第246話 中央地下九階と十階
地下八階を探索した俺達は地下二階でオラーノ侯爵とベイルーナ卿の両名と合流してから九階へと向かった。
二人が合流した理由は地下九階に第二ダンジョンで発見された「柱」があると予想されているからだ。
あれは騎士団上層部と認められた者しか拝めない特別な物とされている。発見次第、ベイルーナ卿が調査を行う予定だが……。果たして九階にあるのだろうか。
しかし、その前に九階の扉を開けねばならない。
俺とウィルは九階入り口にある巨大な壁を見上げながら、ベイルーナ卿と騎士達の調査を見守っていた。
しばし待っていると、調査していたベイルーナ卿が「おっ」と声を出した。どうやら扉を開ける仕掛けが見つかったようだ。
「こりゃ面白い」
騎士達の間から様子を見ると、ベイルーナ卿は八階で見つけた鍵を扉の半球体に差し込んでいた。
半球体に差し込まれた鍵の先端、木の根っこのように枝別れたした部分が半球体の中でグニグニと動いている。まるで鍵が生きているかのように見えて、動きは木の根っこというよりもタコの足みたいだ。
ちょっと気味が悪い鍵に驚いていると、壁と一体化した扉からは「プシュー」と音が鳴る。扉が少しだけ奥に動き、その後は横にスライドしていった。
封印されていた扉の向こう側にあったのは――
「これは……。貯蔵庫か?」
扉の先にあったのは一本の通路。道幅は広く、大人四人くらいが並んで歩けるくらい。
一本道がひたすら続いているのだが、通路の左右にはズラッと三段になった棚が並んでいる。棚の前面はガラス張りになっていて、棚に置かれていた物は瓶詰の何かだ。
「これは種か?」
手前側の棚をガラス越しに見ると、瓶の中に保管されているのは植物の種みたいだ。俺が注目した瓶には楕円形の種が保管されていて、その隣には細長い形をした別の種類の種が。どれも別々の種が保管されているらしい。
そのまま奥へ向かって歩いて行くと、今度は瓶の大きさが少し大きくなった。
「これは生き物にしか見えんな……」
三十センチほどの高さを持つ瓶の中には、青い液体と小さな生き物の幼体と思われるモノが保管されている。
生き物の形状はタツノオトシゴみたいな、尻尾がくるりと丸まっていて、胴体は腹がぽっこりと膨れている。頭部は子犬のようにも見えるが、見方によって猫の頭部とも見受けられる。
それを見たロッソさんや騎士達の反応としては「これは何の生き物なんだ」といったところ。魔物の子供なのだろうか?
死体が保管されているのか、それとも生きたまま保管されているのかもガラスの外からは分からない。ただ、中には冷気が漂っているようで白いモヤが度々噴出されていた。
更に先へ進むと、今度はまた小さな瓶に逆戻り。ガラス張りになっている棚の中に冷気が充満している部分は変わらないが、今度は液体が保管された瓶が並ぶ。
「これは毒性のある液体ではないか?」
様々な色の液体が保管されていたが、中には毒性を含む水色の液体まで保管されていた。当然、紫色の液体も。
他にも赤だったり青だったり、ランプの光りが当たるとキラキラ輝く薄緑色の液体まで。これらの液体は用途不明であるが、古代人にとっては大切な素材だったのだろうか?
貯蔵庫のような場所の奥にはもう一枚壁と一体化した扉があった。その扉も八階で見つけた鍵で開くことが出来たのだが……。
「今度は実験施設か……?」
扉の先は更に異様な光景が広がっている。
中には手術台のような物がいくつも並んでいて、手術台の上には干からびた魔物らしき生物の死体が放置されていた。
手術台の傍にはケーブルで繋がった遺物がいくつも並び、五本のアームを携えた遺物なんてものも残されている。
「見ろ、中に水色の液体が入っているぞ」
ベイルーナ卿が観察していた遺物には二種類のタンクが備わっていて、片方には水色の液体。もう片方には紫色の液体が半分ほど残されていた。
そして、二種類のタンクが備わった遺物からは透明な管が伸びており、管はアームの先端にある注射器に繋がっている。
注射器に残されていたのは紫色の液体だったが……。
「これは魔物の血か?」
「どうしてそう思う?」
ベイルーナ卿は注射器の中にある液体を「魔物の血」ではないかと予想し、オラーノ侯爵はそう予想した意図を問う。
「水色の液体は魔物の血と同じ毒を持っていたろう? こちらの紫色の液体はアッシュ達が見つけた
ベイルーナ卿は魔物を成長させる紫色の液体を「成長剤」と名付けたようだ。彼は「この二つをブレンドすることで魔物の血が作られるのでは」と言葉を続ける。
「毒と成長剤を混ぜた理由は分からん。だが、どう見ても魔物の体に注入しているように思える。もしかしたら、魔物はここで作られていたんじゃないか?」
どうして混ぜわせるのか、どのような効果を生むのかは不明。だが、今目の前にいる状況だけで判断すると、手術台の上に置かれた魔物――もしくは生き物に液体を投与しているようにしか見えない。
「魔物の原型たる動物に対して投与を行い、魔物として変化させていたという可能性もあり得るだろう?」
「なるほどな……」
ここが「魔物誕生の地」なのだろうか? 真相は不明であるが、古代人が魔物と密接な関係を持っていた事はこれまでの調査で明らかになってきている。
ベイルーナ卿の予想は完全に否定することはできないだろう。
並んだ手術台を横目に歩いて行くと、今度は一際大きな遺物が鎮座していた。
遺物には割れた二つのガラス管が備わっており、後方には太いパイプが天井に伸びている。これだけ見れば用途不明な遺物としてスルーしていただろう。
ただ、割れたガラス管の中には「ブルーエイプ」らしき魔物のミイラが残されていたのだ。本体はカラカラに干からびているが、付着した鮮やかな青色の毛はどう見てもブルーエイプの毛にしか見えなかった。
遺物の中央にはヒビ割れたガラス板がはまっており、ガラス板には古代文字が表示されている。
『copy error』
この文字だけが表示されており、文字そのものが点滅を繰り返している。
ベイルーナ卿曰く、遺物自体は「生きている」ようだ。ただ、ガラス管が破損したことによる問題が発生し、稼働を停めたのではないかと予想された。
巨大な遺物を通り過ぎ、更に奥へ。
奥には巨大な四角い檻が置かれていたのだが、その中で繋がれていたモノを見て俺とウィルは咄嗟に身構えてしまった。
「ビーストマン……」
檻の中で手足を引っ張られるように鎖で拘束されていたのは二種類のビーストマン。
片方は茶色の毛並み、もう片方は黒い毛並みをしている。どちらも干からびてミイラになっているが、ビーストマンであることは間違いなさそうだ。
「そういえばビーストマンの死体を調べたんだがな」
そう言ったベイルーナ卿は茶色の毛並みを持つビーストマンを指差して告げる。
「こっちの茶色の毛を持つビーストマンは全てメスだった」
これまで回収したビーストマンの死体を調べると、茶色の毛並みを持つビーストマンは全てメスだったらしい。
「こっちの黒いビーストマンは……。オスか。アッシュ達が殺した個体もオスだったのかもしれんな」
ベイルーナ卿の予想としては、ビーストマンのメスは茶色の毛を持ち、オスは黒い毛を持って生まれるのかもしれないと。
唯一生きていた黒いビーストマンは灰になってしまった。その点について叱責は受けなかったが、死体が回収できていればより詳しい生態が判明していたかもと思うと申し訳ない気持ちになってくる。
「回収した子供の死体も全てメスだったからな。恐らくは正解だと思うが」
俺達は黒いビーストマンになるために紫色の液体を求めていたと思っていたが、この予想はハズレだったようだ。もしかしたら、ビーストマンは極端にオスが生まれにくい魔物だったのかもしれない。
「ビーストマンが紫色の液体を求めていたと思われる件はどう思います?」
では、どうして亀達と液体を巡って争っていたのだろう? その件について問うと、ベイルーナ卿は「あくまでも推測だが」と語り出す。
「恐らく外見的な問題ではないのだろう。より強い力を得るため、もしくは長生きするためだ」
「長生きですか?」
「そう。亀は紫色の液体を摂取することで成長していた。それは同時に寿命を延ばしてもいたのだろう。液体を摂取することで長寿化し、体が適応していく過程で巨大したのではないか?」
液体を摂取することで強い力、もしくはエネルギーを獲得。そのエネルギーは魔物の長寿化を引き起こす。同時にエネルギーを発散しようと体も成長していき、巨大化が進んだ。
「オスと思われる黒いビーストマンは一体だけだった。唯一のオスである黒いビーストマンは長生きして種を残したい。そういった生存本能から液体を求めていたのではないだろうか?」
「なるほど……」
より強い力を得たいという方向性じゃなく、種の存続を危惧しての行動。そう考えると実に獣らしく、ビーストマンが執拗に巨大亀へ戦いを挑んでいたことにも納得がいく。
ビーストマンについて話し合いながら進んでいると、先頭にいた騎士が「ありました」と声を上げた。
「やはりあったか」
そう告げたベイルーナ卿の後に続くも、先頭集団の前には何もない。ただ白い床があるだけ――いや、床に窪みがあるぞ?
「これは第一ダンジョンと同じじゃな」
「ああ」
窪みの前でしゃがみ込んだベイルーナ卿。彼はオラーノ侯爵に手を伸ばす。オラーノ侯爵はリュックの中から木箱を取り出して、木箱の中に入っていた銀色の鍵を手渡す。
ベイルーナ卿は銀色の鍵を窪みに差し込んだ。すると、窪みから赤い色の線が三本放出された。赤い線は差し込まれた鍵を下から上になぞっていく。
赤い線が消えると、床には真四角の隙間が生まれる。隙間が出来たと思ったら、今度は真四角に区切られた床が段々になって沈んでいき、階段へと変化したのだ。
「この下に?」
例の柱があるのか。その意味を込めて問う。
「ああ。第一ダンジョンと同じ仕掛けだ。ロイ、騎士を先行させてくれ」
オラーノ侯爵は王都騎士団に所属する騎士達にランプを装備させ、先を歩くよう命じた。
一緒に来るよう命じられたのは、ロッソさんと女神の剣。それに俺とウィルだけだ。他は階段の手前で待つよう命じられた。
長い階段を降りて行くと、徐々に室温が下がっていくのが分かった。最終的には俺達の吐き出す息は白くなって、俺は堪らず灰色のマントで全身を隠すように覆う。
「さっむ! さっむ!」
ガタガタと歯を鳴らすロッソさんはコートの類を収納袋には入れていなかったらしい。まぁ、それは俺達も一緒なんだが……。
とにかく、寒さを堪えながら下へとひらすら進んだ。ようやく最下層へ辿り着くと、馬鹿みたいに広く天井の高い場所が。
そして、その中央には同じく馬鹿みたいに背の高い柱。第二ダンジョンと同じく、柱は青い光を点滅させていた。
「第二ダンジョンよりも広いですね」
ただ、柱の置かれた場所は第二ダンジョンよりも広い。柱の周囲に配置された箱型の遺物の数も多く、大量のケーブルが繋がっていた。
「風邪を引く前にさっさと終わらせてしまおう」
ベイルーナ卿はくしゃみを繰り返しながら柱の下部にある台座に近付いていく。台座に取り付けられていた操作盤に銀色の鍵を差し込むと、操作盤の上にあったガラス板に文字と絵が浮かび上がった。
「この文字が読めるんですか?」
どう見ても古代文字に思えるが、操作を続けるベイルーナ卿の手つきは手慣れている。もしかして文字が読めているのかと思って問うと、ベイルーナ卿は「いいや」と言いながら首を振った。
「先代陛下より使い方を教わった」
それ以上詳しくは語られなかったが「ダンジョンを調査する上で必要なこと」として先代陛下より直々に教えられたそうだ。
「この操作でダンジョンの位置が分かるのだ」
ベイルーナ卿は衝撃的な事実を告げながらも「おおよそだがな」と付け加えた。
彼の言った通り、ガラス板には大陸図らしきものが浮かび上がった。大陸図上にはいくつか赤い点があって、オラーノ侯爵が取り出した現在の大陸図と見比べる。
すると、赤い点はダンジョンの位置を示していることが俺にも分かった。なるほど、こうして王国はダンジョンを探していたのか。
だが、大陸図には赤い点だけじゃなく赤い三角形も見受けられる。しかも、唯一の三角形は他のダンジョンと赤い線で結ばれているのだが……。これは何の意味があるのだろう?
意味を問おうとベイルーナ卿の顔を見やると、どうにも様子がおかしい。
「なんだこれは?」
「これは初めて見るな」
ベイルーナ卿とオラーノ侯爵がガラス板に表示された三角形に顔を寄せた。二人とも眉間に皺が寄っていて、三角形の意味はなんだと疑問を口にした。
「場所は?」
「……王国南部。帝国との国境に近い」
オラーノ侯爵がえんぴつで丸を付けた場所は王国南西部。地図上では少し下に行くと帝国との国境線が描かれていた。
「最悪な場所だな。ここは侵略派の領地に近いぞ」
侵略派とは帝国国内にある貴族派閥の一つだ。所属する貴族達の思想は過激で、現在同盟国となっている国――ローズベル王国を含めた国々を帝国のモノにするべきだと毎日のように唱えているような輩共である。
よって、王国も無闇に火種を作るまいと侵略派が統治する領土付近及び国境線付近には街や村を作っていない。それどころか、従順であるという意味も込めて国境警備用の砦や駐屯地さえ建設していない。
と、オラーノ侯爵は語った。
「……陛下にお知らせしよう。その後、検討だな」
「それが良い」
他にも初見とされる赤い点の位置を地図上に書き込んでいく。これで柱の利用は終了となるようだ。
ダンジョンを制御下に置き、更に新しいダンジョンを見つける。こうして新しい技術や素材を手に入れて、王国は少しずつ成長していく。
近年になってローズベル王国が大きく成長している真の理由がようやくわかった。
理由は判明したが、この国はどこまで大きくなるのだろう。今回の柱では特殊な三角形で示された地点が一つ。他にも初見である赤い点が三つも見つかった。
この四つが全てダンジョンだったとしたら、この国がダンジョン調査を終える日はいつになるのだろうか? むしろ、調査終了と宣言される日は来るのだろうか?
少なくとも、俺が生きている間には終わらないんじゃないか。そう思える日でもあった。
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