第253話 正体不明の人型生物


 謎の物体、もしくは儀式用か呪術用に用いられるような奇妙で気色悪いオブジェを目撃した俺達は草原を奥に向かって進んで行く。


「またありました」


 進んで行くと、先頭を歩いていた騎士がまた骸骨が取り付けられたオブジェを発見した。今度は左手側にある小さな森の入り口にあった。


 等間隔で設置されているわけではなさそうだが、これは何らかの目印か何かなのだろうか?


 二本目のオブジェに近付くと、やはりネックレスのような物が掛かっていた。


 二本目のネックレスは一本目と少し違う。キラキラ輝く宝石のような物が取り付けてあって、よく見ると宝石の正体は小さな魔石だった。


「魔石?」


「ということは、魔物がいるってことかな?」


 このオブジェを誰が作ったかはさておき、魔石があるということは魔物が存在することの証明になる。


「でも、鳴き声一つ聞こえませんよ?」


 レンの言う通り、周囲からは魔物の鳴き声は聞こえない。これだけ多くの人間達が階層内を歩ていたら、一匹くらいは飛び出して来ても良いと思うのだが。


 しかし、噂をするとそれが現実になるものなのか。オブジェを観察していると、小さな森の奥からカサカサと草を掻き分けるような音が鳴った。


 聞き逃さなかった俺は黙ったまま手を挙げる。そして、音の鳴った方向を指差した。


 全員黙ったまま音の方向を見つめていると――また草を掻き分けるような音が鳴る。


 果たして音の正体はどんな魔物か。全員が武器に手を伸ばしていると……。


「え……?」


 ガサッと一際大きな音と共に姿を現したのは、人だった。


 いや、人と呼んで良いものだろうか?


 身長は百七十センチ程度、晒した肌は病的に白い。黒板に文字を書くチョークのような白さだ。頭部に髪はなく、耳は俺達人間よりも少しだけツンと長かった。


 身に着けている物はボロボロの腰布のみでほぼ裸に近い状態。白い肌の胴体には赤い液体で書いたと思われる線がいくつも入っていた。


「ガァァ……」


 そして、その人らしき人物は鋭利な歯を見せながら俺達を威嚇する。威嚇した途端、瞳の瞳孔が縦になって獰猛な獣のような視線を送ってきた。


 ただ、俺達としては困惑しかない。


 目の前にいる人物は「人間」として扱って良いのか、それともダンジョンに生息する「魔物」と扱って良いのか。


 見た目は完全に俺達同様「人」である。だが、どうにも話は通じなさそうだし、ガパッと開けた口の中に生える歯も人のモノには到底思えない。


「アギャギャギャ! ギャアアアアアアッ!!」


 俺達が困惑していると、その人物は大声を上げる。強烈な声は思わず耳を塞いでしまうほどで、俺達はより困惑が強くなっていく。


 すると、森の奥から更に「ガサガサ」と草を掻き分ける音が聞こえてきた。しかも、草を掻き分けてやって来るであろう者達は複数体だと思われる。


 俺の予想通り、草を掻き分けて現れたのは目の前にいる人物同様に肌が病的に白い人物達だった。


 身長や見た目は最初に現れた人物と同じ。だが、続々と現れる者達の手には黒い金属を先端に取り付けた槍が握られていた。


「ギャギャギャッ!」


「ギャァァァッ!」


 総勢二十名。森の中から現れた彼等は目を血走らせながら俺達に威嚇する。


「手に持っているのは槍か? あの金属、上の階にあった黒い金属じゃないか?」


「そう見えるけど……。さて、この状況はどうしようか」


 彼等は俺達を「敵」と認識しているように思える。俺達も万が一に備えて武器を抜いて対峙するが……。まさに一触即発といった雰囲気が漂う。


 だが、状況が変わったのは森の奥から遅れて現れた最後の一人が来てからだ。他の者達は白い肌の胴体にだけ赤い線が入っているのだが、この人物だけは顔にも赤い線が入っていた。


