第251話 第五ダンジョン地下二階


 第五ダンジョン地下二階に向かった俺達を最初に驚かせたのは、ダンジョン内がしっかりと整備されていることだった。


 階段を降りると短い通路があって、先には重厚な扉があった。通路の天井には灯りが設置されていて、先頭集団が階段を降りると自動で光を放ったのだ。


 勝手に明るくなることも驚きだったが、通路自体もあまり劣化していない。コンクリートのような材質で造られた壁は滑らかだし、床にもヒビ割れ等の損傷が見られなかった。


 加えて、正面にある扉だ。


「これはどうやって開くんだろう?」


 先頭にいた騎士が扉を調べてようと手を伸ばすと――


『Please wait...Starts scanning』


 どこからか声が聞こえて、扉に触れようとした騎士の体が赤い線で下から上までなぞられていく。


「うわっうわっ!?」


 驚く騎士だったが、赤い線でなぞられた本人が怪我を負ったり死亡することはなかった。それどころか、扉からは「ピピピ」と音が鳴って扉が勝手に開いていく。


 重厚な扉がゆっくり開かれると、開いていく扉の隙間からは強烈な光が差し込んでくる。眩しすぎて思わず顔を腕で覆ってしまうくらいだ。


 扉が完全に開ききった頃、俺達もようやく光に慣れてきた。しかし、今度は衝撃的な光景が目に飛び込んで来る。


「は、はぁ?」


 扉の先にあったのは「街」だ。


 いや、恐らく街だと思うのだが……。


 扉の先は真っ直ぐ奥まで伸びるメインストリートらしき道が続いており、道の左右には白くて四角い家? のような建物。建物には窓もあるし、恐らくは家だと思うのだが……。


 そして、第二ダンジョン同様に上を見上げると青い空と太陽が浮かんでいる。


「いや、どう考えても街だよな……?」


 晴れ渡る空の下にある、平和な街といった感想しか浮かばない。


 建物と建物の間には細い道があったり、メインストリード沿いには木が植えてあったりと俺達が住む街や都市に近い構造となっていた。


 ただ、建物は全て統一されていて、白くて四角い建物がニョキニョキと生えている感じと言えばいいだろうか。揃いすぎてて不気味にも思えるが、不気味なのはそれだけじゃない。


「人は住んでいなさそうですね」


 ここはダンジョンなので当然かもしれないが、街の中に人の姿は無い。しかし、建物の窓が開けられていたり、家と思われる建物の中には家具が置かれていたりと生活感は感じられるのだ。


 ガランとした街からは、住んでいた人が急に消えてしまったような奇妙さを覚える。


「奥にある建物は他と違いますね」 


 ウィルが階層の最奥を指差した。


 白くて四角い建物の中に、ただ一つだけ三角形の屋根を持つ塔があった。外壁の色は白なのだが、形が少し違うだけで異様に目立つ。


「とにかく進んでみようか」


 指揮を執るベイルが前進を指示し、俺達は警戒しながらメインストリートを進んで行く。


 左右にある建物を観察しながら進んでいくと、たまに扉の開いた建物があった。一度足を止めて中を覗き込むと、中は酒場のような雰囲気の内装だった。


 カウンターとテーブル席が残されていて、テーブル席の椅子がいくつも横倒しになっていた。カウンターには一つだけジョッキらしき物がそのまま残されている。


 一方、別の建物を覗くと中に配置された家具が床に散乱している状態だった。棚のような大きな家具も倒れているし、ガラス片のような物まで散らばっている。


 どちらも慌てて外に飛び出したか、もしくは不審者が中に入って建物内を荒した雰囲気がある。しかし、建物はこれだけ散らかっているのに街の外には争ったような形跡が無いのだ。


