第241話 必殺の魔法


 翌日、再びレンは訓練に励む事になった。


 ミレイとの言い争いは決着がついたらしく、ミレイの表情を見るに不満は無さそうだ。ただ、まだ少し心配が残っているという雰囲気は感じる。


 しかし、レンの方はやる気に満ちていた。


 昨日のような杖の魅力に憑りつかれているような感じではなく、一変して別の雰囲気を纏っている。それは見ているだけでもポジティブな雰囲気で、単純な力を楽しむのではなく熱心に扱い方を模索しているような感じと言えばいいだろうか。


「うーむ。最小の魔力を扱う感覚はもう身に着けたようだな」


 後方で俺と一緒に見守っていたベイルーナ卿が指で顎を擦りながら呟く。レンはたった二日で杖を使いこなし、既にキノコを倒すのに「最適」な魔力量を把握したようだ。


 昨日のように一瞬で全てを消し去るのではなく、一匹一匹を葬るのに必要なだけの魔力量を的確に使用している。


 つまり、キノコ一匹を倒すのに十の魔力が必要ならば、増幅される魔力量を逆算して十の魔力量になるよう体内魔力を調節しているのだ。繊細な魔力操作が出来なければ不可能である芸当だとベイルーナ卿は語る。


「レンよ、高威力魔法の扱いに移ろう」


「はい」


 遂に巨大亀を一撃で倒すための高威力魔法発動訓練に移行することになった。


 目安となる魔力量から一撃必殺とするにはどの程度まで増幅させるのかを考えていくのだが――


「魔導弓での攻撃は完全に防がれた。傷一つ付いてない……というよりも、無効化されたと言うべきだな」


 先日、別動隊が魔導弓による攻撃を試したところ、魔導弓が生み出す炎の矢は着弾と同時に「消失」したと報告される。これは西側地下で遭遇した「木の魔物」が見せた挙動と一致するものと考えられた。


 ベイルーナ卿は「一定数以上の魔力量を持つ魔法でなければ無効化される」と結論を出したようだ。


「魔導弓が放つ魔法の矢を数値化すると八の魔力量になる。レン、杖を使わずに同等の威力を放ってみてくれ」


「分かりました」


 杖をベイルーナ卿に預け、レンは魔力量が八となる雷魔法を放つ。細く白い雷が地面を走り、壁に当たって小さな黒い焦げ跡を残した。


 この程度では無力化されてしまう。次は倍掛けの魔法を放つよう言われ、レンが放ったのは先ほどよりもやや太い雷だった。着弾した壁には最初の魔法よりも大きな焦げ跡が残る。


「この威力だと西側地下にいた植物人間は一撃で倒せます」


「なるほど。では、その更に倍を試してみるか」


 次からは杖を持って。先ほどの倍の威力を杖による増幅で試してみろと指示する。


「いきます!」


 先ほどの倍である量の魔力を注ぎ、雷が放たれた。今度はやや青白い雷だ。それが地面を疾走して天井へと伸びる。


 見た感じだと、レンがいつも放っている魔法よりも少し強い。全力にはまだまだ満たないが、少々厄介な敵を瞬殺したい時に使う。そんな威力だった。


「まぁ、この程度で倒せてたら苦労はせんよな」


「恐らくは更に倍、三倍くらいは注がないとダメかもしれませんね」


 二人が想定した規模は、レンが「余力を残した状態での全力投入」と同等くらい。魔法を放ち、尚且つその場から自分の足で歩いて帰れる程度の出力である。


 この量は杖を持たないレンが日に三回撃てれば良い方で、対キメラ戦などに用いる威力であった。その魔力量を杖で増幅させる。


「撃ちます!」


 杖に魔力を流し込み、対巨大亀用にと想定された魔法の威力は――


「うわっ!?」


 強烈な閃光が放たれると同時に轟音が鳴り響いた。加えて、俺達の体に強烈な風圧がぶち当たる。体を襲う強風は足に力を入れていないと立っていられないほどだ。油断していたら背後へコロコロと転がってしまいそうである。


 なんとか強風に耐え、舞い上がった土煙が晴れると……。地面には真っ黒に焦げた巨大なクレーターが残っていた。


「お、おお……。すっげえ……」


 クレーターを覗き込むと、底の方にはドロドロに溶けて赤熱したものが残っていた。あれはダンジョンの床にあった何かが溶けてしまったのだろうか。


 しかし、改めて魔法の杖という兵器に恐怖を覚える。


 これは明らかにレンの全力全開を越えた魔法の威力だ。杖を持っていなかったら、レンの持つ体内魔力を全て消費しても再現はできまい。魔法の杖という増幅器があったからこそ現実となった。


