす。間一髪助けることができた。
「ば、蛮族!?」
「戦闘準備!」
俺は戸惑う騎士達に号令を叫び、突き出された槍を剣で弾いた。こいつらも棒の先に黒い金属を括りつけた原始的な槍を使っている。
体には赤い線ではなく、こっちは青色の丸や三角を描く模様になっていた。
「部族の違いみたいなもんか!?」
体に描かれた模様や色の違いだけじゃなく、戦い方も微妙に違う。地下四階で戦った蛮族は前へ前へと出てくる戦い方だったが、地下五階からやって来たであろう蛮族はヒットアンドウェイでの攻撃を繰り返す。
これはただ単に目の前のコイツがそういう戦い方を好むだけなのか? 単に個性というだけなのだろうか?
他にも違いはあって、地下四階の蛮族と比べると頭部が少し小さいか? 耳も長くないし、肌も病的に真っ白というわけじゃない。
蛮族が魔法を使う事を警戒して様子を見ていたが、魔法を使う素振りも見せなかった。
「だったら――」
逆に前へ出てやる。俺は身体能力を向上させ、相手の後ろに回り込んだ。
「ギッ!?」
俺のスピードにはついてこれなかったらしい。目の前から消えた俺に驚き、勢いよく後ろを振り返ってまた驚いていた。
慌てた蛮族は槍を突き出そうと脇に絞るが、突き出される前に俺の剣が首を刎ねる。
相手していた蛮族を倒し、ベイルに顔を向けると彼も蛮族の胴体に剣を差し込んでいる瞬間だった。襲撃者二名を殺害するも、まだ油断はできない。
俺とベイルは階段に剣を向けながらしばし待機するが――
「二名だけか」
「そのようだね」
階段を上がって来る蛮族はもういないようだ。俺達は剣を収め、後ろに数歩下がってから警戒を解く。
「……偶然だと思うかい?」
「偶然じゃないだろうな。偵察隊を見つけて追って来たんだろう」
戦い方は違うが、蛮族は総じて好戦的だ。俺達を見つけたら容赦なく狩ろうとしてくる。
先ほどの不意打ちといい、地下五階は四階にいた蛮族よりも警戒しないとマズそうだ。
相応の覚悟を持って挑むべきだと思いながら、俺は階段を睨みつけた。
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