第240話 強い力


 レンの訓練が終わった後、俺はロッソさんやオラーノ侯爵との打ち合わせを行っていた。


 巨大亀討伐に向けての細かな確認を終えて仲間達のいる場所へ戻ると――


「どうしてですか!? 辞退しろってどういうことです!? 僕に出来ないって言いたいんですか!?」


「違う、そうじゃない。あの杖を使っていたお前は――」


「僕は魔物を倒せていたじゃないですか! あれがあれば僕はお荷物じゃなくなる! アッシュさんみたいに強くなれるんですよ!?」


「馬鹿言うな。今のお前が強くなれるもんか」


 大きな声で揉めていたのはレンとミレイだった。二人が言い合う隣でウィルはおろおろしながら「二人共、落ち着いて」と間を取り持とうとしているようだ。


 ウィルが俺に向かって「助けて下さい」と目線を送って来るが、ミレイとレンが揉めている状況を見て少し戸惑ってしまった。


 第二ダンジョンで二人とパーティーを組んだ頃はミレイがレンを叱るシーンをよく目撃した。それはレンに対する教育や指導によるものだったが、最近では二人が揉める事など全く無かったからだ。


 最近のレンはよくやっているし、ハンターとして逞しく育ってきたと思う。だからこそ、ミレイはレンを叱る機会が無くなった。


 しかし、今回は……。やはり『杖』が関係しているか。


「もういいです!」


 俺が間に入る前にレンは怒って出て行ってしまった。残されたミレイはため息を零し、どうして分かってくれないんだといった表情。

 

 遅れて追いかけようとする彼女を止めて、代わりに俺が行くと言った。


 飛び出したレンがどこに行ったのか、騎士達に聞きながら居場所を突き止めていくと……。


「レン」


 彼は二階部分の端っこで丸くなりながら座っていた。彼に声を掛け、俺も隣に腰を下ろす。


 敢えて何も言わず、彼が話し出すまで黙っているとポツポツと揉めた原因を話し出した。


「ようやく強くなれたと思ったんです。ようやく僕もアッシュさんみたいに活躍できるって。そうすればミレイさんにも……」


 きっと、彼はミレイに認めて欲しかったのだろう。ミレイにカッコ良い男だと思ってもらって、ミレイの横に堂々と並べるようになりたかったのだろう。


「もう認めてると思うけどな」


 既にレンはジェイナス隊にとって欠かせない存在だ。魔法が使えるという特殊性もあるが、それ以外にだって彼がいてもらわないと困る点は多い。


「そうでしょうか? 僕はまだ強くありません。花粉を浴びた時もそうでした。アッシュさんに助けてもらわないと、あのまま死んでたかも。キメラの時だって、ミレイさんに手を引かれて……」


 しかし、俺達が思っていても本人は満足できていない。ある意味、向上心があるとも言えるが、今回は少し違うのだろうな。


「あの杖があれば、僕は強くなれる。アッシュさんみたいに魔物をどんどん倒せます。キメラだって倒せるはずです。でも、ミレイさんは杖に頼るなって言うんです。杖があったからって強くなれないって」


 訳を聞いて、なるほどと思った。


「アッシュさんだって灰燼剣を持っているじゃないですか! どうして僕はダメなんですか!?」


 レンは焦っていたんだな。


「別にダメってわけじゃないと思うぞ。ただ、責任と気持ちの問題さ。それにミレイはレンを心配しているんだろう」


「心配、ですか?」


「そう。杖の持つ強さに溺れないかどうか、かな」 


 確かに魔法の杖は強力な兵器だ。ほんの少しの魔力を使うだけで魔物を一掃できる。恐らくは国さえも簡単に滅ぼせる威力があるだろう。


 だからこそ、憑りつかれてはいけない。力には溺れてはいけない。


「仮定の話に過ぎないが……。もしも、レンが杖の力に憑りつかれて暴力を振るうようになったら? 人が変わったかのように傲慢になって、慢心してしまったら? ミレイは今のレンが好きだから、変わって欲しくないんだろう」


 レンは優秀だが、まだまだ精神的には未熟だ。これは魔法使いとして生まれた人間の特徴が影響しているようだが、だからこそミレイは余計に心配してしまうのだろう。


「……アッシュさんは灰燼剣をもっと使いたいと思いませんか? 巨大亀を一人で倒して名声を独り占めしたいとか思わないですか?」


「うーん。確かにこの剣を使えば倒せるんだろうけど、それだとカッコ悪くないか?」


 レンの質問に対して、俺は素直に答えた。


「カッコ悪い?」


「そう。強い剣を持った男、とだけ思われそうじゃないか?」


 ただ強い剣を振るう。これは剣強いのだ。俺自身が強いわけじゃない。


 確かに名声を得られるかもしれない。灰燼剣の使い手だと有名になるかもしれない。だが、それだけではただの「強い剣を持つ男」止まりだ。いつか絶対に足元を掬われる。


 強い剣に見合う使い手にならなければ、俺よりも強い存在と出会って戦ったら……きっと負ける。だからこそ、灰燼剣を抜かずとも全ての魔物を殺せるくらい己が強くならねばならない。


