第242話 三つ巴 1
俺達は遂に巨大亀が生息する地下八階へ向かう事になった。
騎士隊の人数はロッソさんを指揮官として五十人。他、女神の剣とジェイナス隊が参加する。
要となるのは魔法の杖を持ったレンだ。ジェイナス隊はレンの護衛も兼ねており、最後尾に配置された。
地下八階に向かうと、先行していた騎士隊が八階の状況を教えてくれた。
「目的地まで魔物の姿は見られません。住処には巨大亀が一匹、中型となった亀が五匹。子亀とその他十匹が目撃されました」
巨大亀の住処には大小あわせて十六匹の魔物がいるようだ。
「巨大亀との戦闘が開始されたら、他の個体も襲ってくるだろうな」
「そう考えた方がいいでしょう」
主体となるのは巨大亀だろう。だが、こちらの思惑では巨大亀は「一撃」で決める予定だ。
他の亀達が逃げてくれれば良いが、そう上手くいく保証もない。更にはビーストマンの強襲も想定して動かねばならぬだろう。
「アッシュさん達はレン君と巨大亀を任せる。横やりが入ったら自由に動いてくれ」
「了解です」
基本はレンの護衛に専念しつつ、レンに魔物を寄せ付けないよう動くのが今回の任務だ。
「騎士隊と女神の剣はジェイナス隊の壁となる。出来る限り巨大亀へ集中できるよう場を整えよう。だが、無理はするなよ」
騎士達と女神の剣が気合たっぷりの返事を返し、作戦を確認した俺達は奥へと進み始めた。先頭集団が住処の手前で止まり、角の先をゆっくり窺うと……。
「…………」
問題無し、とジェスチャーが返って来る。
住処の方向からは戦っている音もビーストマンの鳴き声も聞こえない。現状は最適な状況と言えるようだ。
「よし、レン。大丈夫か?」
俺が問うと、レンは魔法の杖を抱きしめながら大きく深呼吸を繰り返す。
「……いけます」
いつも以上に真剣な表情を浮かべたレンが頷くと、俺は先頭にいたロッソさんにハンドサインを出した。
作戦の概要は非常にシンプルだ。
住処に突入後、重装兵十人が二列になって大盾を構えて壁を作る。その後ろには他の騎士達と女神の剣が配置され、俺達は最後尾から続く。
目標である巨大亀を視認したあと、レンが即座に魔法を準備。巨大亀の頭部を吹き飛ばして最大の脅威を排除する。
上手くいくか、いかないか。心配も残る作戦であるが、上手く事を運ぶ以外に生存の道はない。大きな危険を伴う作戦だが、これしか手が無いのも事実である。
「カウント」
小さな声で呟いたロッソさんが、皆に見えるよう腕を上げながら指を折っていく。五から始まって、最後の一本が折れた。ロッソさんの手が拳になった瞬間、先頭集団が住処へと突入していく。
「防御陣形ッ!」
重装兵達が決死の想いで大盾を構えた。その後ろには騎士達と女神の剣が武器を抜きながら広がっていき、俺達も最後尾で武器を抜く。
「レンッ!」
「はいッ!」
レンの隣で巨大亀を睨みながら彼の名を呼ぶ。レンが杖を構えて魔力を流し込み始めた瞬間、寝ていた巨大亀が焦るように立ち上がり始めた。
床に伏せていた首が持ち上がり、太い手足を使って体までもを持ち上げる。長く伸びた首が俺達を見下ろし、俺達を敵だと認識したのかガパリと大きな口が開いた。
開いた口の中にはオレンジ色の光が見える。口の中に火種を生成しているのか、オレンジ色の光りがみるみる大きくなっていくのが視認できた。
だが、レンの構える杖の先端も強烈な光を放ち始める。先端の光は無数の小さな球となって、レンの頭上に漂い始めた。
「―――ッ!」
どっちが早い!? 先手を取れるか!?
