第254話 蛮族の調査


 負傷者を連れて地下一階へ戻ると同時に俺達は襲って来た『蛮族』の死体も何体か持ち帰る。比較的綺麗な状態の死体を選んで持ち帰り、オラーノ侯爵や学者達に見せた。


「これは……」


 事前に通信兵を通してオラーノ侯爵には伝えていたが、それでも実際に見ると言葉が出ない様子。


 そりゃあ当然だろう。見た目は完全に人なわけだし。魔物とは言い難い輩だ。


「これは魔物か?」


「どう、でしょう……。調べてみないと何とも……」


 オラーノ侯爵は学者の代表であるリンさんに問うが、リンさんもまた答えは出せない。


 とにかく、まずは死体を調べることになった。それまでは調査隊も一時調査を中断することになったのだが、暫定的な結果が出たのは翌日の夕方だった。


「これは人間です。いや、人間とほぼ同じ生き物と言った方が正しいですね」


 地下一階に設置した司令室にて、リンさんが死体の解剖結果を持ち込みながら説明する。


 彼の報告によると、体内からは人間と同じ形をした臓器があったという。臓器が配置されている位置も人間と同じであった。


 骨格にも類似点が複数見受けられたが、唯一違うのは背骨の太さと肋骨の本数など少しだけ違う点も見つかった。


「驚いたのはアッシュさん達がリーダーと呼称していた個体です。あの死体からは魔法使いにしか存在しない臓器が発見されました」


「つまり、蛮族のリーダーは魔法使いだったと?」


「そうです。槍に炎を宿したと言ってましたよね? 恐らく、それは魔法ですよ」


 まさかの事実に俺達は驚きを隠せない。


「他の個体は魔法使いではないのか?」


「ええ、違います。他の個体は人間に限りなく近いですね」


 じゃあ、何者なのか。そう問うたオラーノ侯爵にリンさんは更なる衝撃的な事実を告げる。


「古代人かもしれません」


「え?」


「第二ダンジョンや第四ダンジョンで見つかった白骨化死体を覚えていますか? あれらの死体は頭部が人間の物よりも少し大きいと言ってましたよね? 今回運び込まれた蛮族の頭部はあの骨の形と一致します」


 まさか、古代人が生き残っていたのか? 衝撃的な事実に俺達は言葉が出ない。


「ただ、おかしいと思いませんか? 僕等よりも優れた技術を持ち、ダンジョンなんて地下施設を建造する古代人がどうして蛮族のようになってしまったのか」


 リンさんの疑問を聞いて確かにと思った。


 古代人は俺達よりも優れた人類だったのは既に証明されている。


 しかし、古代人と思われる者達は蛮族のような恰好をして、加工も未熟な棒の先に金属を括りつけただけの槍という原始的な武器を用いていた。


 今まで残され、発見されてきた古代の遺物からすると差があり過ぎる。魔法剣やら魔法の杖やら現代人には開発できなかった凄まじい兵器すら開発していたのに。


 遭遇した者達が本当に古代人ならば、魔法剣同様もっと高度で凄まじい装備品を身に着けていても良いと思うのだが。


「原始的すぎる理由はなんだ?」


「分かりません。それに地下二階の街を放棄した理由も同様です」


 加えて、彼等が古代人なら地下二階の街で暮さない理由もよく分からない。どうして彼等は地下四階にある草原にいたのか。あの森の中に彼等の住処があるのだろうか?


「ベイルーナ卿の意見も聞きたいところです」


 最後にリンさんはベイルーナ卿が何と結論を出すのか知りたいと言った。確かベイルーナ卿がやって来るのはもう少し先だったはずだが、今回の件を知ったらどれほど興奮するのだろう。


