第243話 三つ巴 2
住処の奥にある暗闇から首を伸ばしたのはもう一体の巨大亀。
凶悪さを表すような鋭い目付きも特徴的であるが、頭部と首には鈍く光る鋼色の鱗が生えていた。
大きさは先ほどレンが倒した巨大亀と同じようだが、体に生える鱗は初めて見る特徴だ。
「グウォォォォッ!!」
ヌッと覗かせた巨大亀に対し、黒いビーストマンは咥えていた騎士の死体を投げ捨てて吼える。吼えた姿は「宿敵」を前にした者を連想させるようなものだった。
しかし、対する巨大亀は自分よりも小さな黒いビーストマンを見下ろして「ふん」と鼻息を漏らす。
どちらが強いのか、それを確信しているような態度に見える。それが余計にビーストマンを苛立たせるのかもしれない。
「ギャオッ!」
「ウォォンッ!」
巨大亀の登場に他のビーストマン達も気を荒立たせる。巨大な相手に吼え続け、今にも飛び掛かりそうな勢いだ。
「グエエエ……」
そんなうるさい連中を黙らせようとしたのか、重くて低い鳴き声を上げた巨大亀の口からボッと炎が漏れた。次の瞬間には口を開けて、口の中には炎の渦が生成されていく。
「ブレスだ! 逃げろォォォッ!!」
巨大亀はあくまでもビーストマンにしか眼中になさそうだ。しかし、そのビーストマンと混戦状態である俺達も巻き添えを食らうのは明らかだった。
後方にいた弓兵達はすぐさま住処から退避することで難を逃れられそうだが、問題はビーストマンと対峙していた俺達と女神の剣、それに他の騎士隊だ。俺達がいる位置では、このまま射程外へ逃げようと思っても間に合わない。
万事休すかと思われたが、俺の目には頭部を爆発させて死んだ巨大亀の死体が映る。
「巨大亀の死体を壁にしろ! 早くッ!」
俺達は横たわった巨大亀の死体を壁にするしかなかった。
死体の大きさは十分。全員で身を寄せ合えば、巨大な体躯と甲羅がブレスから身を守ってくれると思われるが……。いや、守ってくれ、頼む!
「―――ッ!」
巨大亀の口からブワァッ! とブレスが吐き出され、住処にいるビーストマン達を薙ぎ払うよう横薙ぎに首が振られた。
「うわあああッ!?」
壁となった死体は確かにブレスを防いでくれたのだが、それでも焼けるような熱波が俺達を襲う。
レンが倒した個体よりもブレスの勢いは強く、そして威力も高い。床に転がっていた大盾がブレスに触れた途端「ジュワッ」と蒸発するように消え失せてしまった。
それを目撃した瞬間、人間の知恵では防ぎようがない攻撃だと、食らったら終わりなのだと確信した。
ようやくブレスが止まって、周囲の状況を観察すると……。先ほどまで元気に吼えていたビーストマン達の鳴き声が聞こえない。それどころか、姿さえ見えない。
いるのは数匹の茶色いビーストマンと黒いビーストマンだけだった。
「ウォォォンッ!!」
多数の仲間が「蒸発した」であろうビーストマン達。だが、奴等はそれでも諦めなかった。黒いビーストマンが吼えると、茶色いビーストマン達が巨大亀に飛び掛かる。
奴等はまだ折れていない。この場で巨大亀を仕留める気だ。
「レン、対巨大亀用の魔法はまだ撃てるか?」
「え、ええ」
「よし……」
レンの返事を聞き、俺はロッソさんに顔を向けた。俺の顔を見たロッソさんは無言で頷く。
「このまま仕留めるぞッ!」
ビーストマンが巨大亀と戦っている今こそがチャンス。巨大亀がビーストマンに注意を向けている今こそ、レンが再び巨大亀に魔法を放てると考えた。
その間、俺は黒いビーストマンを叩く。ビーストマンの数が減り、混乱している今こそが最大の勝機。
「ウィル、俺達は黒いビーストマンをやるぞッ! ミレイはレンの補助だッ!」
だが、一人では不可能。あの身体強化時以上の速度とやり合うにはもう一人必要だ。
「了解ッ!」
「任せろッ! レン、魔法の準備をしな!」
レンをミレイに任せ、俺とウィルは黒いビーストマンに向かって走る。しかし、俺達二人に追従してきたのはターニャだった。
「私が囮になる!」
俺達を追い越し、ターニャは仲間達に指示を出しているであろう黒いビーストマンに突っ込んで行った。
彼女は微塵も恐怖を見せずに黒いビーストマンへと接近。合金製の剣を下段から掬い上げるも、目を動かしてターニャの動きを見たビーストマンは易々と彼女の剣を躱す。
