第245話 厳しい現実
一度、地下二階に戻った調査隊は負傷者を残して再び調査へと向かうことになった。
負傷者リストの中にはレンも含まれており、俺はミレイにレンを任せることにした。ウィルも軽い怪我を負ったので、心配だし簡易医療所に突っ込んでおいた。
ジェイナス隊としては俺だけとなるが、負傷した騎士達の代わりも加わったので人数的には問題ないだろう。
あとは巨大亀の住処の奥に更なる巨大亀がいない事を願うだけ。できれば黒いビーストマンも遠慮願いたい。
道中、俺はパンを齧りながら騎士隊に続く。再び現場に赴くと、巨大亀の死体はそのままの状態で放置されていた。ビーストマンや他の魔物が死肉を食らいに来ることはなかったようだ。
「となると、ビーストマンも全滅か?」
「そうあって欲しいですよ」
ロッソさんの考えにため息交じりで答える重装兵。他の者達も同じ感想を抱いていることだろう。
巨大亀の死体はさすがに持っていけない。隊の半数を現場に残し、死体の警護につけた。その間、俺達は更に奥へと進んで行く。
「こりゃあデカくなるわけだわ」
住処の奥にあったのは、紫色の液体が溜まった池だった。池といっても自然に出来た物じゃなく、貯蔵槽のような物が床に半分ほど埋まっている状態である。
天上から剥がれて壊れたパイプからチョロチョロと紫色の液体が流れ出ており、貯蔵槽の近くには瓦礫が積み重なって階段のような状態になっている。
俺達が到着すると小さな亀が貯蔵槽の中に溜まっていた液体をガブガブと飲んでいるところで、俺達に気付くと「グエエエ」と鳴きながら背中の花をポワッと淡く光らせる。
子亀は「邪魔するな」と言わんばかりに口を開けて威嚇する。今にもブレスを吐いてきそうだ。
せっかく巨大亀を倒したのに、ここで被害を出してなるものか。俺は合金製の剣を抜きながら一気に加速して子亀の首を刎ねる。
刎ねた首がボチャンと貯蔵槽の中に落ちた。刎ねた首も回収するよう学者に言われているのに。
「やっちまった。……ん?」
しまった、と思いながら首の行く先を覗き込むと――貯蔵槽の中には紫色の液体に浸かる白い卵がいくつもあった。
まさか、これは亀の卵なのだろうか?
「……マジかよ」
遅れてやって来たロッソさんも卵を見つけてため息を吐いた。
「やはり中央ルートの魔物は繁殖して数を増やしているのか」
俺達の様子が気になったターニャもやって来て、彼女は卵を見ると「確定だな」と呟く。どうやら当初の予想通り、第四ダンジョン中央ルートだけは例外のようだ。
「つまりだ。亀共はここで繁殖して子供を育て、液体で急成長していたってか?」
「上の階にいた個体とはまた違った習性だったのだろうな」
上層階に生息する亀も産卵による増加は行われているかもしれない。だが、ブレスを吐いたり背中の花が咲いている等の状況は紫色の液体がすぐ近くにあったからこそだろう。
ここで急成長と繁殖を続けていた個体は別格となった。もしかしたら、レンが倒した二体の巨大亀は随分昔から生きていた個体だったのかもしれない。
液体を摂取し続けて、どんどん巨大になっていったのだろう。いつしかビーストマンすらも手に負えなくなり、真の支配者として君臨していたか。
「そう考えると、今倒せたのは運が良かったのかも」
「もっと巨大になってたら、本当にダンジョンの天井を突き破っていたかもしれんな」
第四ダンジョンの発見があと数年遅れていたらどうなっていたのだろう。ターニャが言うようにもっと巨大化して、ダンジョンの天井を突き破るほどの大きさになっていたかもしれない。
中央ルートの魔物からは色付き魔石が採取できる事も考えると、第二ダンジョンのリザードマンと同じく肉が腐らない種類だろう。
最悪のシナリオとして考えられるのは、超巨大化した亀が正真正銘のアースドラゴンとなって地上を荒し回っていたかもしれないという可能性。
考えるだけでゾッとする。
「この卵はどうする?」
「回収できるか?」
この液体に触れても良いものだろうか。さすがに怖すぎると判断して、シャベルやら道具類を駆使しながら液体の中より卵を掬いあげて回収した。
これも学者達が大いに喜ぶ発見となるだろう。
貯蔵槽の奥には両開きの扉があって、中を覗くと壁には大量のガラス板が設置されていた。その後ろには金属の箱が並んでおり、箱と箱の隙間には光るキノコが群生している状態だ。
「中に亀はいなさそうだ」
俺とロッソさん、他数人の騎士達が室内に入って中を探索。すると、騎士の一人が鍵のような物体を見つけた。
「これ、九階の壁にあった模様と一緒です」
鍵と思われる物体の形は非常に歪だった。先端は木の根のように何本も枝分かれしており、逆側には太陽のような装飾が施されている。
九階の入り口にある壁と一体化した扉には、この物体と同じような絵が彫られているらしい。俺が鍵穴のような場所があったのかと問うと、騎士は「壁に半球体が取り付けられていた」と語る。
