第252話 第五ダンジョン地下三階


 地下三階へ続く階段を降りて行くと、地下三階は金属と熱が支配する階層であった。


「第二ダンジョンにあったゴーレム製造所か?」


 多数の炉や金属製のアーム、それに物を乗せて運ぶのであろう台車とレールがいくつもある。これらは未だに稼働しているようで、大規模な工房と同じ雰囲気が漂っていた。


 上層階のようにハッキリと明るくはない。ただ、いくつもある溶鉱炉からはオレンジ色の光が漏れていて、その光が最初の広場をある程度明るくしてくれていた。


「あれは溶けた鉄じゃないのか?」


 ただ、中にはオレンジ色ではなく青く光る高炉があった。青く光る高炉へ近づくと、水飴のような金属? らしき物が青白く発光している。


 これは何か特別な金属なのだろうか?


 ぐわんぐわんと音を発しながら稼働する高炉が止まると、今度は天辺に取り付けられた半透明のパイプを通って別のところへ送られているようだ。


 俺達は興味深くそれを観察しながらパイプを辿ることにした。行き着いた先は最奥にあった遺物だ。


 遺物には二本のパイプが取り付けてあって、片方は俺達が辿って来た青い物体が送られたパイプ。もう片方は別の高炉と繋がっているであろう、オレンジ色に光る物体が送られてくるパイプ。


 それぞれ送られて来た物体は遺物の中で混ざり合っているのかもしれない。遺物の下部にある排出口からは真っ黒なインゴットが排出されていく。


 排出された黒いインゴットは「勝手に動く道」に乗せられて、隣接する別の部屋へと送られているようだ。


「この動く道、便利そうだね」


 俺は勝手に運ばれて行くインゴットを見て「なるほど」と思った。これがあれば運ぶ人の手間が省けるじゃないか。


 そんな暢気な事を考えながらも、ベイルの号令に従って隣の部屋を覗くことに。最奥には開け放たれた扉があって、そこから隣の部屋へと行けるようだ。


 先頭を行く騎士達数人が扉に近付くと、彼等はビクリと肩を跳ねさせた。気になって俺も中を覗くと、そこにあったのは……。


「…………」


 俺は慌てて手で口を塞ぐ。俺と騎士が目撃したのは、天井に吊るされた「黒い人型ゴーレム達」だ。


 気付かれないように口を塞いだが、よく見れば吊るされたゴーレム達は動いていない。天井に設置されたアームは肩に固定されており、展示された商品のように吊るされているだけだった。


 こちらに送られた黒いインゴットはせかせかと動くアームの元に送られて、アームがインゴットを掴むとポイと背後に投げ捨てる。


 投げ捨てられたインゴットは山のように積み上がっていて、積み上がったインゴットはまた別のアームが山から掴み取る。


 アームは溶鉱炉の中にインゴットを投げ捨て、溶鉱炉の中でドロドロに溶かされているようだ。溶鉱炉からは二本のパイプが取り付けられており、それぞれのパイプには青とオレンジの物体が流れていた。


「どういうことだ?」


 どうして一度インゴット化した金属を再び溶かしているのだろうか? 


 混ざり合った二種類を完全分離させているように見えるが、一体何の意味があるのか。


「第二ダンジョンのようにゴーレムが作れないから、素材を作っては分解してを繰り返しているんじゃないかい?」


 そう告げたのはベイルだった。


 彼の推測はこうだ。未だ稼働している製造所は何らかの命令を受けないと次のステップに移行できない。もしくは材料が足りないか。


 一定の指示を受けたままになっている遺物は次の命令を待ちながら永遠に同じ作業を繰り返しているのではないか、と。


「で、だ。その指示を与えていたのが上の階に住んでいた古代人……というのはどうだろう?」


「なるほど。古代人が死んでしまったから稼働しっぱなしってことか」


 確かに辻褄は合うな。未だこれだけの施設が稼働している事も驚きだが、それは第二ダンジョンも変わらないか。


「しかし、この黒いゴーレムが動いていなくて良かったよ」


「確かにね。ただ、この黒い金属は新しい素材として活用できそうだね」


 第二ダンジョンでどれだけ被害を出したことか。また人型ゴーレムに悩まされるのは御免だ。


 だが、今回は新しい素材になりそうな物だけを得ることができた。こちらは素直に喜ぶべきだろう。


 稼働しっぱなしになっている遺物を観察しつつ、次の部屋へと向かう。


 次の部屋は貯蔵庫のようになっていて、中には大量の「粉」があった。粉は金属の箱や透明な容器に入っており、黒色だったり鋼色だったり青色だったりと複数種類が保管されていた。


「これは粉末化された金属かな?」


 保管されているのは溶鉱炉の中で溶けていた金属だろうか?


