十二章 時代の終わりと始まり
第248話 三年後
第四ダンジョン中央ルートの調査が終了して三年が経過した。
あの日、柱を見つけてからどうなったのかを少し語ろうと思う。
ダンジョン内に存在すると推測されていた柱が無事に見つかり、現地にいた調査隊の任務は終了とされた。
騎士団の主力を半分ほど残しつつ、あとはダンジョンをどう運用するかによって各階の処遇が決められることになった。
結果として、三方向に別れていたルートそれぞれの最下層は封鎖が決定。特に中央ルートの取り扱いは難しいとされ、中央ルートに限っては新設される「第四騎士団」の管轄として管理される事になった。
一般開放に向けて最終的なチェックが進みつつ、騎士団は脅威となる魔物の排除を開始。同時に線路の増設や第四都市の建設計画もスタート。
同年の年末頃には線路の増設・延長作業が完了して、第四都市を建設するべくダンジョンの周囲を切り開く作業が開始された。
翌年、第四ダンジョンの整備が完全終了。ロッソさんが騎士団長として就任した第四騎士団仮設本部が建設され、本格的なダンジョン管理が王都騎士団から第四騎士団へと移行された。
この時、同時にハンター協会第四都市支部も開設される。噂を聞きつけたハンター達が大移動を行い、まだ宿泊施設も揃っていないにも拘らず第四都市建設予定地は大いに賑わった。急ピッチで宿泊施設等の建物が建設されていく。
夏を過ぎた頃から一般開放が始まって、王都研究所には大量の花と魔石が運び込まれていたらしい。新素材の研究も続々と進んで、新しい魔導具の規格や魔力ポーションの試作品なども開発された。
今年に入ると第四都市の大まかな区画分けが始まって、次第に各商会や宿泊施設の支店がオープンに向けて動き始める。同時に周囲の村から移住者を募り、続々と家屋が出来上がり始めた。
ダンジョンも依然として大賑わいだ。特に新規格を搭載したリニューアル版魔導具の販売が決定されたこともあって、第四ダンジョンで採取される魔石の買取価格はまだまだ衰えない。
東側に出現するキノコ達を倒せば倒すほど儲かるとハンター達の間で噂が広がり、今ではハンター達が第四都市に集中する事態になってしまった。
ただ、景気の良い話の裏には問題も多数あって、第四都市を治める貴族と第四騎士団の指揮を執るロッソさんは、ろくに眠れない毎日を過ごしているのだとか。
――さて、ここまでが三年経った第四ダンジョンの状況である。
この三年間、俺を取り巻く状況もかなり変わった。
まず最初に語るべきはウルカとの関係だろう。俺は国から正式に「家名」を与えられた。王国上層部で少し揉めていたようだが、結局のところ女王陛下の一言によって決まったらしい。
俺の家名はグレイウォード。ローズベル王国国民にして王国十剣の称号を持つ俺の名は、アッシュ・グレイウォードが本名となった。
家名を与えられたことでウルカとの結婚も正式に認められた。ウルカはウルカ・グレイウォードとなって、正真正銘俺の妻となったわけだ。
ただ、結婚したからって大きなイベントがあるわけじゃない。第四ダンジョンの追加調査前に購入していた指輪を渡して、仲間達を集めた小規模な結婚祝いパーティーを開催したくらいだろうか。
ウルカのお腹が徐々に大きくなっていくのを喜びつつ、俺は子供が生まれる寸前まで働きまくった。
ジェイナス隊と共に第四ダンジョンに向かってロッソさんの手助けと素材の採取。王都研究所より派遣された学者達の護衛任務などなど……。
一言で言えばかなり儲かった。執事長であるカーソンさんによると、三年は働かなくても家族を養える額だそうだ。
まぁ、これは結婚祝いとして各方面が報酬に色をつけてくれたおかげもあるが。とにかく、俺は父親としてのメンツが保てそうでホッとした。
その後は……。とにかく時間が過ぎるのが早かった。特にウルカの出産が始まった頃からだ。
ウルカが産気づいた時は祈ることしかできなかった。これほど無力さを感じたことは無かったが、マリアンヌ様が助けてくれたおかげで無事に出産。もうマリアンヌ様には一生頭が上がらないと思う。
「ほら、元気な女の子よ」
「はい……」
生まれた子供は女の子だった。娘の重みを両手に感じて、俺は自然と涙を流してしまった。
俺はこの子を一生守ると決めて、ウルカと一緒に大泣きした。
「名前は決めているのか?」
「名前はアウリカにしようと思っています」