「そうは言っても灰燼剣を抜かねばならないタイミングだってあるのも確かだよな。強い力に頼らないといけない場面だって多々あるし、かっこ良い悪いの話じゃない時だってあるさ」


 現実問題、かっこ良いやら悪いやら言ってられない時だってある。


「俺は負けられない。パーティーリーダーとしてレン達を生かして帰したいし、俺自身も王都で待つウルカや生まれてくる子供の元に帰りたい。責任や人の命が掛かっている場面では迷う事無く使うべきだろう」


 俺の場合は「パーティーリーダー」という責任と「もうすぐ父親になる」という責任がある。


「少し前までがむしゃらに戦っていたなと思うようになったよ。魔物を倒して金を稼ぐ、名声を得たい。そう思ってハンターを続けてた。でも、俺の場合はもうそれだけじゃないんだ」


 最近は特にそう思うようになった。ただ強い剣を振るうだけではダメなのだと。自分自身も強くなって、強い剣を振るう強い人間にならなければ、危険と隣り合わせであるこの仕事におけるリスクを本当の意味で減らせない。


 これから行われる巨大亀戦においても、仮にパーティーが全滅の危機に直面しようものなら素材など二の次で剣を振るうだろう。国や研究所に叱責を受け、最悪の場合は罪に問われたとしても、俺は全員を生かして帰さなければいけない責任がある。


 王都で待つウルカの元へ必ず帰るという自分の決意も含めて。


「まぁ、俺の場合は他にも色々あるよ。制約やら国絡みとかな。でも、レンの場合は強い力に溺れない事が最重要だと思う。強い力を得て、名声を得ても力に溺れて身を滅ぼしたら元も子もないだろう?」


 所詮は気の持ちようだと思われるかもしれないが、力に溺れたら引き返せなくなりそうだ。俺の場合だって、何でもかんでも灰燼剣に頼ってしまったら灰燼剣無しでは恐怖に飲まれてしまう。


 ミレイはレンに対して、同じような心配をしているんじゃないだろうか。杖に頼り過ぎて臆病にならないように、力に溺れて傲慢にならないように。


「だからこそ、力に溺れないように……」


「そうだ。別に強い力を得ることは悪いことじゃない。強い武器があれば自信にもなるし、戦いにおいては保険にもなるだろう。リスクだって減らせる。でもメリットを得る分、心を強く持たないとな」


 何よりも自分自身を守るために。まずは自分を保てなければ他者を救えない。


「だから、そうだな……。レンが求めるべき強さは、単純に強い魔法が放てるだけじゃなくて、心も強い人間ってことじゃないか?」


 強い力を持っただけでは、真に強い人間とは言えないだろう。ミレイがレンに目指して欲しい強さも、単純な強さじゃなくて心の強さを求めているはずだ。


「アッシュさんは凄いですよね……」   


「そうか? 俺なんて迷ってばかりさ。キメラと初めて戦った時だって油断してやられただろう? あれは迂闊に前へ出過ぎたよな。奇跡みたいなことが起きなきゃ、俺はあそこで死んでたはずだ」


 レンは俺を凄いと言ってくれるが、俺自身はそう大した人間じゃない。いつもギリギリだし、どうにか全員で生きようと足掻いているだけだ。


 自分で自分を誇るとしたら、諦めの悪さくらいだろうな。


「レン、俺は杖を使うことに反対はしない。だが、ミレイを大切に思うなら杖は極力使わずに自力で進め。今回の作戦以降、杖が封印されてもガッカリしちゃだめだ」


 俺は焦るなよ、とレンに言い聞かせた。


「というか、レンは十分強くなったと思うんだがなぁ」


「そうですか?」


「うん。パーティーを守るために考えて動いているじゃないか。前へ出る俺とミレイをよくサポートしているし、ウィルが増えたって援護のタイミングはバッチリだった。自覚が無いのかもしれないが、三人の援護を同時に出来るヤツなんてそういないぞ?」


 出会った頃とは大違い。ゴーレムと対峙して動けなくなってたレンが、よくぞここまで成長したもんだ。


「……まだまだですよ。僕が目指す背中は遠いです」


「ん? 背中?」


 レンが目指す背中って誰だろう? オラーノ侯爵か? パーティーの後衛としてだと、ウルカか?


「いえ、とにかく分かりました。ミレイさんに謝ってきます」


「ああ、うん。謝るだけじゃなくて、ちゃんと自分の気持ちも伝えた方が良いぞ」


 立ち上がったレンは「はい」と言って走って行ってしまった。俺も戻って剣の手入れをしよう。


 寝床に戻るとウィルが斧を磨きながら「おかえりなさい」と迎えてくれた。


「上手く説得できたようですね」


「説得というか、少し話しただけさ」


 彼の隣に腰を下ろし、俺は手入れ道具を収納袋から取り出した。合金剣を磨き始めると、ウィルはニコニコ笑いながら語り出す。


「しかし、あのミレイが……。さっきもレン君の言葉に顔を赤らめていましたよ。二人は付き合っているんですよね? 私はお似合いだと思うのですが」


「え? 二人ってもう付き合い始めたの?」


「えっ?」


「えっ?」


 俺達は揃って首を傾げた。

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