第247話 愛国心


 第四ダンジョン中央ルート調査終了日より三年後。


 某日、帝国帝都にて。


 今日もいつもと変わらない穏やかな一日だ。いつものように朝起きて、仕事をして、夜には酒を飲んで気持ちよく寝る。


 そして、また明日を迎えるのだ。


 ただ、そう思っていたのは貴族だけだろう。


「奥様、旦那様。もうすぐ到着します」


 馬車の御者台に乗る執事がキャビンの中にいる主人にそう告げた。


 しかし、告げられた本人は「もっと早く走れ」と苛立ちを隠さない。キャビンの窓から帝都を覗き見て、道の端で座っていた物乞いを見て「チッ」と舌を鳴らした。


「物乞いがどうして表通りにいるのだ」


 薄汚いボロを来て、ボロボロになった籠を置きながらただ座っているだけ。首元はカクンと折れていて、生きているか死んでいるのかすら分からなかった。


 帝国貴族達は彼等を「汚い」と言う。汚らしく、邪魔な存在だと。貴族の為に労働しているならまだしも、働きもせずに物乞いで生き長らえるなど恥を知れとも。


「景観が損なわれるわね。騎士団に通報しておいてちょうだい」


 妻の方も同じ意見だった。彼女は騎士団に通報して、すぐに物乞いを排除するよう通報しろと執事に命じる。


 ただ、御者台に乗っているはずの執事から反応がない。


「聞いておりまして?」


 不審に思った妻は連絡窓に顔を近づけた。すると、彼女の目に映ったのは誰も座っていない御者台だ。


 制御する者がいない馬車が勝手に前へ前へと走っているだけだった。


「え?」


 意味不明な状況を見た妻は目を点にするが、二人の身に起きる不幸はこれだけじゃ終わらない。次の瞬間、轟音と共に馬車がふわりと浮いたのだ。


「うわっ!?」


「きゃ――」


 キャビンが浮いた瞬間、中にいた貴族の夫婦は炎に包まれた。二人共何が起きたのか全く理解できなかっただろう。


 感じたのは身を焦がすような熱さと強烈な痛み。そして、肉が焼けるような匂い。


「―――!」


「―――!?」


 二人は声を出して助けを呼ぶが、声が声になっていなかった。この貴族夫婦は最後の最後まで状況を理解できず、そのまま燃えるキャビンと共に焼かれて死んだのだ。



-----



 貴族夫婦を乗せた馬車が爆発した直後、家と家の間にある細い路地からは武器を持った帝国人達が何十人と飛び出して来た。


「今そこ立ち上がれぇぇぇッ!」


「真の愛国を示す時だぁぁぁッ!」


 燃え上がる馬車を追い越し、武器を手にした男女の帝国人達は貴族達の屋敷が立ち並ぶ区画へと走って行った。


 だが、数人は燃える馬車の前に残って、唖然としている平民達へと叫ぶのだ。


「もう貴族達に虐げられるのはウンザリだ! 我々は貴族主義を排除するために立ち上がる! 同じ想いを抱く同士達よ、集え! 共に悪しき貴族達を打倒そう!」


 高らかに叫ぶ男が持っていた武器を掲げた。それを見守る平民達は未だ状況が理解できないようだったが――


「俺も戦うぞ!」


「私も! 貴族に殺された息子の仇を討つわ!」


 反貴族主義を掲げる反抗勢力に賛同する者達が、他の平民を掻き分けながら駆け寄る。


 仲間を募っていた男は彼等を見てニヤリと笑うと、持っていた武器を男に手渡した。腰に下げていた剣は女性に差し出す。


「ありがとう! 共に戦おう! 他にもいないか! 俺達と一緒に貴族を打倒そう!」


 最初の賛同者が出てからは早かった。唖然としていた平民達も胸の内には貴族に対する恨みがあったのだろう。続々と賛同する者達が現れては、皆が武器を寄越せと言い出すのだ。


 すると、細い通路の奥から武器を両手に抱えた男達が現れる。彼等は平民達に武器を配っていき、貴族を討てと叫び続けた。


 武器を手にした平民達は貴族の屋敷に向かって走り出し――結果的には帝国貴族二家を殺害。


 電撃的な犯行に帝国騎士団の対応が追い付かず、帝国貴族達は最悪の結果を迎えてしまう。しかし、同時に犯行を犯した平民達のほとんども帝国騎士団によって殺害されてしまった。


