第239話 対巨大亀対策


 地下二階に戻った俺達は八階で見たことをオラーノ侯爵とベイルーナ卿へ報告する。


 順を追って見たものを話していくと、話しが進むにつれてオラーノ侯爵の眉間には皺が寄っていった。


 紫色の液体を滴らせる木にも驚く二人であったが、それ以上に驚いていたのは――


「ドラゴンか……」


 正確にはドラゴンではなく、ドラゴンのような巨大亀なのだが。


 ビーストマンをブレス一撃で黒焦げにする、伝説として語られるアースドラゴンのようだったという説明にオラーノ侯爵は危機感を覚えたようだ。


「ド、ドラゴォ~ン……!」


 対するベイルーナ卿は目をキラキラと輝かせ、ドラゴンを一目見たいと少年のような反応を見せる。


 うん、こうなると思った。むしろ、昇降機の中で全員が「こうなるだろう」と予想していたからな。


「倒せそうか?」


 オラーノ侯爵は俺に顔を向けて問う。俺は少し悩んだあと、正直な気持ちを伝えることにした。


「黒いビーストマンも巨大亀も倒せと言われれば倒します。もちろん、自分も倒せると思います」


 自分が怪我を負う、被害を出す、灰燼剣による素材採取が不可などの問題は置いておいて。倒せるか否かと問われれば、戦う者として「倒せる」と思うし、そう断言したい。


 ただ、やはり様々な問題も考慮しなければいけないのが現実だ。


「ですが、素材の採取や今後の研究について考えると……」


「灰燼剣は使えんな。しかし、そうなると攻撃面に問題が出る」


 俺はオラーノ侯爵の言葉に頷きを返した。 


「ビーストマンの爪や牙も通さない分厚い皮膚のようですからね。合金製の剣で傷をつけられるかも怪しいもんです」


「となると、魔法か?」


 ロッソさんの懸念を聞いたオラーノ侯爵は「魔法なら」と口にするが……。


 現状、魔法攻撃の代表と言えば魔導弓による一斉射撃。加えて、レンの雷魔法だろうか。しかし、どうにも一撃で仕留められるシーンが想像できない。 


 一撃必殺が不可能であるなら、今度は「ブレスをどう対処するか」という問題がチラつく。


 どうしたものか、と悩む俺達に提案を告げたのはベイルーナ卿だった。


「魔法の杖を使えばよかろう」


 提案の内容は東側で発見された「杖」の使用だった。


 指先に火を灯すだけの魔力量でダンジョンの壁をドロドロに溶かすほどの威力へ増幅させる兵器である。確かに強力な魔法攻撃を可能にするかもしれないが……。


 まず「使って良いの?」という疑問が俺の頭には浮かんだ。使用も問題かもしれないが、高威力の魔法を放ってダンジョンにダメージを与えたりしないだろうか?


「あれを使うのか?」


 オラーノ侯爵も俺と同じ心配を思い浮べてそうだ。


 しかし、ベイルーナ卿は「陛下の使用許可が下りれば使えるだろう」と言う。


「現状では防御不可なブレスが撃たれる前に仕留めねばならん。灰燼剣は不可、既存の武器も攻撃力不足。魔法による一撃必殺を現実にしたいのであれば、魔法の杖を使うしか方法は無い」


 加えて、暢気に新装備の開発へ時間を掛けていたら第四ダンジョンの一般開放に遅れが出る。他にも紫色の液体を摂取した亀が成長して巨大亀の頭数が増える点も問題視した。


 どれも正論なのだが……。本当にあの杖を使って大丈夫か? という心配が拭えない。


「もちろん、杖を使う者は相応の準備と訓練が必要だ。必要とされる魔力量の調整と感覚を掴まなければならんだろう」


 誰が使うのか。一度使ったことのあるベイルーナ卿か? 彼ならば実験と検証も含めて自らが使うと言い出しそう、と思ったが――


「レンに使わせるのが良い。彼の魔力操作はピカイチだ」


 予想に反して、魔法の杖を使用するのはレンが良いと言い出した。


「使いこなせると思うか?」


「使いこなすのではなく、扱える範囲の魔法量を覚えるだけだ。彼とはアッシュに魔法使いとしての訓練を施す際、一緒になって教師役を担ったが魔力を使う際の微調整は随分と上手かった」


