第250話 第五ダンジョン調査開始
一ヵ月後、俺達はまず王国南部ある街へと向かうことになった。
出発前、俺は屋敷の玄関でウルカとアウリカを抱きしめて「行ってきます」と告げる。この儀式は何度も行ってきたが、ウルカはまだまだ慣れないようだ。
涙ぐむ彼女に「絶対に帰ってくる」と約束。
ただ、アウリカはまだよく分かっていないのだろう。
「おとーさま、お土産お願いね?」
なんて、可愛らしい注文をしてきた。
「ははは。分かったよ。いっぱい買ってくるからな。その代わり、お母様の言うことをよく聞いて良い子でいること。いいね?」
「うんっ」
愛しい娘を抱きしめて、俺はもう一度「絶対に帰ってくるから」とウルカに告げた。涙ぐむ彼女のおでこにキスをしてから、俺は自分の馬車に乗り込んだ。
俺を乗せた馬車は王都駅へと向かう。そこで仲間達と合流予定だ。
駅に到着すると待機していた騎士団の面々と合流。その中にいたウィルとレンに駆け寄って、朝の挨拶を行う。
「ミレイはどうだ?」
特に気になるのはミレイの状態だ。彼女のお腹は既に大きいし、医者の話では予定日まであと二ヵ月程度らしいが。
「マリアンヌ様もついてくれていますし、ウルカさんも一緒にいてくれますから」
レン本人が出産に立ち会えない可能性が高いのは残念だが、その代わり生まれる子供の為にも任務をこなしてくるとミレイと約束したらしい。
ここ数年で成長したのは体だけじゃなく、精神的にも立派になったと嬉しく思ってしまった。
俺達が話していると、遠くから「ウィルさーん!」と女性の声が聞こえた。振り返ると、そこには第二都市ハンター協会の名物受付嬢が走ってくる姿があって――
「もうお弁当忘れているわよ」
いや、元名物受付嬢と言うべきか。第二ダンジョン都市ハンター協会の元受付嬢、メイさんは手に持っていたバスケットをウィルに手渡すと、ニコリと笑って彼の大きな体に抱き着いた。
「ちゃんと帰ってきてね、ダーリン」
「うん。お弁当、ありがとう」
両人を知っている者からすれば驚くかもしれないが、この二人は知る人ぞ知るバカップルである。
事の始まりは二年前、ジェイナス隊が第二ダンジョンに出現したネームドの討伐任務を請け負った時。まずは挨拶にと協会を訪れたのだが……。二人はそこで「ビビッ」と来たらしい。
出会って早々、互いに意識していたようだが仲が進展したのは任務後に行われた飲み会でだ。メイさんが猛烈アタックをかけて、ウィルも彼女のアタックを受け止め続けた。
ウィル曰く、直球ど真ん中のタイプだったらしい。電撃的に恋人関係となった二人はしばらく遠距離恋愛を続けていたが、今年に入ってメイさんが協会を辞職。現在は経歴を活かして王都の出張役場で事務員を行っている。
同時に二人は同棲を始めて、ご覧のようにラブラブっぷりを惜しげもなく見せてくれるというわけだ。
「アッシュさん、ダーリンのことお願いね!」
「あ、ああ。任せてくれ」
「じゃあね、ダーリン! んーまっ!」
メイさんは照れるウィルに熱烈な投げキッスをすると、嵐のように去って行った。相変わらずすごい人だ……。
それからしばらくして、ベイルとオラーノ侯爵が到着。ベイルーナ卿は王都研究所で仕事が残っているようで、数日遅れての参戦となるようだ。
代わりに学者チームを率いてやって来たのはリンさんだった。弟のレンさんと同じく成長した彼は、ブカブカだった白衣が体型にぴったりと似合うようになった。
「さて、行こうか」
総勢七百人を越える人員が全員揃ったことで、今回は専用の魔導列車に乗り込む。現地へ運ぶ荷物もあるので十両編成の魔導列車は俺達で貸し切り状態だ。
南部の街までは魔導列車で二時間程度。その間、俺達は遅めの朝食を摂りながら雑談して時間を潰す。
ウィルも愛情の籠ったサンドイッチを照れながら食べていた。まさかパンがハート型になっているとは俺も予想しなかったが、二人の仲が良好で何よりだ。このままいけば結婚も近いんじゃないだろうか。
南部の街に到着すると、事前に用意しておいた帆馬車を受け取る。荷物を積んだら即座に出発だ。
次に目指すのはダンジョンの近くに建設した駐屯地である。表向きは帝国領内の監視と調査を行うためとしているが、実際は今回の件を踏まえての建設であったのは明らかである。
しかしながら、深くは問わない。俺だけじゃなく、ウィルやレンも。