これは出産前のウルカや家の使用人達全員とウンウン唸りながら決めた名前だ。
俺は娘であるアウリカを抱きながら、恩人でもあるオラーノ侯爵とマリアンヌ様にも抱いて頂くよう頼んだ。
「うむ。この子は美人になるな」
「本当にねぇ」
娘が生まれてから一週間後、ウルカとアウリカは中央医療会に所属するセラーヌ先生の診察も受けた。
これは父親である俺が「特殊」だからだろう。幸いにして母子共に健康状態は良好。アウリカの体に「魔石が生えた」なんて事もない。
ただ、父親である俺の「能力」が遺伝されているかどうかが問題だ。これについては成長しないと判断できないとされて、兆しがあればすぐに相談するよう厳命された。
ここまでが俺達家族に起きた出来事。
娘の夜泣きが凄かったり、初めての育児でてんやわんやになる日々を送っていて大変だった。でも、苦労するような大変さじゃない。毎日笑顔に満ち溢れていて、充実した大変さだったと今でも思う。
一歳、二歳と成長していく娘も逞しかった。セラーヌ先生から「そろそろ立つだろう」と言われた日の夜、俺とウルカが一瞬だけ娘から注意を逸らすと――
「あ~!」
次の瞬間には立って危なっかしくも歩いてた。あれは本当にたまげたもんだ。
あとは俺のことを「とーしゃ」と呼んでくれた日が一番印象に残っている。初めて娘が俺を呼んでくれたことが嬉しくて、俺はその場で号泣した。
二歳になるとアウリカは一段と活発になった。ウルカやメイドさん達と屋敷の中を歩き回ったり、庭に新設した庭園を散歩しては「あれなに? あれなに?」と興味深々に問うてくる。
俺のことは「おとーさま」と呼び、ウルカのことは「おかーさま」と呼んでくれるようにもなった。
他にも俺がダンジョンから帰って来ると飛びついて「おかえり」と言ってくれて、その日はアウリカが眠るまで俺の「冒険話」をするのが定番だ。
これが幸せかと毎日実感している。本当に王国へ来て良かった。
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そして、現在。
王国では夏を迎えた。今年の夏は例年よりも一段と気温が高く、冷風機などの魔導具が飛ぶように売れているらしい。
俺は朝起きて、娘と一緒にウルカが作ってくれる朝食を待っていた。
眠そうに目を擦るアウリカを横目で確認しつつ、俺は今朝届いた新聞に目を通す。
「……帝国で暴動か」
新聞の海外情報欄には帝国の情勢が掲載されていた。なんでも、平民達が貴族主義を打倒しようと武器を手にしたらしい。
反乱を起こした平民達は騎士団によって鎮圧されているらしいが……。もし、あのまま帝国に残っていたらと思うとゾッとする話だ。
「おとーさま、おなかすいた」
「もうすぐご飯ができるよ」
俺は物騒な事が書かれた新聞を閉じて、心を癒すべく娘の頬を指で撫でる。娘の首に掛かる前掛けを直してやっていると、キッチンからウルカが朝食を持ってきてくれた。
俺達家族は揃って朝食を摂り始める。
「おとーさま、今日はじいじたちがくるってほんと?」
「うん。来るよ。ご飯食べたら一緒に出迎えよう」
「うんっ」
アウリカの言う「じいじ」とはオラーノ侯爵とベイルーナ卿のことである。二人はすっかりアウリカを孫扱いしてくれて、彼女も二人にべったりだ。
本日、我が家ではちょっとした集まりが開催される。
発端は今年になって慌ただしくなった王城についての確認や今後についての話し合いだったのだが、騎士団本部で話し合うのも味気ないとベイルーナ卿が言い出したのだ。
じゃあ、仲間達を一斉に集めてちょっとしたパーティーでもしながら話し合おうとなった。まぁ、二人がアウリカに会いたかったというもあるんだろうが。
朝食を終えて仲間達の到着を待っていると、さっそくとばかりに来客がやって来た。
「じいじ~! ばあば~!」
「おおう、アウリカよ。元気だったかぁ?」
最初にやって来たのはオラーノ侯爵とマリアンヌ様、それにロウさんとアシュリーさんだ。そして、アシュリーさんの腕の中には小さな子が一人。
今年の春に生まれたオラーノ家の子供である。ロウさんとアシュリーさんの間には男の子が生まれて、これでオラーノ家も安泰だと喜んでいたっけ。
しかし、自分の孫が生まれたにも拘らず、オラーノ侯爵もマリアンヌ様もアウリカにデレデレだ。アウリカを抱き上げたオラーノ侯爵の表情は、完全に口角が上がりっぱなし。
ここだけ見れば、彼が王国最強などと誰も想像できまい。