 素の素材らしき色の粉もあるし、混ぜ合わせて作った黒い粉まで保管されている。


 だが、中でも一際厳重に保管されていたのが緑色に光る粉だ。


 この粉だけ透明の容器に入れられたあと、銀色の金属カバーが容器に取り付けられている。その上、保管されていたのは鍵付きの棚の中だった。


 俺達が発見された時は棚が壊されており、粉末入りの容器がいくつか床に散乱していた。しかも、一つだけ容器が割れて粉が漏れ出ている。


 淡く光る粉は人の目を惹くのか、一人の騎士が興味本位に漏れ出た粉へ指を伸ばした。彼が触れようとした瞬間、俺は止めた方が良いと言おうとしたのだが――遅かった。


 騎士の一人が指先で粉に触れると、僅かに付着した粉が強く光り出した。


「あ、ああああッ!?」


 指先を光らせた騎士は絶叫して、付着した粉を払おうともう片方の手を動かす。だが、彼が何度も粉を払おうとしても指先から光が消えない。


 次第に絶叫する騎士の指先はどんどん「分解」されていったのだ。


「なッ!?」


 まずは肉が剥がれ落ちて指の骨が露出した。今度は露出した指の骨が分解されていき、サラサラとした粉になっていく。


 指先が分解されるだけでは終わらず、彼の指は根本まで分解が始まっていく。このままでは手全体が……いや、全身全て分解されてしまうのではと思えた。


 故に俺は腰から剣を抜いて騎士の腕を斬り落とす。


 床にボトリと落ちた騎士の手はどんどん分解されていき、やがて全てが粉になってしまった。本人は手首を失ったが、分解が体全体に及ぶことはなくなったようだ。


「な、なんだこれは……? は、離れろ! 粉に近付くな!」


 手首から先を失くして叫ぶ騎士は仲間達に引き摺られながら後方へと下がっていく。


 同時にハッと我に返ったベイルが緑色の粉から距離を取るよう指示を出した。


「一体何なんだ……」


 どうして触れると分解されてしまうのだろうか? ただ、見る限りでは粉が散らばっている床そのものは分解されていない。


 試しに剣の先で触れてみるも分解は始まらない。今度は食事用の木のスプーンで粉を掬ってみるが、こちらも分解は始まらなかった。あくまでも作用するのは人間の肉体だけのようだ。


「危険すぎる」


 ベイルが漏らした感想に尽きる。このまま床に散らばらせておくには危険すぎる代物だ。古代人が厳重に保管していた意味がようやくわかった。


「……まさか、この粉のせいで古代人が消えたのか?」


 何らかの事故が起きて緑色の粉が蔓延してしまった。触れた古代人達は全員分解されて消えてしまったとか?


「でも、明らかに殺人の痕跡が残っていたろう?」


 しかし、となると塔の中で吊るされていた古代人の死が説明できない。この粉はただ単に保管されていただけで、死の真相とは無関係なのだろうか?


 俺達はこの危険な粉を慎重にスプーンで掬うという地味作業を繰り返し、瓶の中へと保管してから奥へと進んだ。


 奥にあったのは地下四階へと続く階段だ。


 次の階層では何か決定的となるヒントが得られると良いのだが。そんな想いを抱きながら階段を降って行く。


 降って行くと、地下四階に広がっていたのは――綺麗な草原だった。


 いや、草原というよりも階層全体を使った「公園」と言うべきだろうか。


 地面には芝生のような草が広がって、視界の中には緑の葉を生やした木々が植えられている。それら自然の中にはベンチやテーブルといった人工物が残されていたのだが、こちらは破壊されて無残な状態になっていた。


 代わりに作られていたのは……。


 古代人と思われる生物の骸骨を括りつけたオブジェだった。恐らくは伐採したであろう木を加工して作られた槍。槍は地面に刺さっていて、頂点には骸骨が麻紐のような物で括りつけられていた。


 他にも骨と金属を使ったネックレスみたいな物が取り付けられていたり、地面に刺さった刃の一部には黒い血の跡が残っている。


「これは……。何の儀式だと思う?」


「それよりも誰が作ったか、という問題を先に解決するべきだと思うよ」


 この明らかに加工された、何者かの手によって作られたオブジェは何なのだろうか。


 俺とベイルは草原の奥を睨みつけるも、作り手の正体を得ることはできなかった。

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