二日掛けて駐屯地まで向かい、ここからは更に人員を加える。例の白銀騎士を調査している隊を装いながらダンジョンに近付き――
「ここか」
「はい」
案内人であった騎士が示すのは、古代から残っていたであろう洞窟である。奥行はかなり短く、最奥まで行っても入り口の光が見える程度。
肝心の入り口は最奥の地面にあって、錆びた金属製のハッチが残されていた。
既に駐屯地に配備された騎士達が一階内部を調べており、地下一階には魔物がいない事が確認されている。同時に降りた先は広いエントランスのような場所があるようだ。
「よし。荷物を運び込もう。帝国に気付かれる前に終わらせるぞ」
迅速にダンジョン内部へ荷物を運び込み、入り口となっている洞窟付近からは騎士達を撤退させる必要があった。白銀騎士を探しているという建前上、王国騎士団が一ヵ所に留まるのは怪しく思われるだろう。
手分けして荷物を運び込み、地下一階にキャンプ地を急造することになる。
ハッチを開けて梯子を下りて行くと、一階は既にランプが設置されていた。十分な光源が確保された地下一階は報告通り中はかなり広い。
周囲を見渡すと第二ダンジョンの地下二十階に似た雰囲気が漂っている。石を組み合わせた壁と床、奥には地下へ続く階段。
「これ、昇降機ですね」
加えて、今回のダンジョンには一階から昇降機の存在が発見された。発見者はリンさんだったが、生憎と昇降機は動いていないらしい。
「稼働できそうですか?」
「どうでしょう……。昇降機を稼働させる遺物が一階にあると良いのですが」
しかし、見渡しても遺物らしき物は見当たらない。また隠し扉の先にでも配置されているのだろうか。
「どちらにせよ、順番に調査はせねばなるまい。学者チームは昇降機の稼働が出来るか探ってくれ。我々は階段を使って下に向かおう」
調査に使える時間は少ない。同時進行することにして、騎士隊を二つに分けた。
まずは階段を使って下層を調べるチーム。こちらにはジェイナス隊とベイルが率いる騎士隊が。総勢二百を越える調査隊が組まれた。予備隊として百人残し、俺達は準備が出来次第下へと向かう。
残りは学者達の護衛と外部との連絡を行うチームだ。こちらはオラーノ侯爵が指揮を執る。一部の隊は交替でダンジョン入り口を見張ることにもなっていた。
外の駐屯地とのやり取りや、数日間隔で行われる補給の手伝いするので、こちらもこちらで大変な任務になりそうだ。
各チームには新たに設立された「通信兵」が配置される。彼等はバックパック型の連絡機を背負い、オラーノ侯爵との連絡と報告を行うのだ。
「用意は?」
「いつでも」
準備万端なベイルに俺はそう答えた。
俺の腰には二本の剣。灰燼剣と去年の暮れに開発されたばかりの新型魔導兵器。最新式として開発された魔導兵器は小型魔石に対応しており、魔石一つで最大二時間の稼働が可能だ。
加えて、第二ソケットと呼ばれる二つ目の魔石挿入口に魔石を追加投入すると発動する魔導効果の二重掛けが可能となった。魔導効果の二重掛けは欠点として稼働時間の大幅な減少を引き起こすが、その分だけ威力が上昇する。
「こちらも大丈夫です」
「僕もいけます」
ウィルが背負う巨大なバトルアクスと腰の手斧も魔導兵器化されている。バトルアクスの方はあまりにも大きいため、扱う者がウィルしかいない。もはや、彼専用の魔導兵器といっても良いだろう。
体に纏う魔導鎧も彼専用となっていて、こちらも騎士団重装兵向けに新規開発された魔導兵器だ。
最後にレンであるが、彼が持っているのは「魔法の杖」である。ただし、第四ダンジョンで発見されたオリジナルの杖ではない。
オリジナルの杖を解析して王国が開発・量産した魔導杖だ。
見た目はオリジナルに近い形をしているが、杖の部分は金属だし、頂点には色付き魔石が取り付けられている。杖部分には魔石の挿入口があり、色付き魔石と通常の魔石を用いて術者の魔法を増幅させるのだ。
ただ、やはりオリジナルには敵わない。レンが巨大亀戦で見せた高威力の魔法は実現できず、あくまでも魔法発動の回数を増やすだけに留まっている。
「では、行こうか」
新装備を纏う俺達はオラーノ侯爵に敬礼した後、ベイル率いる騎士隊と共に下層へと向かう。
しかし、毎度思うが――この調査開始の瞬間が一番緊張するな。
果して今回の調査では、何が待ち受けているのだろうか……。
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