「レン、体調は?」


「ぜ、全然です。本気で魔法を撃った時よりも息苦しさはありません」


 首を振るレンだったが、彼の顔には一切の疲労感はなかった。多少は息が荒いが、それは魔法を放ったばかりだからだろう。魔力切れに伴う倦怠感や疲労感は全くないと本人も申告する。


「うーむ。威力は申し分ないと思うが、これでは素材も残らんのではないか?」


 確かにベイルーナ卿の言う通りだ。超高威力の魔法は現実のものとなったが、雷の直撃を受けた巨大亀の死体は真っ黒焦げになってしまうのではないだろうか?


 まぁ、灰燼剣で灰になるよりはマシだけど……。


「うーん……。改善の余地がありそうなんですが……」


「うーむ……」 


 レンはベイルーナ卿と一緒になって悩み始め、二人はしばらく試行錯誤を続けて――辿り着いた答えは杖へと流し込む魔力量の「増量」だった。


 ただ、二人は魔力量を威力へと全て変換させるわけじゃないと言い出す。


「魔法の威力は魔力量によって決まる。これが魔法における常識ですが、発動した魔法の形や機動はイメージに因るものとされています」


「そこでだ、魔法の杖ならば術者の思い描くイメージもより強くなるのではないかと考えた」


 この結論に至るまで何度か試行錯誤を続けて、既に二人は確信を持っているようだ。


「でも、どうやって?」


 イメージなんて魔法使いが頭の中に思い浮べるだけじゃないのか? 俺が二人に問うと、二人は揃って首を振った。


「アッシュ、これは増幅器だ。魔力を燃料とする増幅器である。増幅させるのは威力だけじゃなく、術者のイメージも増幅してくれるようでな」


 ベイルーナ卿は試してみよ、とレンに告げる。すると、レンは杖に魔力を流し込んで「小さな丸い雷」を作った。放たれた雷は地面に落ちて黒い焦げ跡を残す。


「そして、こうです!」


 次にレンが作り出したのは「矢の形をした雷」だった。シュパッと高速で飛んでいき、壁に突き刺さった雷の矢は点のような焦げ跡を残して消える。


「流し込んだ魔力は倍になってしまいますが、イメージ自体も魔力によって明確に再現されることが分かりました」


 増幅器は魔法に関する全てを増幅させるよう作られているようだ。全くもって意味不明であるが、この意味不明さが古代技術の凄いところでもある。


 ただ、術者のイメージをより明確にする代わりにその分の魔力を要する。たった今、レンが作り出した「雷の矢」は威力としては魔力量が六、より明確な矢の形を作るのに魔力量を六も使用する。