 反帝国主義を掲げた反抗勢力のリーダーは捕まっておらず、この日以降も小規模な犯行が繰り返されていくことになる。


 

-----



「ふーむ。初戦は想定通りって感じだねぇ」


 最初の犯行から数日後、ローズベル王国大使館の中で優雅に紅茶を飲むのはキーラ伯爵。彼の手には報告書があって、反帝国主義による戦果報告が記載されていた。 


「もうちょっと苦戦するかと思いましたがね。思った以上に帝国貴族は平和ボケしていたようです」


 報告書を持って来た部下は「私も頂きますね」と言って紅茶をカップに注ぐ。


「二家を落とせたなら上々だろう」


 今回の犯行で死亡した貴族は帝国上層部の中核たる家だった。死亡者リストを見て、キーラ伯爵は満面の笑みを浮かべて次のように述べる。


「あいつらは前々から気に食わなかったからね」


 自分の故郷を見下す特上のクソ野郎共が死んだ事実を知って、今口にしている紅茶も三倍は美味しく感じていることだろう。


「しかし、初戦からは状況が芳しくありません」


 報告書の続きには「小規模なテロ行為が続くが、どれも帝国騎士団によって鎮圧。目立った打撃は無し」とあった。部下の男は眉間に皺を寄せながら言うが、キーラ伯爵は紅茶を飲みながら首を振る。


「いやいや。これで良いんだよ。小規模な攻撃を繰り返して、帝国貴族達の心に植え付けるのさ。いつかまた大きな被害が出るかもしれないってね」


 最初の犯行で帝国貴族達は大きなショックを受けた。たった二家だけの被害、そして実行者達を大量に始末したかもしれない。


 だが、終わりではないのだ。あれが始まりであり、未だ続いている。


 いつかは自分の番かもしれないと、眠れぬ夜を過ごしているかもしれない。実質的な被害を受けていなくとも、帝国貴族達は精神的に少しずつ被害を受けているのは確実だった。


「しかも、犯行が続くことで続々と反貴族主義勢力の存在が知れ渡っていく。彼等の後に続く者はこれからもどんどん出てくるよ」


 反貴族主義側としては、死んでいった英雄達の仇を討とうと復讐心を燃やし続ける。英雄になろうとする平民達はこれからもどんどんと姿を現しては消えていくだろう。


 帝国上層部は潰しても潰しても現れる反貴族主義を見て、時間が経てば経つほど焦りを募らせるだろう。帝都内で混乱が続くことで、その混乱は徐々に外側へと広がっていくはず。


「あとは、ほんの少し押してやれば良いのさ。ほんの少しだけね」


 キーラ伯爵はそう言ってニコリと笑った。対する部下は「ああ」と頷いて合点がいったようだ。


「それで例の魔物騒動ですか」


「そうそう。帝都の外で少し暴れてやればいい。ほんの少しで良いんだよ。白銀騎士を目撃したとか、白銀騎士が領地の騎士を殺したとかね」


 中核では反貴族主義が、帝都の外では白銀騎士と名付けられた謎の魔物が。内と外で引っ掻き回してやればいい。


 ただ、この塩梅が非常に難しい。


「やり過ぎると今度は北側が騒ぎ出す。あくまでも帝国国内のちょっとした揉め事として認識してもらわないと」


 反帝国主義勢力が完勝してもダメ。白銀騎士が領地を一つ落としてもダメ。どちらも丁度良いバランスを保ちつつ、決定打を打つ日を迎えねばならない。


「仕留める時は一気に。それが魔物狩りの基本だと聞いたよ」


 キーラ伯爵は両手を合わせて音を鳴らした。まるで外側から締め付けた帝国を潰すかのように。


「しかし、ようやく帰れそうだ。たぶん一時帰国だろうけども……。私の子供達は私の顔を覚えているだろうか……」


 ようやく終わりが見えてきた。正真正銘の終わりが。キーラ伯爵はぐったりしながらソファーに背中を沈める。部下も同じくぐったりしながら「一時帰国だっていいから早く帰りたい」と呟いた。


「あと半年ですね。あと半年我慢すれば、クソマズい帝国飯を食わないで済むと思うと涙が止まりません」  


「本当にね……」


 帰国したら第三都市発祥の店に駆け込もう。キーラ伯爵は部下とそう約束をして、二杯目の紅茶を飲み干した。

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