第249話 引退宣言


 我が家に集まった面々は庭に配置されたテーブル席でお茶を飲みながらまったりタイム。皆の視線は子供達に向けられていて、オラーノ侯爵やベイルーナ卿は特に楽しそうだ。


「本当に子供の成長は早いな。ちょっと前まで喋れもせんかったのに」


 オラーノ侯爵がニコニコ笑いながら言うと、ベイルーナ卿も「今では学者への道を歩んでおる」と自慢気に言った。


 孫馬鹿? なオラーノ侯爵が反論するかと思いきや、彼もアウリカが学者を目指すのは賛成だったようだ。


「最近になって気持ちが変わってきた。こんなにも可愛い子供達が戦う姿は見たくない」


 オラーノ侯爵と同世代の者達は、家に男が生まれると「王国男児ならば一度は騎士を目指せ」と口にしていたようだ。これは貴族も平民も問わず。


 しかし、それももう「時代遅れかもしれない」と言う。


「昔は体に傷を作れば勲章だと言われた。敵を屠り、魔物を倒せば名誉だと言われた。だが、それは言い訳に過ぎんのかもしれんな」


 そう教育されて何人の若者が死んだだろうか。どれだけの人が悲しい想いをしただろうか。


 オラーノ侯爵は「孫を見守る爺になってようやく考え方を変えられた」と言う。


「確かに私達の世代で最後にしたいとは思いますね。うちの息子も戦場やダンジョンではない場所で活躍してほしいと思います」


 ベイルも現役の騎士だからこそ、息子に辛い想いをしてほしくないと語る。


 彼の意見には俺も同意だ。娘が傷を負って泣く光景など見たくない。俺のようにダンジョンで死にかける経験などしてほしくない。そう考えると、王都研究所の研究室で安全な研究だけしていてほしいと思える。


 もしくは、普通の職業だな。銀行の窓口係とかハンター協会の窓口――いや、ハンター協会はダメだ。粗暴な輩が多すぎる。


「うちの息子はともかく、アウリカはまだ安心なんじゃないかい? 女の子だし結婚して家を守るようになるのでは?」


 現在の考え方からすると、女性は結婚して家を守るといった将来がベターか。


 だが、結婚か……。


「アウリカが結婚か……」


 まだ先の話だというのに、俺はつい口に出しながら想像してしまった。


 想像した結果――


「灰燼剣を抜いてしまうかもしれない」


「せめて私を倒せる男でないとダメだ」


 俺は大人気なく必殺の剣を抜くかもしれない。オラーノ侯爵も剣呑な雰囲気を出しながら鋭く言った。


「王国最強の二人を越える男などいないのでは?」


「絶対無理です……」


 ウィルとレンは苦笑いしながら言うが、もちろん俺は冗談さ。冗談だよ。本当に。相手次第だけどね。


 しかし、ここでベイルーナ卿がアウリカに「どんな人と結婚したい」などと聞き始めた。何を聞いているんだと思ったが、問われたアウリカは「んー」と考えて……。


「ベイルおじさん!」


 にぱっと良い笑顔で言い放ったのだ。


「ど、どうして?」


 俺は声を震わせながら娘に問う。すると、娘はまたもや良い笑顔で「一番顔がかっこいい!」と言い出したのだ。


 娘よ、俺は? お父様の顔はどうなの?


 いや、でもベイルなら……。いいや、ダメだ! ダメ!


「ベイル、本部で死合うか? 騎士団長の座を渡す条件は私を殺すことにするか?」


「勘弁して下さい……」


 俺が葛藤している脇で、ベイルはオラーノ侯爵に本気で睨まれていた。



-----



 冗談はさておき。


 子供の成長をとくと見た俺達は男連中だけで客間へと移動した。そこで行われるのは、今後の王国に関わる話だ。


「私は来年の頭に一線を退くことにした。既に家のことはロウに任せているが、騎士団長の座はベイルへと渡す」


 最初に語られたのはオラーノ侯爵の「引退宣言」である。


 彼曰く、優秀なベイルは既に騎士団長としての仕事を全うできるようになったと。来年の頭には実質引退して、ベイルの相談役として活動すると告げられた。


「ワシは可能な限り研究とフィールドワークを続けるぞ」


 変わらないのはベイルーナ卿の方だ。彼は死ぬまで研究を続けたいという自分の希望を全うするらしい。


「今年は例のダンジョンを調査するのですよね? オラーノ侯爵も共に行かれると聞いておりましたが……」


 例のダンジョンとは、第四ダンジョンの柱が俺達に見せた「三角形で示される場所」である。第四ダンジョンの調査が終了を迎えたあと、王国は秘密裏に該当地点を調査。すると、やはり見つかったのはダンジョンだった。