素早いサイドステップで剣を避けたビーストマンだったが、ターニャは「フフ」と笑い声が漏れる。
「おおおおおおッ!」
避けた先に突っ込んだのはウィルだ。巨大なバトルアクスを上段に持ち上げて、雄叫びを上げながら一気に振り落とす。
当たってはマズイと悟ったのか、黒いビーストマンは大きく後ろへ下がった。床に落ちたバトルアクスは床を砕き、破片を周囲に撒き散らす。
だが、二人の連携はここで終わりじゃない。即座にターニャが前へと詰めて、突きを連打しながら黒いビーストマンを更に後方へと押しやる。
「グワッ!」
「ぐっ」
鬱陶しいとばかりに爪を振るわれるが、ターニャは剣を戻して爪を受け止める。しかし、合金製の剣は爪に引き裂かれてバラバラになってしまった。同時にターニャの二の腕から少量の血が舞った。
剣を失い、同時に腕に傷を負ったターニャは逃げるしか選択肢がない。だが、そうさせまいと黒いビーストマンは赤い瞳を爛々と怪しく輝かせながら逆の腕を振り上げた。
このままターニャを縦に引き裂くつもりだ。
「しゃがんでッ!」
直後、ウィルの声が響く。ターニャは指示通りその場でしゃがみ込むと、彼女の頭上には横薙ぎに振られたバトルアクスが通過していく。
「だあああああッ!!」
横薙ぎに振られたバトルアクスを腕の力だけで受け止める黒いビーストマン。受け止めた瞬間、バトルアクスの刃とビーストマンの爪からは火花が散った。
そのまま斧を振り抜こうと押し込むウィル。対するビーストマンは自慢の速度で逃げようと思っても逃げられない。斧と爪の押し問答が始まると、ウィルがやや押されながらも叫ぶ。
「隊長ッ!」
彼の叫び声に呼応するように、俺は灰燼剣を抜きながら全力で走る。俺の一撃を確実のものにしようと、ウィルは黒いビーストマンを押さえ続けるが……。
「ぐわっ!?」
あと少しのところで力負けしてしまった。バトルアクスが腕から零れ、無防備になったウィルは鎧ごと胸を切り裂かれてしまう。
悲痛な叫び声と共に背中から倒れる姿が目に映るが、俺は奥歯を噛み締めて走り続けた。
我慢の甲斐あってか、俺は黒いビーストマンの懐に潜り込むことに成功。低い体勢から剣を振りつつ、すぐ傍にあったビーストマンの顔を睨みつけた。
「くたばれッ!」
灰燼剣を振り抜き、刃が黒いビーストマンの腹を両断。上半身と下半身にある断面からは灰が広がっていき、黒いビーストマンは俺を睨みつけながら灰になっていく。
灰になっていく姿を見た俺は「倒せた」という実感よりも先にウィルとターニャへと振り向く。
「大丈夫か!?」
倒れたままのウィルと腕を押さえるターニャ。両名に駆け寄ると、二人は痛みを堪えながらも頷いた。
「レ、レン君は……」
俺がウィルの上半身にある鎧を外していると、ウィルは苦悶の表情のまま呟く。彼の呟きが漏れた瞬間、レン達がいた場所から青白い光が放たれる。
顔を向ければ、レンが二匹目の巨大亀に向かって雷の矢を放つ瞬間だった。最初の一匹目と同じく頭部に向かって飛んでいった雷の矢は、ザクザクと巨大亀に突き刺さって雷の大爆発を起こす。
「大丈夫だ。やって――」
やってくれた、そう言葉を続けようとするが……。何かがおかしい。
爆発と同時に舞った黒煙の中には、赤い光があったのだ。あの光は一度見た。巨大亀が口の中で溜めていたブレスの色と同じだ。
まさかと思った。嘘であってくれ、と。
しかし、黒煙が晴れると――
「なッ!?」
巨大亀の頭部は健在だった。顔と首に生えていた鱗が剥げて、鱗の下にあった白い皮膚が露出しており、露出した皮膚からは赤い血が滴っている。
一度は殺せたはずなのに。どうしてだ。あの鱗のせいで威力が足りなかったのか!?
生き残った巨大亀は怒り狂ったような目をレンに向けて、口の中には炎が生成されていた。
もう見るからに放たれる寸前。あの口から吐き出されるブレスがレン達を襲ったら――
「レンッ! ミレイッ! 逃げろォォォォッ!!」
俺は最悪の光景を見たくないと焦りながら、ただ二人に叫ぶこと以外できなかった。
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