 魔物を殲滅するだけならば、イメージの具現化は無駄な魔力消費となる。だが、今回のような極力素材を傷付けないよう討伐する際には必要な魔力消費と言えるか。


「結局のところ、どうするのだ?」


 脇で聞いていたターニャが問うと、ベイルーナ卿はニヤリと笑う。


「超高威力の矢を巨大亀の頭部にぶっ刺すんじゃよ。頭部だけを破壊して、その他は回収できる……と、思う」


 最後の方は自信が無さそうだったが、理論上はという前置きが付いてしまうのは仕方ないことだと思う。


 しかし、この方法なら高威力の魔法による魔物の損傷も少ないと考えられる。同時に魔法による余波が他の者達を襲うこともないだろう。


 魔物への損傷、周囲の仲間達への配慮を同時に実現させる。理論上は完璧と言える魔法が完成したのだ。 


「これで巨大亀に挑めるかな?」


 準備は万全か。そう思っていたが、レンは「あの……」と控えめに手を挙げた。


「ちょっと試したいことがあるんです」


 そう告げたレンが提案したのは「防御魔法」の開発であった。


 防御魔法とは魔法と物理攻撃の両方を防ぐ魔法の盾だ。思い浮かぶのは、西側地下にいたキメラが見せた魔法の盾だろうか。


 レンは魔法剣である灰燼剣をも防いだ最強の盾を「魔法の杖ならば実現できるかも」と語る。


 何故、魔法の杖が必要なのか。これは長年の間「防御魔法」が考案されつつも実用化されなかった最大の問題点があるからだ。


「防御魔法についてはローズベル王国でも長年議論を交わしてきたが、実用化されなかった最大の理由は使用魔力量とその持続性に問題があるからだ」


 前提として、防御魔法とは魔力で形成された壁、もしくは術者を包む球体の膜を指す。いかなる魔法も物理攻撃もを防ぐ魔力を利用した盾である。


 仮に「剣で斬る」といった物理攻撃を防ぐ盾を作り出すのに必要な魔力量を『十』としよう。確かに防ぐに必要な魔力量を消費して盾を作り出せば剣を防ぐことは可能である。


 しかし、防ぐ側は防いでいる間にずっと『十』の魔力を使用して盾を維持しなければならない。これが一瞬なら可能かもしれないが、三秒、四秒、五秒……十秒も続けば魔法使いはすぐ魔力切れを起こしてしまう。


 防御魔法を持続させる事が困難な上に攻撃する側がタイミングをズラしたら消費した魔力が無駄になってしまう。


 じゃあ、ピンポイントで防ぐ瞬間に発動しろと思うかもしれないが、そのような高等な読み合いを魔法使いが出来るだろうか? だったら強固な金属製の盾を使った方が早いし楽じゃないだろうか?


 魔法を防御する点においては「防御する魔法の威力による」という最大の問題がつきまとう。


 放たれた魔法よりも倍近く魔力を使って盾を作らねば防げないし、それを継続するなど現実的ではない。こちらに関しても物理攻撃を防ぐのと同じ手段を使った方が確実性が高い。無事に防御できるかどうかは置いておいて、と前置きがつくが。


「まぁ、要は効率が悪いし現実的ではない。だったら、攻撃時に大量の魔力を注いで素早く敵を倒す方が良い、ということだ」


 防御するよりも先に倒した方が圧倒的に楽だし効果的。そういった結論に至ってしまうため、防御魔法という概念は「無駄な魔法」として考えられてきた経緯がある。


 しかし、新たに「魔法の杖」が発見された。


 レンは魔法の杖を使えば「無駄」と考えられていた防御魔法も実用化できるのでは、と考えたようだ。


「なるほど。それは十分に試す価値があるな」


 ベイルーナ卿も興味を抱き、残された時間は防御魔法に関する実験が行われることに。


 結論から言おう。防御魔法は現実となった。ただし、物理攻撃に限っての話だが。


 少ない魔力量を増幅させる事によって十分な強度を持つ盾を発動させ、持続時間も元の魔力使用量が少ないので継続が容易である。


「ぐおおおっ! か、硬いッ!」


 試験での成果としては、ウィルの全力をも防ぐ魔法の盾が完成した。持続時間に関しても杖があれば維持が容易であるし、解除後から攻勢に出るまでの時間が短縮された。


「杖に関しては、やはり使用魔力が少なくて済む点が一番のメリットであるな。ただ……」


 問題は魔法を防ぐ場合だ。


 防ぐ魔法によって消費魔力量のばらつきがある。


 加えて、武器というある程度決まった規格と人間の力という限界が見えている物理攻撃と違い、相手が放つ魔法に関しての数値化がされてない現代では「適切な魔力量」を測るのが困難だ。


 安全面を考慮すると予想以上の魔力を消費した盾を生み出さなければならず、魔力の無駄な消費が増える点は改善できない。少しでも見誤れば防御失敗となって怪我、最悪は死亡してしまうリスクもある。


 よって、杖を使用した防御魔法は「物理攻撃」という点においては有効となる。ただ、これでも優秀な魔法使いが杖を持った時、という状況に限定されるが。


「しかし、進歩はした。無駄と言われていた魔法が一歩進んだだけでも十分な価値がある」


 もっと効率的な魔力の運用が編み出されたら、杖の使い方がもっと研究されたら、杖と同じように魔法使いを補助する遺物が更に見つかったら。


 いつかは防御魔法も実用化されるかもしれないとベイルーナ卿は語った。


「実験はこれで終わりだ。まずは巨大亀の討伐に集中しよう」


 これにて訓練と実験は終了。明日には本格的に巨大亀の討伐を行うことになる。


 討伐の要はレンだ。本人も他の参加者もそれは理解しているが、敢えて口にはしない。口にすれば一人の魔法使いにプレッシャーを与えてしまうと配慮してのことだろう。


「はい。全力を尽くします」


 しかし、当の本人はやる気に満ちていた。昨日のような杖の魅力に憑りつかれたわけじゃない。


 一人の魔法使いとして、任務を全うしようとする男の顔を浮かべていた。


 これなら心配ないかもな。俺も明日は自分のやるべきことをやろう。

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