第244話 貴女のために


「このまま仕留めるぞッ!」


 そう言って、アッシュさんはビーストマンとの決着をつけに行った。あの人の背中を見送るのは何回目だろう。


 いつからだろうか。あの人の背中を目指そうと思ったのは。


 最初に出会った時はムカついた。僕の好きな人が、僕には見せない笑顔を向けていたから。


 自分で自分が非力だと分かっていたけど、頼りないと分かっていたけど、僕の方が好きだって気持ちは大きかったから。


 一緒にパーティーを組んだ後もそうだ。僕が不貞腐れた態度を見せても、アッシュさんは態度を変えずに接してきた。


 ゴーレムを前にして動けなくなっても怒らない。動けなかった僕に呆れたのかと思いきや、最初は誰でもそうだと慰められた時は悔しかった。


 でも、途中からは……。リン兄さんよりも兄さんらしくて、年の離れた兄のように思ってしまったのも事実。


 いつも僕を守りながら「人には得意不得意があるから気にするな」と言ってくれて、魔法でゴーレムを倒したら逆に凄いと褒めてくれる。効率的な倒し方や魔法の撃つタイミングなんかも一緒に考えてくれるのはありがたかった。


 それでも、嫉妬してしまっていたのはしょうがないかなと自分でも思う。


 すごい剣を手に入れて、すごい力を手に入れて、王国十剣なんて名誉を授かって。僕はどんどん置いていかれるような気持ちだった。


 憧れを抱きながらも、僕の無力さを教えてくれる存在でもあった。王国の偉い人達に「凄い人だ」と認められておきながら、態度が変わらないのもちょっとムカつく。


 だから、僕は魔法の杖を扱えるとなった時は嬉しかった。これで僕もアッシュさんに追いつけるかも、強くなってミレイさんに認めてもらえるかもって思った。


 結局、僕は失敗してしまったけど……。


 あの人はいつでも僕を否定しない。僕のやり方を受け止めてくれて、その上で違う選択肢もあると教えてくれる。


 そして、いつも率先して前に出て、僕や皆を守ろうとする。


 第二ダンジョンでキメラと戦った時もそうだ。普通なら「勝てない」と思う相手にも向かって行って、あの人は必ず勝利して戻ってくる。


「行けッ!」


 あの背中に憧れたんだ。ムカついて、憧れた。追いつきたいと思った。


 だから、僕はこの巨大亀を倒して少しでも追いつく。そう思いながら、雷の矢を放った。


 生み出した雷の矢は全部で二十本。これなら絶対に巨大亀の頭部を破壊できると確信があった。


 しかし、結果は……。


「う、うそ……」


 巨大亀の頭部は原型を留めていたのだ。顔や首にあった鱗は剥がれ落ちて、露出した皮膚からは赤い血が滴っている。


 でも、それだけ。まだ巨大亀は健在で、上から僕を睨みつけていた。


「グフッ」


 鋭い目付きからは「仕返ししてやる」という意思が伝わってきた。小さな僕に見せつけるように口の隙間から炎を漏らして「これを吐けばお前なんて死んでしまうんだ」と言っているようだった。


「ああ……」


 ――また失敗してしまった。


 一撃で倒さねばこうなることは分かっていた。だから僕に魔法の杖を持たせてくれたのに。


 僕はここで焼かれて死ぬのだろうか。逃げたら生き残れるだろうか? いや、ダメだ。どうやっても足が動かない。足がすくんで動けないよ……。


「レンッ!」


 僕が巨大亀を見上げていると、僕の腕を掴んだのはミレイさんだった。


 彼女はまだ諦めていない。僕に「逃げるぞ」と言ってくる。


 でも、目の前には――もう口の中に炎を溜めた巨大亀がいる。


「レン、ミレイ、逃げろォォォッ!!」   


 アッシュさんの声が聞こえた。憧れた人の悲痛な叫び声が。


 このままじゃ……。僕もミレイさんも死んでしまう。


 そんなのは嫌だ。せめて、僕はミレイさんだけでも守りたい。


「僕は――」


 アッシュさんは、いつだって諦めていなかったじゃないか。


 僕の脳裏には第二ダンジョンで見たアッシュさんの背中が浮かんだ。ボロボロになって、瀕死になっても、キメラに立ち向かって行ったアッシュさんの姿が。


 逃げちゃダメなんだ。


 好きな人を守りたいなら、逃げちゃダメなんだ。自分の可能性を信じて戦えと、アッシュさんは教えてくれたじゃないか。


「僕は――僕がミレイさんを守りますッ!」


 今こそ、僕は変わらなきゃいけない。


 今まで皆に甘えていた自分から、強い武器を持てば強くなれると思っていた自分から。


 強くてカッコ良い男になるために、変わると決めたんだッ!


「あああああああッ!」


 僕は杖に魔力を流し込み、自分とミレイさんを魔力の膜で覆う。瞬間、巨大亀の口からブレスが放たれた。


 防げるか!? いや、違う、防ぐんだッ!!


 魔力の膜にブレスが触れた瞬間、透明な壁にヒビが入るような感覚を覚えた。


 まだ足りない。まだ注ぎ込む。


 時間にして六秒ほど。思いっきり魔力を注ぎ込み続けると、ようやくブレスが止んだ。


「レ、レン……?」


 隣にいるミレイさんは……無事だ。良かった……。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 魔力を注ぎ続けたせいで息苦しい。視界の端はチカチカしているし、頭もちょっと痛い。


 でも、まだ安心できない。所詮はブレスを一度だけ防いだだけだ。僕達が安全に、帰るため、には……。


「グゥゥゥ」


 目の前にいるコイツを倒さないと。


 僕は頭痛を抑え込むように奥歯を噛んで、視界の端に映るチカチカしたモノを嫌って目を閉じた。


 集中、集中。流し込む、流し込む。魔力を、アイツを倒すだけの魔力を杖に。


 杖に魔力を注いでいると、ズキンと頭の中で何かが弾けた。だめだ、集中、集中!