 他の者達のリアクションを見る限り、遅れて来た人物がリーダーのようだ。


「ズレィィブ……」


 リーダーである人物は俺達に向かって指を差す。他の者達と違って言葉のような、何かしらの単語を口にしたと思われるが、俺達は当然意味が分からない。


 すると、リーダーは持っていた槍を地面に突き刺して――


「ギルッ!!」


 号令らしき言葉を発すると、周囲にいた者達が俺達に襲い掛かる。


「ギャギャギャッ!」


「クソ、応戦!」


 襲い掛かる者達の速度は異様に速く、一気に距離を詰められてしまった。騎士達は盾を掲げて初撃を受け止めるが、彼等の持っていた槍の威力は凄まじい。


 いや、先端に取り付けてあった金属の威力かもしれない。無茶苦茶な勢いで突き出された槍は王国が開発した合金製の盾をほんの少しだけ突き破ったのだ。


「嘘だろッ!?」


 盾の内側に槍の先端がほんの少しだけ見える。盾を持っていた騎士も怪我は負わなかった。だが、突き破ったのは事実だ。


「あの槍はヤバイぞ!」


「援護してくれ!」


 騎士達は必死に応戦する。盾に突き刺さった槍ごと相手を押し返し、間合いが開いたところで剣を腹に突き刺した。


 相手がほぼ裸状態ということもあって防御力は皆無。しかし、腹に剣が突き刺さったままの状態でまだ動くのだ。


「ギャアアアアッ!」


 腹に剣が突き刺さったまま、騎士の腕を掴むと鋭利な歯で首元に齧りつく。第四ダンジョンにいたビーストマンを連想させるような攻撃だ。


 首に食らいつかれた騎士は絶叫するが、そのまま肉を齧り取られてしまった。


 他にも槍さばきが異常なほど達者な者もいて、一人二人と騎士を串刺しにする者まで。


「ウィルッ! レンッ!」


 この勢いはマズイと感じた俺は、仲間に声を掛けて自ら仕掛けることに。魔導兵器である剣を抜き、魔導効果を発動させながら騎士を襲う者へと斬りかかる。


 今まさに騎士の胴体を突こうとしていた腕を斬り飛ばし、そのまま剣を戻して首を刎ねた。


 隣ではウィルがショルダータックルをぶちかまして相手を吹き飛ばし、槍を構えながら駆けて来た者をバトルアクスで両断する。


「二人とも、しゃがんでッ!」


 レンの声が聞こえて、俺達は同時に体勢を低くした。俺達の頭上を雷が通り抜けていき、奥から駆けて来ていた者の胸を貫いた。


 彼が殺害した者を見つつ、横目で騎士団の様子を確認。騎士団の方もようやく動揺した状態から抜け出せたらしい。連携を取りながら確実に仕留めつつ、ベイルが指示を出しながらどんどん殺害していっている。


 勢いを取り戻せたことからもう負けはしないだろうと思った。


 だが、向こうのリーダーが動き出したのだ。


「ズレェェェェブッ!!」


 表情を見るに仲間を殺した俺達に無茶苦茶怒っているらしい。まぁ、当然かもしれないが。


 怒りの表情を浮かべるリーダーはリーダーたる所以を俺達に見せつける。


「グワァァァッ!」


 吼えると同時に持っていた槍を投げたのだ。無茶苦茶な力で投げられた槍は騎士に向かって飛んでいき、二人も同時に串刺しにしてしまった。


 二人の騎士を殺害すると同時に走り出して、地面に落ちていた槍を拾う。そのまま仲間と騎士達が戦う中に飛び込んでいき、槍を振るって騎士達を次々に殺害し始めた。


「マズイ!」


 俺は身体能力を向上させながら乱戦状態の中に突入して、倒れた騎士にトドメを刺そうとしていたリーダーの横っ腹に蹴りをお見舞いした。


「グゥッ!」


 なんとか阻止できたものの、強化した足の蹴りを受けたリーダーは難無く受け身を取って立ち上がる。表情を見るにあまり効いていないようだ。


 しかし、俺に注意を向けさせるのは成功した。リーダーは俺を「厄介者」と認識したらしく、視線は俺にだけ向けられる。


「さぁ、どうする」


 剣を構えながら相手の動きを見守っていると、リーダーは手にしていた槍の先端に触れた。触れた途端、先端がボウッと燃え上がったのだ。


「は……?」


「ま、魔法……?」


 すぐ近くでベイルの驚く声が聞こえた。


 凶悪な威力を有する槍を振るわれるだけでも厄介なのに、このリーダーは魔法らしき何かを使ったのだ。目の前で起きたことに驚く俺達であるが、相手は待ってくれない。


 オレンジ色に燃える槍の先端を俺に向けて、雄叫びを上げながら突進してきた。


「チッ!」


 あの燃える槍を剣で受けていいのか。悩んだ俺は回避に専念する。


 一撃目はステップで躱すも、相手は更に距離を詰めて突きを放つ。


 槍の挙動は一直線。俺は右足を後ろに下げて体を横にしながらギリギリで躱し、剣で槍を柄を斬り落とす。


 これで武器は破壊した。そう思ったのだが――


「アッシュ、避けろッ!」


 相手は切断された武器を即座に捨てて、俺の顔面に向かって右ストレートを放ってくる。


「うっ!?」


 俺は首を傾けて拳を躱し、間合いを作ろうと腹を蹴飛ばした。蹴飛ばしたのだが、俺の行動は予測されていたらしい。


 相手は腹に力を入れて俺の蹴りを受け止めたのだ。足の裏からは岩を蹴飛ばした時のような感触が伝わる。


「グワアアアッ!!」


 相手は俺の服を掴んで拳を振り上げた。マズイ、と思った瞬間――相手の背後から振られた剣がリーダーの首元に当たる。


 そのまま剣は横に動いていき、リーダーの首は刎ねられ宙を舞った。頭部を失ったリーダーの体は地面に倒れていく。


「大丈夫かい?」


「ああ、すまない。助かった」


 首を刎ねたのはベイルだった。俺は彼に礼を告げる。


 周囲を見渡すと、騎士達が最後の一人を殺害する瞬間だった。どうやら最初の遭遇戦は、犠牲者を出しつつも乗り越えられたらしい。


 ただ、二十人とリーダーを相手にしてこちらは三十人弱の被害が出てしまった。怪我人を含めればもっとだ。


「一体こいつらは何なんだ?」


 言葉の通じぬ蛮族のような輩だったが、本当に「人」なのだろうか? 人として扱っていいのだろうか?


 俺達は被害者を上に連れて行くべく、一度地下一階へと戻ることになった。

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