 あれは雷魔法という特殊な魔法を扱うが故に自然と身に着いたものなのだろう、とベイルーナ卿はレンを賞賛した。同時に微妙な調整をこなせるのはレン以外いない、とまで。


「他に繊細な魔力操作を可能とするのは陛下くらいだ。さすがに陛下を連れて来るわけにはいかんだろう?」


「当たり前だ」


 他に候補で思い当たるのは、なんと「女王陛下」くらいなんだとか。オラーノ侯爵も「馬鹿言うな」と言っていたが、さすがに女王陛下をダンジョンに呼ぶのは不敬すぎる。


「とにかく、ワシの筋書きはこうだ」


 まずはレンに杖の使い方と制御を覚えさせるのは大前提として。


 平行して魔導弓による攻撃で巨大亀にダメージを与えられるか、与えられるならどの程度なのかを調べる。おおよそのダメージを測定しながら、レンがどれくらい魔力を注ぎ込めば「一撃必殺」になるかどうかを検討しておくのも必要だ。


 最終的にはレンが一撃必殺の魔法を放てるようになり、それを実戦で巨大亀にぶち当てれば良い。


「予想される問題は?」 


「ダメージを数値化する際は弓兵に被害が出るかもしれん。あとは……」


 ベイルーナ卿は指を折りながら質問に答えていくが、懸念される問題は巨大亀と対峙した際の被害についてがほとんどだった。


 魔法の杖については「魔法使いならば難無く使用できるだろう」と確信を持ちながら答えていた。これは実際に自分が使った経験を踏まえてだろう。


「……これでいくしかないか。よし、陛下に使用許可を求めておく」


「うむ」


 オラーノ侯爵も作戦に納得して、本日中には対巨大亀への作戦立案と実行に必須となる魔法の杖の使用許可を求める手紙を書くようだ。


 一方でベイルーナ卿は「ドラゴンか~」などと暢気な事を言っていた。魔法の杖による作戦の実行と巨大亀を倒した後のことで頭が一杯になってそうだ。


 報告会と打ち合わせを終えると、俺は仲間達が待機する場所に向かった。ミレイ達はターニャ達と一緒になって休んでいたらしく、俺が戻って来ると「どうだった?」と問うてきた。


「巨大亀は魔法で倒すことになりそうだ」


「だろうな。あれは剣で倒せるような相手じゃない」


 ターニャの言葉にミレイもウィルも納得の様子。違う反応を示したのはレンだ。彼は魔法と聞いて「自分の出番かな?」と思ったのかもしれない。


「魔法による一撃必殺は必須って事になって、レンに魔法の杖を使ってもらう事になった」

 