 発見されたダンジョンは第五ダンジョンと仮の番号を振られていたが、今回本格的に調査することになって正式に「第五ダンジョン」と認定される。


 しかし、問題は表示されていた場所から少しポイントがズレていたことだろう。ダンジョンの入り口が見つかった場所は、帝国との国境を示す線の真上であった。


 帝国との国境線上にあることから発見当初は「調査が難しいかもしれない」と判断されたのだが――発見から数ヵ月後、国境線を守護する帝国貴族の領地で「魔物の氾濫騒動」が起きた。


 ダンジョンから溢れたとされる魔物は「白銀騎士」だという。白銀騎士は帝国の領地を襲い、一直線に領主邸のある街を目指した。


 途中、最強と名高い帝国魔法部隊に遭遇するもこれを撃滅。領主邸のある街で暴れた後、領主と領民を更に南へと押しやったのだ。


 現在、帝国では襲撃の起きた領地を封鎖している。というのも、帝国ではまだ領地内に「白銀騎士が跋扈している」と考えられているからだそうだ。


 領地から人が消えたあと、王国は帝国に支援を行うことになった。対魔物戦のスペシャリスト達を白銀騎士の跋扈する領地へ送ると約束したのだ。


 既に数人のハンターと騎士達が国境線手前に駐屯地を設営。領地内を監視しながら消えた白銀騎士の捜索を行っているという話だが……。


 全くもって怖い話だ。何がどうして、などと考えたくもない。


 オラーノ侯爵から聞いた話では、どうも女王陛下が絡んでいるようだ。報告当初は「すぐに調査せよ」と連日口にしていたようだが、真相は怖くて聞けていない。


 しかし、これによって俺達も堂々と見つけたダンジョンを調べることができる。可能な限り迅速に調査せよと女王陛下から命令が下っており、調査には考え得る最大の戦力が投入される事になっていた。


「うむ。私の人生において最後のダンジョン調査となるだろうな」


 よって、ダンジョン調査には王都騎士団長であるオラーノ侯爵が指揮を執り、ベイルも戦力として参戦することになる。


「ベイル殿まで出陣するとなると、王都騎士団は大丈夫なのですか?」


「ああ、そこは問題ないよ。新型の連絡機が投入されるから」


 ウィルの質問に対してベイルが答えたのは、新型の連絡機とは各騎士団本部やハンター協会に配置されていた相互連絡機の小型版だ。


 第四ダンジョンで新たに発見された魔石は、魔導具をよりコンパクトでパワフルな物へと進化させた。これまで持ち歩くことが出来なかった魔導具さえも小型化を可能にして、馬鹿みたいに大きかった連絡機さえ「人が背負える」ようになったのだ。


 これによって新たに「通信兵」という概念が騎士団の中に生まれた。本部に設置された連絡機に定期連絡を入れ、また本部からも定期連絡が入る。これらを記録しておき、指揮官に伝えるのが彼等の役目だ。


 騎士団での伝令役も魔導具の革新によって進化したと言うべきか。


「出発は一ヵ月後だ。各自準備をしておくように。現在、帝国国内は荒れている。そちらについても気をつけ――ごふ、ごほ、ごほ!」


 言葉の途中でオラーノ侯爵が口を押さえながら咳を繰り返す。


 先ほどの理由もそうだが、実際はこちらが本命の引退理由。去年から持病だった心臓の病が悪化して、今度は肺まで病魔に侵され始めている。


 俺は用意してあった水差しからコップに水を注ぐ。ベイルーナ卿は鞄から薬を取り出してオラーノ侯爵へ手渡した。


「すまんな……」


「いえ」


 皆、薬を飲むオラーノ侯爵を見守るだけで「大丈夫ですか」とは問わない。


 何故なら彼がどれだけ足掻いてきたか見て来たからだ。持病が悪化した時、オラーノ侯爵は本部の執務室で倒れていた。発見したベイルがすぐさま中央医療会に運んで一命を取りとめたが、医院長からは「安静にするべき」と勧められた。


 しかし、オラーノ侯爵は翌日に退院したのだ。退院して、本部の訓練場で剣を振り回していた。


 病に侵され、脆弱になった己の体を再び鍛え上げるように。まだ倒れるわけにはいかぬと、額に大粒の汗を浮かべながら美しい剣技を披露してみせたのだ。


 まだやれる。もう少しだけ待ってくれ。あと一年だけ待ってくれと。


 俺達は必死に足掻くオラーノ侯爵の姿を見て、もうやめましょうとは言えなかった。最後まで騎士でありたいと願う閣下と、共に行くと決めたのだ。


 だから、止めましょうとは言わない。無理をするなとも言わない。


「閣下、必ず成功させましょう」


 俺達は最後まで彼と行くのだ。


「ああ。王国の未来のために。あの子達が戦わぬともよい未来を創る為に。皆、力を貸してくれ」

  

 オラーノ侯爵の言葉に、俺達は揃って頷いた。

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