巨大亀の口を睨みつける俺の内心には焦りが充満していく。今すぐ灰燼剣を抜きたい気分だ。
しかし、ここは――レンを信じるべきだ。
覚悟を決めた瞬間、俺の隣からは青白い光が放たれた。横目で確認すると、レンの頭上に漂っていた魔力の球が矢の形状になってバチバチと迸っていた。
「いけええええッ!!」
直後、レンは杖を巨大亀の頭部に向ける。指示を受けた雷の矢が放たれ、放出寸前だった巨大亀の頭部にザクザクと刺さり始めた。
口の中、頬、目、頭頂部、至るところに大量の矢が刺さる。刺さった瞬間、俺が最初に認識したのは強烈な光だ。目が眩むほどの光が放たれ、遅れて「ドガン」と巨大な雷が落ちた時のような轟音が鳴った。
「ぐっ!?」
光と轟音が鳴ったあと、腕で顔を覆う俺の体には熱波が当たる。これは、巨大亀が口の中で溜めていた炎が弾けたせいか。
ようやく熱波が終わると、俺はゆっくりと目を開けて状況を確認する。
「うわ……」
思わず声が漏れてしまった。
巨大亀の頭部は雷の矢が起こした爆発で木っ端微塵になっており、首の先端が真っ黒焦げの状態になっていた。
未だ巨大亀の体は「頭が弾けた」と認識していないらしい。長い首が二秒ほどユラユラ揺れて、遅れて首を体が地面に沈む。
「やった!」
「やりやがった!」
想定通り巨大亀を一撃で倒すことに成功した。目が慣れた騎士達は歓声を上げてレンを褒め称える。
「ようし、あとは残りの亀達を――」
ロッソさんも作戦が成功したことで笑顔を見せながら指示を出すが、このタイミングで壁の向こう側から「遠吠え」が聞こえて来たのだ。
直後、壁に開いた中から這い出て来るのは茶の毛並みを持ったビーストマン。続々と登場するビーストマンは巨大亀を倒した俺達を見つけると大声で吼える。
「チッ! やっぱり来やがったッ!」
ロッソさんの言う通り、俺達の予想は当たってしまったようだ。
元々巨大亀を襲おうとしていたのか、前回目撃した襲撃よりも数が多い。茶の毛並みを持つビーストマンは最終的に十体も現れるが……。続々と現れたビーストマンに続き、暗闇と同化するような黒い毛並みが這い出て来るのが見えた。
「グルル……」
群れのボスと思われる、黒いビーストマンの姿まで。
今回の襲撃は本気だったのかもしれない。本気で巨大亀を仕留め、自分達の力で住処を奪おうとしていたようだが、結果的に俺達はビーストマンの手助けをしてしまったようだ。
勿論、こうなる事も予想はしていた。予想はしていたが、俺だけじゃなく他の者達の内心にも「早すぎる」という感想が浮かんでいるだろう。
一時撤退するべきか。そうも考え、ロッソさんに視線を送る。彼も同じ考えを浮かべていたらしく、目が合うと後方に視線が向けられた。
しかし、直後に黒いビーストマンが「ウォン!」と吼える。声を聞いた茶色のビーストマンが犬歯を剥き出しにして威嚇しながら、ジリジリと俺達の後方を塞ぐように動き始めた。
退路を塞ごうとする動きを見た騎士達が阻止しようと体を動かすと、茶色のビーストマン達はピタリと動きを止める。動きを止めると前屈姿勢になって、今にも飛び出さんとする体勢を見せた。
「動いたら来るぞ」
俺達を牽制するような動き。動けば一斉に仕掛けるぞ、と宣言されているようなものだ。
「……アッシュさん、いけるか?」
「……ああ、いつでも」
そっちがその気なら、こちらも強気に出るしかない。灰燼剣を抜き、退路を塞ぐビーストマン共を灰に変えてやる。
俺は灰燼剣に手を伸ばし、右足を僅かに動かした。黒いビーストマンを睨みつけている状態だが、身体強化を行った直後に体を反転させて――そんな考えを抱く。
だが、黒いビーストマンは俺の考えを読んだようだ。
奴は静かに口を開き、口から涎を滴らせながら鋭利な牙を見せつけると音も無く飛んだ。