「え? 僕ですか?」


 聞かされた本人は心底意外そうな表情を浮かべる。まさか自分の名が上がるとは思ってもいなかったのだろう。


 だが、俺は魔法の杖を使用する事になった経緯とベイルーナ卿による評価を聞かせる。現状ではレンが使用するのが一番適しているのだと。


「でも、本人が嫌がるなら無理強いはしない。決断はレンに任せるよ。どうする?」


 言った後で俺は少し「ズルイ言い方だったかな?」と思ってしまった。強制しないのは本当だが、これではレンが断りたくても断れない雰囲気を作ってしまったかもしれない。


「や、やります!」


 しかし、俺の心配を吹き飛ばすかのように本人はやる気を見せた。


「分かった。じゃあ、そう伝えてくるよ。でも、あくまでも使用許可が下りたらだぞ」


「はい!」


 胸の前で握り拳を作るレンは気合に満ちていた。本人のやる気をオラーノ侯爵にも伝え、現地は魔法の杖を使用する事を前提として対巨大亀戦への準備が進められていく。


 一週間後、王都より届いた陛下の手紙には「使用を許可する」との文字が。手紙が到着した日の午後から、レンは魔法の杖を扱う訓練に取り掛かることになる。


 訓練に用いられたのは東側地下四階だ。


 連続してキノコの魔物が出現する特殊な戦闘方法を強いられる階層であるが、訓練に使うには丁度良い。


 ジェイナス隊はもちろんのこと、女神の剣や実際に同行する騎士隊も一緒になってレンを見守ることになった。


「良いか? 最初はほんの少しだけ魔力を入れるところから始めるのだ。最初から全力で魔力を注入するなよ? ダンジョンが吹き飛びかねん」


「は、はい」


 ベイルーナ卿から何度も注意点を聞かされ、慎重に扱うよう念押しされる。最初はベイルーナ卿が誤って発動させた「指先から火を灯す程度」の魔力量から始めることに。


 バトルフィールドへ入るとキノコ達が出現するが、俺達の役割はレンに近付けないことだ。要はレンを護衛しつつ、レンが訓練を行える状況を作り出すこと。


 俺達はレンの近くで待機して護衛しつつ、後方に並んだ弓兵達がある程度魔物の数を減らしてから開始となる。


「い、いきます!」


 レンが魔法の杖をキノコ達に向けた。


 本人は言われた通り、極小の魔力を注いだのだろう。魔力を注がれた魔法の杖は、先端にある宝石をピカッと光らせて――


 ドンッ! と爆発するような音が鳴り、発現した極太の雷がキノコ達を一斉に消し去った。


 黒焦げにするわけでもなく、蒸発させるのでもなく、消し去ったのだ。跡形もなく、そもそも魔物なんていなかったと思わせるほど。キノコがいた痕跡が何一つ残らない。


 ただ一つ。魔法を放ったという証拠として、対面にある壁の一部が焼き焦げた上に白煙を上げていた。


「や、やばぁ……」


 女神の剣に属する女性剣士は驚愕の表情と共に声を漏らす。ターニャやミレイ、ウィル達も目を剥きながら驚いていた。


 しかし、ベイルーナ卿は冷静な様子で「本当に言われた通りの魔力を注いだか?」とレンに質問する。


「え、ええ。見せてもらった通りの量を使いました……」


 使用者である本人でさえ、起きたことが信じられないといった感じ。


 ベイルーナ卿が発動させた炎の槍も馬鹿みたいな威力であったが、まさかレンが使うと「恐ろしく馬鹿みたいな雷魔法」になるとは。


 しかも、魔物が全て消え去って塵一つ残らないというのも……。


 ほんの少しの魔力でこの威力。レンが普段から発動させる量を注ぎ込んだらどうなってしまうんだ?


「うーむ。雷魔法だからか、ワシの時よりも威力が高いように見えるな。今度は先ほど注いだ分の半分にしてみよう」


 ベイルーナ卿は顎を撫でながら魔力量の調整に取り掛かる。何度かレンの魔法発動を繰り返し、五回目の群れを討伐すると訪れるインターバルを迎えた。


「ははっ」


 訓練を続けるにつれて、レンの顔には笑顔が増していく。繊細な魔力調整をしながらも笑顔が絶えないのは、彼が優秀な証だからだろうか。


 しかし、どうにも……。俺にはただ単に訓練が上手くいっているから浮かぶ笑顔とは思えなかった。


「一旦外に出よう」


 ベイルーナ卿の提案に従って、俺達は門の外へ。


「使用感はどうだ? 体内魔力の減りは?」


 使用訓練を続けたレンへの聞き取りが開始された。


「注意深く魔力量を調整しないといけないので、普段よりも疲れますね。ですが、体内魔力が減った感覚は覚えません」


 下手すれば大事故に繋がるかもしれない、という不安がレンを精神的に追い詰める。それが疲労感となって表れているのだろう。


 体内魔力に関しては、実際に使う魔力量が微量だからか。普段とは違った疲労感が目立つようだが、慣れたら自然と改善されそうだ。


「……使ってみて、杖をどう思った?」


 ベイルーナ卿がそう問うと、レンは目を輝かせながら告げる。


「これは最高です! これがあれば、魔法使いはもっと強くなれます!」


 やや興奮気味に放たれた言葉を聞いて、ベイルーナ卿はチラリと横目で俺を見た。そのあと、レンに対して「そうか」と頷く。


「今日はここまでにしよう。杖の返却を」


「……はい」


 名残惜しいと言わんばかりの表情を浮かべたレンは、握っていた杖を一瞥してからベイルーナ卿へと返却する。


 訓練の時間としてはかなり短い。だが、俺はレンの表情を見て訓練時間に対しては「これが正解だ」と思ってしまった。

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