 建物と建物の間にある細い道を覗き込み、そのまま奥へ向かって歩いて行っても……。


「何も無いな」


「はい」


 やはり不気味なくらい痕跡は残っていない。


 メインストリートに戻り、結局は最奥にある塔の前まで実際に住んでいたであろう者達の痕跡は何も発見できなかった。


「この塔はなんだ?」


 最奥にあった塔を間近で見上げるとかなり大きく見える。塔の入り口は一つで、小さな扉がついているだけだった。


 塔の横には更に下層へ続くと思われる階段が一つ。塔を挟んで逆側には納屋のような小さな箱型の建物が一つ。


 まずは納屋の方から調べようとなって、騎士二人が慎重に扉を開けた。


「おおうっ!?」


 開けた途端、騎士が驚きながら後方へ飛び退く。何があったのかと慌てて俺も中の様子を見ると――


「これは……。自殺か?」


 建物の中には、背後の壁に背を預けながら身を寄せ合う三つの白骨化死体。死体の傍には錆びた刃物が転がっていて、刃には黒い跡が残っていた。


 死体の真下も黒く染まっていることから、恐らくは血の跡だろう。


 この死体は刃物で心中したのだろうか。


「……どんどん人が死んでしまい、最後の三人になったから心中したとか?」


「だが、街の中には死体が残っていなかっただろう?」


 ベイルの推測は街の住人が何らかの原因で死亡してしまった。最後に残った三人も絶望して後を追ったというシナリオだ。


 しかし、そうなら街の住人が死亡した痕跡が残っていても良いような気がする。さすがにこの三人が一切の痕跡を残さず死体を処理したとは思えなかった。


 じゃあ、この死体は何なのか。答えが出ないまま、俺達は塔の中を覗くことにした。


 俺は塔の扉に近付き、ドアノブを握って軽く捻った。すると、ドアノブはスムーズに回り出す。どうやら鍵は開いているようだ。


 俺は共に近付いたウィルに顔を向ける。彼は手斧を準備しながら無言で頷いた。


 再びゆっくりとドアノブを回して扉を開けると……。


「おいおい……」


 中は先ほどの納屋以上の光景があって、俺は驚きすぎて声が出ない。


 というのも、塔の中には人が吊るされていたからだ。干からびたミイラ状態の死体が逆さ吊りになっていたのである。しかも、一体二体の話じゃない。逆さ吊りになった死体は全部で十体もあった。


「……どう思う?」


「いや、どう思うって……」


 俺はこの状況をウィルに問うてみるが、彼も目を剥きながら「聞かれても困る」といったリアクションを返して来た。他の者達も中の様子を見るなり絶句する。


 まぁ、当然だよな。


「……器用だね」


 ベイルが指摘したのは吊るし方だ。


 死体は天上付近にある横柱にロープを結び、死体の両足首に巻かれているのだ。どう考えても「魔物」がやったとは思えない。


 誰かが人を殺して、敢えて天井に吊るしたのだ。


 この街は殺人鬼がいて、人を殺すことで終わらせたのだろうか? いや、そうだったらもっと死体があってもいいか。


 やはり推測は振り出しに戻ってしまう。


「こっちに二階へ続く階段があります」


 塔の奥には壁がったのだが、壁に隠れるようにして上へ向かう階段が存在していた。長い階段を上がっていくと、上の階はハンター協会や王城にあるような事務室を連想させる内装になっていた。


 机があって、机の上には書類入れのような箱があって。卓上ランプのような物まで残っていた。


 壁際には棚がいくつかあり、ボロボロになったソファーが残されている。


 そして、残されていた机の数は十である。丁度、下に吊るされていた死体の数と同じだ。


「ここで仕事、もしくは生活していた人が吊るされたのかな?」


「だとしたら、相当恨みを買っていたのか?」


 人の死体を逆さ吊りにするなど、残虐性の塊みたいなもんだ。恨みがあってそうしたのならば、相当な怒りを抱いていたのだろう。


 更に上の階には物置のような場所になっていた。しかし、残されていたのは空になった金属の箱やら壊れた木箱ばかりである。


 木箱の壊れ方は明らかに破壊したような状態だった。無理矢理こじ開けたか、ハンマーで叩き壊したかと思うような感じだ。


「略奪が起きたのか?」


「だとしても、街の中が荒らされていないのは不自然じゃないか?」


 やはりこちらでも、忽然と人が消えてしまったような街の様子が引っ掛かる。どうして街の中は争った痕跡が残されていないのに、この塔の中だけが荒らされているのだろうか?


「……下に行けば答えが出るのか?」


 現状、答えは見つからない。下層へ進めば、このダンジョンで何が起きたのか分かるのだろうか?

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