 暴走して現地へ向かうと言い出す様が容易に想像できた。


「地下四階はどうします? 森の中を調べますか?」


 ベイルの質問に対し、オラーノ侯爵はしばし悩む。


「……こちらを敵と認識するなら応戦せねばなるまい。仮に奴等が古代人だったとしたら、ダンジョンの法則など当てはまらんだろう」


 ダンジョンの法則。それは魔物が階層間を移動しないという点。


 仮に彼等が古代人ならば、これまで王国が築き上げてきた法則性への理解など当てはまらない。奴等は俺達を敵として認識したら、徹底的な交戦が予想される。


 もしかたら、上の階層に上がってくるかもしれない。このキャンプ地を襲う可能性だってあるのだ。


 最悪、ダンジョンの封印を解いたことで地上に出て来る可能性も。


「となれば、我々は古代人を止めねばならん。ここは帝国に近いが、王国南部にも近いのだからな」


 外に出て古代人が暴れ回ったらどうなるか。最悪のシナリオだけは避けたい。


 避けるならば、古代人をダンジョン内に押し留める以外に道はなく……。


「徹底的な排除ですか」


「最悪の場合は、だがな。状況を判断するためにも情報は必要だ」


 オラーノ侯爵は森の中にあるかもしれない蛮族の居住地を探る必要があると判断した。


 彼等がどのような生活をしていて、どうしてこうなってしまったのか。現状と原因を探ることで全面戦争を避けられるかもしれない、と。


「交戦については現場の判断に任せる。危険性があるなら容赦するな。我々が死んでやる理由もないのだからな」


「承知しました」


 俺達は部隊を再編し、再び地下四階へ。


 先日と同じく謎のオブジェに目を向けるが、今回はこのオブジェが何なのかある程度予想できた。


「これはあの蛮族が作ったんだろうね」


「儀式じゃなく、縄張りへの意思表示なのかもな」


 不気味な呪術的な意味はなく、ここは俺達の縄張りだと主張しているだけなのかもしれない。まぁ、それにしてもオブジェが不気味なことに変わりはないのだが。


 ただ、変わったことがもう一つ。


「あれ、煙じゃないか?」


 蛮族が出現した森の中から黒い煙が上がっていたのだ。


 予想通り蛮族は森の中で暮しているのだろうか? 原始的な暮らしをしているのだろうか? 気になりつつも、俺達は先日戦った位置まで進む。


「死体が消えてる」


 遭遇戦が起きた場所に放置されていた死体が全て消えている。地面に血の跡が残されているだけだった。


 森の中にいる他の仲間達が死体を回収したのか。そう予想しながらも、俺達は偵察隊として十名ほどのチームを結成。


 構成されたメンバーはジェイナス隊と騎士八名。ベイルから偵察隊の指揮権をもらいつつ、俺達は森の中を進むことになった。


 木々の影に隠れながら煙が上がっていた方向を目指して進むと、森の中にはぽっかりと開いた広場があるようだ。木や草を排除して作った広場にはテントのような物がいくつも設置されていた。


「集落ですかね?」


 戦い方と武器が原始的ならば暮らしも原始的。どうして街を放棄したのか余計に気になる。


 ただ、どうにも様子がおかしかった。集落にはいくつもテントらしきものがあって、明らかに蛮族達の生活感が見られる。


 しかし、集落からは声が聞こえない。俺達に気付いて潜んでいるのかとも思われたが……。


「アッシュさん」


 隣にいたレンが俺の肩を叩き、小声で名を呼びながら奥を指差した。


 彼が指差す方向には、テントの影からはみ出る蛮族の足があった。どうやら地面に倒れているようだが……。


「もう少し接近しよう」


 ゆっくり音を立てずに接近していく。集落全体を見渡せる位置まで到達すると、俺達が見たのは衝撃的な状況だった。


 なんと集落に暮らしていたであろう蛮族達が殺されていたのだ。


「おいおい……」


 俺達は隠れていた木の影から身を晒し、堂々と集落に近付いて行く。


 こんなにも堂々と姿を晒しているのに誰も声を上げやしない。それは生き残りがいないという意味に繋がる。


「これは酷いですね」


 死亡していた蛮族の死体は無残な状態だった。近くにあった死体は何か重量のある物体で押し潰されたような状態になっており、別の死体は無理矢理胴体と下半身を千切られたような状態だ。


 先ほどレンが見つけた足も何者かに千切られた蛮族の片足だった。


 総じて凄惨な虐殺現場といった感じであるが、これは魔物にやられたのだろうか?


「人を引き千切ったような状態ですよ? とんでもなくデカい魔物なんじゃないですか?」


 第四ダンジョンにいたビーストマンや巨大亀の例もある。さすがに巨大亀くらいの大きさならとっくに捕捉されているだろうが、ビーストマンサイズなら森に潜んでいても身を隠せるか。


「周囲警戒しながら探ろう」


「ええ」


 俺達は蛮族達を殺した何者かを警戒しながらも、集落の中を調べ始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る