「ワシ等が一番乗りか」
「ええ。ああ、ベイルーナ卿がいらっしゃったようです」
開けっ放しになっていた玄関の先にはベイルーナ家の紋章が描かれた馬車が見えた。馬車が玄関前で止まると、キャビンの中からベイルーナ卿が飛び出して来る。
「アウリカ~! じいじが来たぞ~!」
両手で紙袋を抱えていて、満面の笑みでやって来るベイルーナ卿。あの紙袋の中身はまたアウリカへのお土産か。
ベイルーナ卿は紙袋を執事に預け、オラーノ侯爵からアウリカを奪い取る。そのまま優しく抱きしめて「今日は魔物図鑑を持ってきたぞぉ~」と言うのだ。
「ほんと? やったー!」
ベイルーナ卿がアウリカを可愛がる理由は単に子供だからというわけじゃない。最近のアウリカはダンジョンに興味を持ち始め、ベイルーナ卿に色々と質問をしているせいだ。
恐らく興味を持った理由は、父親である俺がダンジョンに向かうからだろう。前々からウルカに質問をしていたようだが、アウリカはベイルーナ卿が専門家と知って容赦なく質問するようになってしまった。
しかし、質問されるベイルーナ卿も満更じゃないらしい。小さな子がダンジョンや魔導具に興味を持つのは王国にとって喜ばしいことだと嬉しそうにしていた。
いや、あれは単純に孫のような子に質問されるのが嬉しいだけかもしれないが。ただ、王都研究所の非公開レポートまで持ち出してアウリカへ講義するのはどうかと思う。
続いてやって来たのはウィル達だった。
ウィルはあまり変わらない。いつも通り体は大きいが、優しい笑みを浮かべてベイルーナ卿に抱かれるアウリカの頭を撫でた。
仲間の中で一番変わったのはミレイとレンだ。
「ミレイ、大丈夫か?」
「ああ、平気だよ。ちょっとは体を動かせって言われているし」
ミレイは大きくなったお腹を摩りながら笑った。
彼女は去年の暮れから戦線離脱しており、その理由はウルカと同じ。彼女は妊娠したのだ。誰の子かって? そりゃ、レンの子だ。
「聞いて下さいよ! ミレイさん、座っててって言っても聞いてくれないんですよ!?」
特に姿が大きく成長したのはレンだろう。
二年前は少年のような見た目だったのに、今ではグッと背も伸びて青年と呼べるような姿に成長した。
同時期に兄であるリンさんも成長しており、ベイルーナ卿曰く「魔法使い特有の成長期」が訪れた結果だそうだ。
優秀な魔法使いは体の成長が遅いとされているが、一定の期間を過ぎると著しく体が成長する。そして、そこからまた成長がしばらく止まるのだ。レンの場合はあと二十年くらい青年の姿を維持すると推測されている。
そんな成長を見せたレンは、第四ダンジョンで巨大亀を討伐した功績を与えられることになった。国から与えられたのは「爵位」だ。実家の問題を払拭すべく、オラーノ侯爵が手を貸してくれたらしい。
新貴族として自立したレンは、もう実家の問題に悩まされることはない。そのタイミングでミレイにプロポーズして、彼女もレンの告白を受け入れた。
まぁ、あの巨大亀を討伐した頃からミレイの態度は明らかに変わっていたのだが。巨大亀討伐時に倒れたレンの体も異常は見受けられず、今も元気にジェイナス隊の魔法使いとして活動している。
ミレイを奥へと案内するようメイドさんに言っていると、最後の来客が乗った馬車が見えた。
玄関前に停まった馬車から降りて来たのは――
「やぁ、アッシュ。お招きありがとう」
奥さんとなったオーロラさんと二歳になる息子を連れたベイルだ。
彼も一年前から王都騎士団副団長に就任しており、現在では王都に生活の場を移している。バローネ家もベイルへ代替わりして、伯爵位から侯爵へと爵位が上がった。
俺はベイルを招き入れ、奥さんであるオーロラさんと握手。最後はしゃがんでから息子のベリオに目線を合わせた。
「やぁ、ベリオ。よく来たね」
「こんにちわ!」
うん。今日も元気だ。
俺はベリオの頭を撫でて、奥にお菓子があるよと誘う。
今日集まる人数はこれで全員だ。全員揃った事もあって、俺達は庭に用意した席へと移動する。
「おや、最初は庭かい?」
食事会となる昼までは大人同士の話し合いかと思っていたよ。そう告げるベイルだったが、俺は苦笑いしながら首を振った。
「ああ。じいじ達が孫達を可愛がりたいだろうしね」
俺の言葉を聞いて、ベイルも苦笑いを浮かべていた。
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