「チッ!」
敵ながら「素晴らしい」と思ってしまった。まさに音もなく近付いては獲物を狩る暗殺者といった表現が似合う。
最低限の音を鳴らして天井スレスレまで飛び上がり、天井を蹴って加速しながら俺へと飛び掛かって来た。奴は魔法など使っていないだろうが、音無き驚異的な瞬発力はしなやかな筋肉が成しているのだろう。
あまりの速さに剣を抜けず、俺は辛うじて足を強化しながらバックステップすることしか選択できなかった。
「―――ッ!」
すると、黒いビーストマンの爪が俺の胸当てを掠る。鋭利な爪先は易々と合金製の胸当てを削るほどで、胸当ての中央には三本の線が出来上がる。
奴の速度と瞬発力はどれも驚異的だ。身体強化を行ってついていけるかどうか。
「フッ!」
だが、初撃は躱せたのだ。俺は短く息を吐きながら灰燼剣に伸びた手に力を込める。
相手が着地する隙、次の攻撃を行う隙。僅か数秒もあれば十分。真正面には再び脚に力を溜めて飛び掛かろうとする黒いビーストマンの姿があるが、俺が灰燼剣を抜く方が早い。
飛び掛かって来い。俺は灰燼剣でお前の腕でも牙でも受け止めてやる。そうすれば、お前は灰に変わって死ぬのだ。
俺は誘うようにして「待つ」が……。
「――ッ! グルルッ!」
黒いビーストマンは灰燼剣から発せられる威圧感を見抜いたのか、飛び掛かる寸前で動きを止めた。腕を振り上げた状態のままピタリと止まり、明確な隙となってそこにある。
チャンスだ。
俺は黒いビーストマンに斬りかかろうとするも、今度は黒いビーストマンが大きくサイドステップ。その行先は「騎士の背後」だった。
「え?」
「グワッ!」
背後を取られた騎士は背中側から首元に噛みつかれ、そのままバキンと音を立てて首をへし折られた。しかも、一人の騎士を殺しただけではなく、死体を口に咥えながら「盾」にしたのだ。
灰燼剣から身を守る為の盾に。
「こいつッ!」
騎士の首元から飛散する血で口元を真っ赤に染めて、赤い瞳は真っ直ぐ俺を睨みつける。
恐ろしいほど頭が良い。いや、自分への危機感に対して恐ろしいくらい敏感なのだろう。俺が握る灰燼剣とはまともに相手できないと悟っているのは明らかだった。
黒いビーストマンはそのままジリジリと群れの中へと戻って行き、周囲にいた茶色のビーストマンに囲まれていく。茶色のビーストマンはボスほど頭が良くないのか、俺や俺の周囲にいた人間に向かって飛び掛かって来た。
「このままッ!」
灰燼剣で斬ってやる。そう思ったが、俺の脳裏には「見せて良いのか?」という疑問が浮かんだ。
あの黒いビーストマンに灰燼剣の能力を見せて良いのだろうか? 見せたら対策すら取るんじゃないか。そう思えてしまった。
「――ッ! ウィル!」
「はいッ!」
直後、俺はバックステップしながら灰燼剣を鞘に収めた。俺とビーストマンの間にはウィルが割り込み、巨大なバトルアクスを盾にしてビーストマンを受け止める。
「ロッソさん、ビーストマンの相手をできるか!?」
「おお、任せ――」
「アッシュさん、奥にッ!」
俺は黒いビーストマンに集中したい。そう思っての問いだった。ロッソさんも俺の意思を汲んでくれたのか、他のビーストマンは引き受けるとばかりに頷きながら言葉を発する。
が、彼の言葉はレンの叫び声でかき消された。
慌てるレンの声を聞き、俺は彼に顔を向けた。すると、レンは「まずい、亀が!」と叫びながら住処の奥を指差す。隣にいるミレイも同じ方向を睨みつけながら「二体目がいたのか」と口にした。
まさか。
俺も慌てて奥に顔を向ける。
すると、そこには住処の奥から首を伸ばしてこちらを睨みつける二匹目の巨大亀が姿を現す瞬間だった。
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