 魔力を絞り出しながら杖に注ぎ込むと、僕は片目を開けて巨大亀を見た。あいつはまた口の中に炎を溜めている。


 体内魔力の残量を考えると、これが最後のチャンス。絶対に仕留めてみせる。もう絶対に失敗しない。


「いけ、いけええええええ!!」


 ハッキリと矢の形状にする余裕はなかった。だから、僕は針のような形をした雷を大量に飛ばす。


 刺されば同じ。巨大亀の頭部に雷を刺して、爆発させればいいだけだッ!


 でも、威力と速度は妥協しない。明確にしたイメージ通りの速度で雷の針が飛んでいき、ザクザクと巨大亀の頭部に突き刺さった。


 刺さった瞬間、雷の針は大爆発を起こす。青白い光の大爆発が起きて、肉の焼ける匂いがやけに感じられた。


 だめだ。視界が霞む。倒せたかな?


 杖で体を支えていると、横からミレイさんが抱きしめてくれた。


「魔物は……」


「レン、やったぞ! やったんだ!」


 霞む視界で確認すると、巨大亀の顔半分が無くなっているように見えた。ハッキリは確認できなかったけど、ミレイさんが言うなら本当なんだろう。


「レン、よくやった。よくやったよ」


 ミレイさんは泣いているのか、僕の顔にポタポタと雫が落ちてくるのが分かる。


「ぼくは、かっこよかったですか?」


「ああ……。すごく、カッコ良かった」


「良かった……」


 ようやくミレイさんにカッコ良いって言ってもらえた。


 嬉しいな。


 帰ったら、一緒に甘いケーキが食べたいな……。




-----



 青白い大爆発が起きると、巨大亀の頭部が半分消し飛んでいた。


 大量の血を滴らせながら地面に沈む巨大亀を見て「やった!」と思った直後、俺達の命を救ってくれたレンが倒れるのを見た。


 俺は喜びから一転、内心焦りが充満していく。


「レンッ! レンはッ!?」


 レンを抱きしめていたミレイに慌てて問うと、ミレイは泣きながら「息はある」と言った。


 魔力を使い果たして倒れてしまったのか。レンに駆け寄ると、思っていた以上に顔は青白い。まるで死人のような顔色だった。


 彼の顔色を見た瞬間、マズイかもしれないと思った。


 花粉を吸い過ぎて「魔力過多症」になったが、その逆の状態になってしまっているのではないかと。


 俺の魔力を分け与えられれば良いが、生憎そのような方法は無い。どうにかして魔力を戻してやらないと……。


 必死に考えた末、辿り着いた答えは「花粉」だった。魔力を回復させる花粉が、すぐ傍にあるじゃないか。


「アッシュさん、彼は――」


 ロッソさんも駆け寄って来て何かを言っていたが、俺は全てを聞く前に駆け出した。狙うは住処の奥へと逃げようとしている残りの亀共だ。


 身体強化を維持し続け、すれ違いざまに灰燼剣を振るい、奥にいた蕾を背負う亀以外を全て斬り捨てる。最後の一匹にとっておいた亀が俺に対して首を伸ばしながら威嚇してくるが、付き合っている暇はない。


 灰燼剣を鞘に収めたあと、代わりに合金剣を抜く。小細工は一切無しの身体強化によるゴリ押しで亀の首を両断した。


「はぁ、はぁ、はぁ!」


 俺は殺した亀に近付くと、剣で無理矢理背中の蕾を切り取る。


 蕾を持ってレンに駆け寄り、彼の鼻に蕾を近づけた。近づけたあとは軽く蕾を潰すと、ボワッと輝く花粉が舞う。


「吸え、レン! 吸うんだ!」


 俺の声が聞こえたのか、レンが花粉を吸い込んだように見えた。咳込んだりくしゃみをするようなリアクションは無かったが、青白かったレンの顔色に赤みが少しだけ戻っていく。


 それを見て、安心した俺はその場でへたり込んでしまった。  


「はぁ、はぁ……。良かった……」


「うん、うん……」


 ミレイは再びレンを抱きしめながら泣き始め、俺と同じように「良かった」と言葉を繰り返す。


「大した魔法使いだぜ。ブレスを防いだだけじゃなく、二匹とも巨大亀を倒しちまいやがった」


 一部始終を見ていたロッソさんも安堵の息を吐く。他の騎士達もレンが勇気を振り絞ったおかげで無事なようだ。


 俺がロッソさんに顔を向けると、彼は首を振った。


「一旦上に戻ろう。さすがに進めないだろ」


 チラリとレンを見て、その後は負傷した騎士達やウィルとターニャを見やる。このままではさすがに進めない。


 巨大亀は倒したし、一旦戻っても調査は進められるだろう。


 俺はロッソさんに引き起こされると、ガクガクと震える足を両手で抑えた。ウィルを担ごうとも思ったが、彼は騎士に肩を借りたようだ。


 ターニャも仲間に背負われているし、俺は自分の心配をするべきかな。


「アッシュ、大丈夫か?」


 そう問うて来たのはレンをおぶるミレイだった。俺は彼女に「大丈夫だ」と返す。


 そのまま「レンはミレイのために戦ったんだ」と言おうとしたが、言うだけ野暮だろう。ミレイがレンの戦いを見てどう思ったかは、彼女の顔を見れば分かる。


 先に歩き出したミレイを見送り、彼女の背中に背負われたレンを見つめて――


「やったじゃないか、レン」


 俺はつい嬉しくなって笑ってしまった。

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