「半球体?」
「ええ。なんと言えば良いか……。これくらいの大きさをした半球体が扉の中央にあるんです」
騎士が示した大きさは拳一個分くらい。半球体は半透明になっているとのこと。半球体の上には、先ほど語っていた太陽のような絵が彫られているようだ。
「んで、これがその扉を開く鍵か?」
「同じ形の絵が描かれているし、可能性は高そうじゃないですか?」
ロッソさんの予想は当たっているかもしれない。俺達は鍵と思われる物を回収し、更に室内を探索するが目立った物は他に見つけられなかった。
部屋を出てから俺達が議論を交わしたのは、ビーストマンが這い出て来た隙間の方向へ向かうルートだ。
壊れた壁の隙間からやって来たビーストマンは、一体どこから来たのだろうか。巨大亀の住処を隈なく探すと、金属の樽で封鎖されていた狭い通路が見つかった。
通路の先には液体が広がっており、よく見ると毒性があると言われている水色の液体が広がっていた。この液体が広がっているせいで、ビーストマンは近づけなかったのかもしれない。
ただ、俺達も広がった液体を跨ぐのは厳しい。
「しょうがない。あの穴から行くか」
ビーストマンに倣って、俺達も壁に開いた穴を通ることに。一人ずつ穴を通っていくと、穴の向こう側は逆T字路になっていた。
左を見ると水色の液体が広がっていることから、やはり液体のせいで通行止めになっていたようだ。
次に右に顔を向けると、道半ばで天井が崩落している。通路は封鎖されているが、天井には大きな穴が開いているようだ。
崩落現場まで進んで上を見上げると、天井は三層の分厚いコンクリートに似た材質で造られていた。しかし、穴の開いた天井を見上げても到達点は見えず、真っ暗な闇が映るだけ。
「この穴が七階に通じているのかね?」
七階でリザードマンと戦っていた時、黒いビーストマンが出現した。あの時、奴は床に開いた穴を通ってやって来たようだったが、その時の穴に通じているのだろうか?
となると、俺達が進むには真っ直ぐしかない。唯一残された道をランプで照らしながら進むと、奥からは「ワフ! ワフ!」と甲高い鳴き声が聞こえて来た。
辿り着いたのはやや広めの部屋だ。未だ机や本棚が残された五メートル四方の部屋が連なった構造をしている。部屋と部屋を繋ぐのは壁に開いた中で、元々は個室か休憩室が隣り合って配置されていたのだろう。
「ビーストマンの子供……」
しかし、今はビーストマンの住処になっていた。巨大亀との戦闘で親は全て死んでしまったのか、連なった室内には五体の小さなビーストマンが取り残されている。
ビーストマンの子供は子犬のような可愛らしい顔を持っていて、体毛は茶色。体や手足はまだ小さい。
しかし、俺達を威嚇する際に見せた口元には鋭い犬歯が生え揃っていた。
「どうするよ……?」
ロッソさんが顔を歪めて問うてきた。彼は「この小さな生き物を殺すのか?」と葛藤しているようだ。
正直、彼の気持ちも理解できる。まだ小さなビーストマンは本当に「子供」だ。魔物でありながら、庇護欲に駆られてしまう。何の罪もない生き物であると考えてしまいそうだ。
しかし、巨大亀がいなくなった八階にビーストマンの子供を放置しておいたら……。
この五体の子供は黒いビーストマンに成長するのではないだろうか? 将来は第四ダンジョンにやって来たハンター達を狩り、多大な被害を生み出す元凶になるんじゃないだろうか?
「……いや、考えるのは止めよう。閣下の命令はビーストマンの全滅だ。ダンジョンの安定化には排除が望ましい、と。さっき確保した卵とは違うからな」
ロッソさんは腰から剣を抜く。王国の騎士である彼は命令を全うするしかない。たとえ、駆除対象が小さな魔物の子供であっても。
「俺も――」
「いや、俺だけでいい」
ロッソさんは俺やターニャの申し出に首を振る。これは騎士団の仕事だと譲らなかった。騎士団の仕事と言いながら部下にも「手を出すな」と言ったのは、彼なりの優しさなのだろう。
「すまん!」
彼は一言だけ詫びを口にして剣を振るう。
どんな状況であれ、王国の為に剣を振るう彼は立派な騎士だと強く思った。
「調査して帰ろう」
剣に付着した血を払い、ロッソさんは部下達に周辺の調査を命じる。
奥にもう一つ広い部屋があったが、中には大量の骨が散乱しているだけだった。恐らくは親のビーストマンが捕まえて来た獲物を食らっていた場所なのだろう。もしくは、群れのリーダーである黒いビーストマンの寝床だったか。
結局のところ穴の開いた壁の向こう側は、ただ単にビーストマンの住処になっていた事以外は何も見つからなかった。
俺達は複雑な想いを抱きながら、地下二階へと戻って行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます